第56話 ハズレ武器マスター

 その日は特別な日であった。いつもよりも大きな祝宴が開かれ、周りには魔族も人間も肩を組みながら楽しそうに食べたり飲んだりしている。


 アストゥール王国による連合軍が解体されて四年が経過した今、魔族と人間の絆を引き裂く存在は居ない。ただただ嬉し気に民衆が歌い踊る。


「ふふっ、民も喜んでおるな」


「うるさい」


 アリスの言葉に照れ臭そうに返すライト。その姿はいつもの魔王の姿とは違い、純白のスーツを身に纏っている。照れくさそうな顔にどこか嬉しそうな笑みを浮かべるライト。今日はライトにとって最も大切な日の内の一つであった。


「ライト様。そろそろ」


「ああ、わかった」


「緊張するでないぞ、ライト」


「分かってるよ。それにアリスも後で手紙を読んでもらうんだからな! お前こそ緊張して噛んだりするんじゃないぞ」


「ハハハハッ、妾がそんなことをする筈が無かろう」


 アリスは愉快気に笑う。今日ライトの身に起こった幸せをあたかも自身が受け取ったように満面の笑みで。


 連れていかれたライトはというと今にも緊張で若干朦朧としながら城の廊下を歩いている。会場はまさにすぐそこであった。


「ライト様は一度こちらでお待ちください」


「ああ」


 案内人に言われて素直にそこで待つライト。平静を装いつつもその顔には隠し切れない程の緊張感を漂わせていた。


「ライト様。それではそろそろご入場の方を」


「分かった」


 ライトはそう言うと誰を連れることもなく一人で両開きの扉の前に立つとその扉を思い切り開く。その部屋の中には魔王軍の中でも特に上の地位についている魔天たちが並んでいた。自身の主の結婚式が始まるのを待っていたのである。


 ライトはそんな参列者たちに見守られながら赤い絨毯の上を歩いていく。


「けっ、似合わねえなぁ、魔王様よ」


「あんたは黙っときなさいよ、ファフニール」


 ファフニールが発した軽口によって若干緊張が解れたのか、ガチガチであった体がいつの間にか軽くなっていた。


 そうして聖壇から少し離れた場所に立ち、スウッと顔を上に向ける。


「それでは新婦のご入場です」


 ガチャリと大きな扉が開き、真っ白なドレスを着て、顔はヴェールで隠れた美羽が現れる。そしてその横にはかつてライトのクラスメートであった花園凛の姿があった。


 純白のドレスを着た美羽は凛と腕を組みながら赤い絨毯で出来た道の上を歩いていく。そしてとうとうライトの目の前まで来た時美羽は凛と組んでいた腕を外し、ライトと腕を組む。そうして二人でともに聖壇へと歩み出る。


「新郎葛西ライトよ、あなたは新婦白鳥美羽を妻とし、病める時も健やかなる時も富める時も貧しい時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


「誓います」


「新婦白鳥美羽よ、あなたは新郎葛西ライトを夫とし、病める時も健やかなる時も富めるときも貧しい時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


「誓います」


「それでは次に……」


「その結婚式ちょっと待ったー!」


 そこまで進んでいた時、突如、式場に響き渡るほどの声量で怒鳴り、乱暴に扉を開く者が居た。魔王の片割れ、魔王アリスである。


 これには思わずライトも驚いてしまうのも仕方がない。まさかこんなことをするとは思っていなかったからである。


 そんなライトの思いはつゆ知らず、自信満々な顔でこちらへと歩み寄ってくるとアリスはこう告げる。


「おいライト! 妾との勝負がまだ終わっておらぬ! 主が結婚できるのはその後じゃ!」


 そう言って手に持っていたライトのアルムを放り投げてくる。


「お前な、そんなことのために大事な結婚式を止めたってのかよ」


 ライトはため息を吐きながらもアリスの性格を知っている手前、それがアリスなりの祝いであることに気が付き、ニヤリと笑みを浮かべ、アリスから投げ渡された自身のアルムを持ち、金色の宝玉をはめる。


「結婚おめでとうな! ライト!」


 金棒を振るいながらアリスは言う。


「こんな危険なものを振り回しながら言うんじゃねえ!」


 誰がこれを結婚式であると認めるであろうか。その様はまさに二人の戦場である。しかし、それを止める者は居ない。魔王の喧嘩を止められる者はこの中に一人しかいなかった。そしてその一人がニコニコと微笑んで見守っていたからである。


「ねえ、美羽。止めた方が良いんじゃないの?」


「ううん。このままで大丈夫。だってライト君は魔王だもの。こうでなくっちゃ」


 そうして二人の魔王は結婚式であるのにも拘らず剣と金棒で打ち合う。


「思えばダンジョンの底がお前との最初の出会いだったな!」


「そうだな!」


 言葉を告げるたびに一振りずつ振るわれていく。


「二人で魔王となった時は嬉しかったものだ! 共に苦難を乗り越えてきた友人として!」


「俺もだ!」


 その打ち合いが終わった瞬間、スッとアリスの腕が止まる。


「ライト、お前が居なければ妾達魔族はいつまで経っても戦火から逃れることはできなかった。改めて礼を言う。ありがとう。そして友人、いや親愛なる友としてこの言葉を贈る」


 そうしてニヤリと笑みを浮かべたその顔で今までよりもさらに強い力を解き放つ。


「おめでとう!」


「ありがとな!」


 アリスが放った魔法を剣で斬った瞬間、パリンと乾いた音が聞こえ、ライトと美羽を綺麗な光で照らし出す。それが最大限、アリスにできる祝福であった。


 そうしてアリスとの勝負を経たというのにライトは汚れの一切ない純白な姿のまま美羽の前へと歩み寄る。美羽はすべてを察しているのか膝を軽く曲げてライトの方を向く。ライトは片足を一歩踏み出し、美羽の顔を覆い隠すベールをゆっくりと向こう側へとおろしていく。


 それが終わるとゆっくりと体を起こす美羽。そしてライトはゆっくりとその唇を美羽の唇へと近づけていく。


「愛してるよ、美羽」


「私もよ、ライト」


 その瞬間、式場内が暖かな拍手に包まれる。


「ライト! 美羽! 民衆にもその晴れ姿を見せてやろう! 行くぞ!」


 アリスに言われてバルコニーへと出たライトと美羽が目にした光景はまさに圧巻の一言であった。広場を埋め尽くすほどの人だかり。それが遠く見えなくなるまで続いていたのだから。





 かくしてハズレ武器の使い手マスターは深淵の底から這い上がり、親友の魔族と共に後の世に語り継がれるほどの大魔王へと成長を遂げるのであった。

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ハズレ武器マスター~クラス全員が神器と名の付く武器を授かる中で俺だけ神器でもない上に刃すら無い剣なんだけど。置き去りにされたダンジョンの底から始まる異世界成り上がり~ 飛鳥カキ @asukakaki

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