エキシビション

 うっかりくんとの試合後。

 シェヘムの宿屋の一室を借りた俺達は、その部屋からエリューズニルへと転移した。

 最大三つまで設定できる座標さえあれば魔力消費だけで一瞬で移動できるニヴルはやはり有能だ。


 1733枚。

 今の試合で手に入れたファイトマネーは、俺の予想をはるかに上回り跳ね上がった。


 つまり、現状の俺の資産は合計金貨3089枚。

 うん、充分でしょ。これ以上を望む必要はない。


 オークションへの入場料、原生種の皮のための予算。

 唯一の懸念は、競争相手が読めない分の保険を稼げているかが不透明なところか。


「若よ、約束通り今回の試合には賭けることはしなかったが……よかったのか?」


「ああ、何回も大勝ちしてる集団とか流石に目立つだろ。余計な懸念を増やしたくない。グルバは結構顔が知れてるし、何かの拍子に見られたら面倒だ」


「がはは、なるほどの! 若かりし頃の若の要望で作った外套がこんな形で役に立つとはのぅ!」


 そう言う意味では過去の自分の趣味に感謝である。


 と、ここまで計画通りなことを言ったはいいが……問題は――――


雌鳥めんどり。貴様、王以外にその力を付与するとは……やってしまったのぅ!」


「これはいけません、いけませんね。どうしてやりましょうか」


「うっさいっ! うっきうきでにやけやがってぇ……!」


「……はぁ、王の前で情けないよぉ……」


 一時間正座の刑に処したフーちゃんを囲みながら煽り続けるニヴルと人型状態のニド。

 顔を覆っているガルムは溜息を吐いてその光景を眺めている。


「んで、フーちゃんなんで」


「ヘルくんもうっさい! だいたいヘルくんが悪いんだよ! 何も言わずにフーちゃんたちのこと捨ててさ……みんなが簡単に許してることの方が不思議だっての!」


「捨てたわけじゃないよ。ただ」


「じゃあ理由は!? どうせまた誰にも話してないんでしょ? 秘密主義だっけ、はいはいかっこいいかっこいい……べー!」


 舌を出すフレスヴェルグは勢いよく「ふんっ」と顔を背けた。

 思った以上に怒りの根は深そうだ。


「確かに今回はやり過ぎたけどっ、罰を受けてるのはそれが理由! ヘルくんに怒られたからじゃないからっ」


「メスガキ、屍王に向かってその口は」


「いいよニヴル。言ってることはフーちゃんの方が正しいし」


「ですが……」


 何も言わずに消えて、ずっと待っててくれてる奴らばっかりじゃないのはわかってた。

 そうじゃないにしても、今俺が何かを言うのは逆効果だ。


「はいっ、一時間終わり! 疲れたからもう寝るっ!」


 痺れて覚束ない足取りで部屋を飛び出したフレスヴェルグ。

 

「あっ、フーちゃん!」


「ガルム……頼める?」


「任せて、王!」


 フレスヴェルグを追ってガルムが部屋を出ると、重い沈黙が部屋に満ちた。


「ふぅ……きっついなぁ。嫌われたか」


「気を落とすな若よ。昔からそうだが、フレスヴェルグは感情の処理が下手だ。時間が必要だろう」


「本当に嫌っているなら呼びかけにも答えん。この館も飛び出していく。王に叱られている時も、心なしかうれしそうだったのだ」


「屍王はいつも通り振る舞っていてください。それが一番の和解への近道でしょう」


「……悪い」


「いいえ。屍王のことに関しても、屍王の気の向くままに話したいときに話していただければ」


 三人が各々反応すると、嫌な空気は霧散した。


 だが、説明などできない。

 俺が異世界人であるなど、説明できるわけがないのだ。

 こと八戒に限っては、尚更。


 何も聞かない面々に感謝しながら、椅子に腰かけて息を深く吐いた時。


「―――屍王、座標に反応が」


 唐突にニヴルがそう口にした。


 座標―――つまり宿屋に借りた一室に、人が訪ねてきたということだ。


「送ってくれ」


「よろしいので?」


「気分を変えたい」


「かしこまりました」


 この場にとどまり続けるのがいたたまれなくなった俺は、ニヴルにそう頼む。

 直後、ニヴルの転移テレポートによって俺の身体は宿屋にあった。


 コンコン!


