第23話,無力であれ

自分を一言で表すと何だろうか。会社に入社し、既にかなりの年数が経った。大きくそれらの組織形態は変わったものの本質は変わらず「異常を日常に漏洩させないために」働くまでだった。で、あれば。藤里という上級エージェントは一言で表すと「会社の象徴」で良いかもしれない。




暗い部屋に1人、立っていた時期があった。


「ここは...」


秒針の音だけが聞こえる会議室...ではなかった。ふと気がつくと自分は廊下に立っていた。警報が鳴り響いてる中、研究員の列を先導する。


「焦らず行動しろ!このルートは介入のない限り安全だ!」


口が勝手に喋る。それを止めることはできない。


「警報を発令します。警報を発令します。特殊部隊03は直ちにポイントa-3に集合してください」


走りながら警報が鳴り響く、無線を手に取り、戦闘を行う直前の部隊にコンタクトを取る。


「会社内の非戦闘職員は大体救出できた。組織内に侵入した第一課は君たちに任せる」


半ば絶望を感じる声で「了解です」と聞こえてきたのを合図に一つの轟音が走る。あるものはこの音に恐怖し、叫んだのかもしれない。が、皆が耳を塞いでいた。


「なんだ?」


振り返った先に広がっていた景色というのは、目を開けたままにするのもやっ

目を覚ます。暗い、強化された収容室の中。アラームが小さく鳴っている。このアラームこそ自分の想起にストッパーをかけていることに気づき、感謝というか、怒りというか。

仰向けになり、ぼーっと考える。いや、考えたくない。嫌...

戦争。大層なその名前はジェントリー第一課の敗北に終わった。結果だけ見れば第一課は死者465名、行方不明者17名、重軽傷者0名。こちらは死者2名、重軽傷者43名。


「うるさいな...」


意志が考えることを放棄しているはずなのに記憶はそれを無視する。勝手に記憶が湧き出てくる。

第一課の死者の大半は1人による攻撃に終わった。それを観測していた人間は言った。


「一つの弾丸が反射し、蛇行し、増殖して敵だけを貫いて行った」


実際、そのような能力者は会社データベース上発見されなかった。ただ、私だけが知っている。


「...兄ちゃん」


小さく、そう呟いた。涙こそあれど、それで空虚さは拭えない。

式部。その人間は既に私の近くにはいない。話をすることさえできなかった。結果的にこれくらい犠牲は出るはずだったというのに全て彼の責任となった。不公平だ。それは私も敵も、味方もそう考えている。彼の行先はもう知らない。実際は追いかけたい。何なら私が会社を牽引することをやめてついて行きたかった。

壁を叩く。衝撃が床や天井を伝わり一周したのを感じる。頭の中で警報が鳴っている。あの時の記憶が未だ消えない。


「力には責任が伴う」


彼自身の言葉だ。


「我々は異常から日常を守らなければならない」

彼自身だ。

「俺は何を間違ったんだ...?」


...彼の言葉だ。いや、待て。こんな話はした覚えがない。捏造だ。とうとうおかしくなったのかもしれない。


「お前は何をした?」


彼の言葉が響いてくる。


「何を以て自由を謳っている?お前自身が不幸にさせているんじゃないか?」


その場にうずくまる。警報がより一層強くなる。


「やめろ」


私の静止を私の頭が聞き入れない。


「お前は何ができる?人を救うことなんてできた試しはあったか?」


組織を破壊する。間違った人間を是正する。組織を破壊する。組織を破綻させる。提携を結ぶ。組織を破壊する。


「お前は...」


震える声で囁いた。苦悩や苛立ちの混ざった声で。


「お前は...出来たのかよ」


それは段々と大きくなる。


「お前は!出来たのか!?」


何もない部屋。動きだけが観測される暗い部屋だ。


「お前が人を救うことなど、したことがあったか!?」


警報が鳴る。


「うるさい!私すら守れなかった癖に!何が責任だ!!」


壁を肘から上を使い叩く。それらに亀裂が入り、ベッドに欠片が舞い落ちる。




静かに、藤里は泣いていた。それはさっきまでの大声が嘘のように。力には責任が伴う。その言葉は何度も反復しネガティブを増幅させる。収容室の扉が開き、ロボットが一体入ってくる。直方体が複数繋がれたような姿でいかにもなデザインなのは開発者が「かっこいいじゃん!」と言ったからだ。


「マスターから鎮静剤の注射を命令されました」


ロボットは言った。藤里は答えない。ロボットは十数分間鎮静剤を注射器に入れた状態で静止していた。レンズを動かし、藤里の心理的状況を観察していた。

そのうちロボットは机の上に付箋が置いてあるのを発見した。それを映像に収めようと移動した直後に背後から声がかかる。


「カメリアのロボットか」


振り返り、そのロボットは答えた。


「いかにも。注射を打たれる準備ができましたか?」


藤里はあくまで消極的だった。悪夢を、自らの後ろまで迫った皮を被った怪物と自分と重ねて見ていた。彼女は言う。


「カメリアにはこんな姿、見せたくはないな」


ロボットは不思議そうに尋ねる。


「マスターはあなたのことを一番に心配してました。サブマスターもそれなりに。あなたが元気でないことは多大な影響を及ぼすと私は予想しています。どうかしました?」


藤里はそれには答えず、起き上がり、床に足をついた。ロボットを上から見て、そのフォルムから、完成を報告しにきたカメリアの姿を思い出した。

とても、はしゃいでいた。「自分の相棒だ」とか言って会社中を案内していたのを覚えている。藤里は右腕を出した。手首には収容番号が書かれたバンドが余裕を持ってくくられてあった。元々余裕があったわけではないが。


「私はこんな思いを他人にさせないために働いてきたつもりだった」


藤里は誰に言うでも無く話し始めた。ロボットもそれを察し、黙る。ただ事務的に注射針を的確な場所に打った。


「それが自分に回ってくるなんて、思ってもいなかった」


藤里は天井を見る。格子状の模様の交差点を一点に見ている。


「私は初めから弱く有るべきだったんだ。弱くあれば、こんな目に遭わなくて済んだ」


絞り出すように苦悩を人工の機械に吐露した。注射後、消毒液を塗ったガーゼを当て、全ての業務をロボットは終了させた。ロボットはジジ、と何やら音を立てると、喋る。


「藤里さんが逃れられる責任というのは存在しません。しかし、逃れられる苦悩なら山ほど存在します」


ロボットはため息の演出をするとさっきの藤里と同じような喋り方をした。


「苦悩は本来責任ではありません。しかし、責任は苦悩を伴います。剥離できるそれらをあなたはそのまま受け取っていると考えています」


出口へとロボットは向かい、藤里も視線をそれに向けた。


「あなたの願いは間違ってなどありませんよ。藤里さん」


入り口が開き、ロボットは最後の台本のセリフを伝えた。


「元気を出してください。それがどんなに辛いことであっても」

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