第2話,中道
エカに導かれ、廊下を歩く。本当に道を覚えておかなければ平衡感覚が狂い、すぐさま迷子になるような構造となっていたが、エカはそんな道をなんの躊躇もなく進んでいくので、新人とは到底思えなかった。故に、こう声をかけた。
「エカさんは新人なのになんで道が手に取るようにわかるのですか?」
その言葉に前方の女性は簡単に答えた。
「覚えてるからだよ。あと、タメ口でOKだから。リバが敬語なんてちょっと笑っちゃうし」
「どういうこと?」
その問いの返しは無く、沈黙が続いた。答えたくない事情云々より、"彼女"を気にかけているのだろうか。
「本、大事なもの?」
エカが聞いてきた。それは多分、夢に出たあの本だろうか。
「いや、特に」
「そう。最初扉を開けた時は君がその本で殴ってくるかと思っちゃってさ。まぁ、安全だとわかったからあんな事したんだけどね」
彼女は快活に短く笑った。
「本はよく読んでいるみたいだね。あなたの部屋を見させてもらったけど、殆ど埋もれてたし、資料室といっても差し支えはなかった」
それに対し明瞭な回答はできない。気がついたら、というか期限を気にせず溜め込んでしまった末路であったから。
「私は多分、あの部屋が気に入っているのでしょうね」
「そうかもね。でなければここが残っているはずがない」
そういえば、この場所についても理解が足りない。エカ自身が新人研究者である以外にも何も情報がない。起きたら、その資料室のような部屋の中。そう考えると、何故私がエカに対しこれだけ信頼に似た感情を持っているのか、理解できなかった。
記憶の底、奥深くを辿っても、エカの言う"昨日の自分"は存在しなかった。と言うより、自分の記憶というのが妙に曖昧に、大部分が欠落しているように感じた。最後の自分はいつだったか、それもわからない。
図書館に関しても。あれは夢だし、現にその場所があったとしても無意識のまま行くことはできたとして疲労感などは受け継がれる。それがないということはつまり、その図書館も幻想の類だ。
なのになぜ、自分はこの本を持っているのだろう。適当なページを開けてみる。
「魂が二つに分かれたものの片割れをツインレイと呼びます。あなたのよくみる数字、それらは天使らが、あなたに対しメッセージを伝えているのかもしれません。彼、彼女らは敵ではありません。しかし、味方でもないのです。未来が見れているというわけでなく、あくまで天使側も"勘"なのでしょう。柔軟に受け入れ、過度に信じないことが重要なのです。」
「昨日の私は...誰だったのですか?」
恐る恐る、彼女に聞いた。彼女はため息を吐くと、スマートフォンをポケットから取り出し、操作した後にそれを私に見せた。
何やら、モザイクがかかった白黒の写真。それを認識しようと注力したその瞬間に、意識は落ちていった。
===
「エネルギーの広範囲の発生...」
カフェテリアの窓側の席。眩しすぎる光が机を照らしている。一方が現状にため息を吐き、対面に座るもう一方はマスタードを抜いたホットドッグを口に運んでいた。
「現場何も被害は出ておらず、危惧すべき環境汚染物質の基準値は何も越してはいない...これただエネルギーだけが放たれたってこと?」
「そうなるね」
一方は手を拭いた。
「本当に純粋なだけのエネルギーが放たれた。正直意味わかんないけどなんか
「あるわけないでしょ。発生源諸々全くといっていいほどね。藤里は何かするのか?」
藤里は拒否を表す代わりに乾いた笑いを零した。ただ、codeが読み取ったその意図は「予算が無いから無理」であり、藤里に無駄な憐れみをかけていた。
「しかし、放置もダメだからねぇ?」
少なくとも、このエネルギーの発生源は次なる脅威だ。平和な時代が続いたと思ったら既に次の脅威が陰で勢力を伸ばしている...なんてことはザラ。"平和とは、戦争と戦争との間の時間を指す。"それを見に染みて分かってるものもまぁ少ないだろう。
「そっちに動かせる人は?」
藤里が聞いた。
codeは乾いた笑いを零した。
「誰かが行くしかないけど、我々以外にこういう界隈の組織は殆ど無い。私達だって忙しいから、構ってる暇ないかもね。流石にこれがもっと広範囲に起きたり頻繁に起きたりしたら考えるが、現状一回だけなんだろ?なら、まずは放置でいいだろ」
藤里、code共にこのエネルギーの正体には見当がついていない。ただ、最も不自然なエネルギーと見ていいのだろう。熱を伴うエネルギー、風を伴うエネルギー、光を伴うエネルギー。エネルギーの波紋の中心である場所も普遍的な場所であるために、正体など霧の中だった。
「あとそうだ。カメリアにこれ渡しておいてくれないか?」
codeが藤里に紙袋を渡した。藤里が中を確認すると、そこにはチョコが入っていた。
「カメリアがなんか前に駄々捏ねてたやつか。まぁ渡しておくけど...頭でもぶつけた?こんなことするって」
「失礼なことを言うな。1人の人間が研究者に菓子を渡すぐらい大した要件じゃないだろ?」
藤里はまだ何か言いたかったようだが、口を閉じた。その通り、チョコを渡すだけだ、と思ったのだろう。
「じゃ、また別の機会に。多分数日後、うちのボスがそっち行くから」
「何故?」
帰り支度をさっさと始めたcodeに藤里は問うた。そう言う案件に藤里は見覚えがなかったのだろう。codeは鼻で笑ってから答えた。
「字を綺麗に書く方法を教わりたいんだとさ」
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