「ヒザキ様、いらっしゃいますか?」


 何度もノックされる扉と、俺を呼ぶ声。

 この声はあの受付嬢さんのものだ。

 急いで扉を開けると、想像通りの人が血相を変えて肩で息をしていた。


「あっ、ヒザキ様!」


「どうしました?」


 自然体を装って聞くが、どうにも穏やかではなさそうだ。

 俺は宿を教えていないし、宿側も流石に個人情報を易々と教えるわけがない。


 ならば、


「――――ヒザキ様っ、カグヤ様の要望が、またっ!」


 有力者絡みだろうな、そりゃ。


「カグヤ様がヒザキ様の試合をいたく気に入られておりまして……明日、もう一試合セッティングできないかと……っ。しかもその相手が――――Lv8探索者の【紅華】様だそうでっ」


「――――はい?」


 Lv8探索者……?

 あれ、聞き間違い……じゃ、ないよな。


「形式はエキシビションマッチになっておりまして……勝敗に関わらず多額のファイトマネーをお支払いいたします!」


「ちょ、ちょっと待ってください! Lv8探索者ですよ? 流石に……」


「や、やはり……厳しいですか……?」


 そりゃそうだ。

 Lv8以上の探索者はうっかりくんみたいな力を振り回す奴じゃなく、弛まぬ研鑽を積んだ化け物しかいない超越者たち。

 

 前の俺ならいざ知らず、今の俺だと苦戦は必至。負ける可能性だって充分ある。


 幸い資金は稼ぎ終わったし、受けるメリットは皆無だ。


「残念ですが……今回は……」


「そ、そこを何とかお願いできないでしょうか!?」


 受付嬢さんがここまで必死になるのは、天守の頂上に住まう美姫のご機嫌取りのためか。懇意にしてもらえれば運営もやり易いだろうしな。

 でも、流石にリスクが高すぎる。


 そう思っていた、その時。


「け、結果に関わらずカグヤ様との面会も叶います! カグヤ様とお会いできれば、法に抵触しないものであれば要望を聞いてくださると!」


「――――ほう」


「……あれ?」


 要望……か。

 あれ、もしかしてヘルヘイムについて何か有力なこと聞けたりする?

 それめっちゃメリットじゃね?


「例えば……今帝国を騒がせてるヘルヘイムについて聞く……とか、できたりします?」


「へ、ヘルヘイム……ですか? え、ええ。問題ないと思います。しかも【紅華】様は帝国の探索者ですので、情報は潤沢にあるかと……え?」


 言いながら「マジ?」という顔で俺を見る受付嬢さん。

 頼む手前態度には出していなかったが、流石に無理があると思っていたのだろう。


「あ、あの……受けていただけるのですかっ!?」


 詰め寄る受付嬢さんをいなしながら、決意を固める。


 この国の権力者に会える機会をみすみす逃すわけにはいかない。

 それに、全力で戦える機会も貴重だ。八戒に頼ってばかりもいられないし。



「―――受けます。カグヤ様にそうお伝えください」




■     ■     ■     ■




「きたっ、きたきたきたぁぁぁぁあああ!!」


 了承の報告を受けた後、久しぶりの興奮を隠そうともせず無邪気に跳ね回ったカグヤ。

 その姿は傾国鬼の名が似合わないほどに無垢な光景だ。


「へぇ、受けるんだ。意外~」


「リーダーって、一応Lv8探索者……」


「どうなるんだろう……リーダー手加減とかできる人じゃないけど……」


 紅華のパーティーメンバーは不安を口にする。

 彼女の全力を受け止められるのは同格かそれ以上の探索者のみ。


 しかし、そんな心配をよそに、リンファネヴィルは獰猛に歯を剥いた。



「―――ヒザキ……ヤバそうだな~っ!」





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