第49話 王国の希望

「ギャアアアアア!!!!」


 辺りで響き渡る兵士たちの悲鳴。先の戦いでは神の使いによるバフ効果によって対等に戦えていたというのに現在は蹂躙されている。その状況にアストゥール王国の騎士団長は焦りを抱いていた。


「勇者殿! 何故かは分かりませぬが敵は以前よりも強くなっております。お気をつけて」


「大丈夫だ! 僕達なら勝てる!」


 そう言って吹き飛ばしていく勇者を筆頭にした神の使いの姿を見て騎士団長は焦りが消える。敵の兵士一人一人が王国の兵士一人一人の何倍も強いと言っても所詮、神の使いである翡翠達よりは弱いのだ。


「亮太! 僕達は二手に分かれた方が良いと思う!」


「分かったぜ! オラオラオラァ! 鷺山様のお通りだ! どきやがれ!」


 そう言って魔族を斬りつけながら鷺山が押されそうになっている右の軍の方へと向かう。これで真ん中は翡翠、左は黒木、右は鷺山という軸が形成される。


「僕の力『勇者』は付近10メートルに居る味方を強化する。それでも皆が勝てないなんて何かがおかしい」


「至極簡単な話。それを上回る力を持つ者がおるからだろうな」


 翡翠の上からそんな声が聞こえると同時に凄まじい力を感じ取り、後方へと飛び退がる。


 ドカアアアアアンッ!!!!!


 翡翠が先程まで立っていた場所に尋常ではない程の破壊の力が地面を砕きつくす。その威力は圧倒的で避けたはずの翡翠の身体さえも十メートルほど軽く吹き飛ばされるほどであった。


「な、なんだあの力……」


 王国の兵士、数百人は吹き飛ばされたであろうその力の持ち主の正体は魔王アリスフォード。まさに最強を体現したような出鱈目な存在にアストゥール王国の騎士団長は目を見張る。そして吹き飛ばされた勇者、翡翠の身を案じる。


「勇者様! 大丈夫ですか!?」


「あ、ああ。何とか。次は油断しないさ」


 そう言って打ちのめされたばかりだというのに諦めることなく体を起こす翡翠。それは逆境に立たされたという体験のお陰か先程よりも更なる力に芽生えている。


「これは……神力1億……およそ神話級の域にまで達している」


 目の前の存在がいかに規格外であるかを騎士団長は悟る。あくまで推定値ではあるため、1億よりも更に大きい値かもしれない。明らかに自身の力の10倍は上回っているような圧倒的な存在に騎士団長は勝利を確信していた。


「僕は皆の希望だ。ここで負けるわけにはいかない。絶対にこの勝負に勝ってリズと美羽に告白し、平和な世の中を作り上げるんだ!」


後半は完全に私情だ。しかし翡翠はそれが本当に世界のためになると思い込んでいるのである。世界の中心である自分が幸せであるのが平和への道のりの第一歩だと本気で思い込んでいるのだ。


光り輝くアルムを構えてアリスへと突撃していく。


英雄の剣エクスカリバー!」


 勇者最強の一撃の一つである英雄の剣。すべてを照らし出す燦爛たる勇者の剣がアリスフォードへと迫っていく。


 騎士団長は確信していた。この一撃ならば魔王を倒すことができると。人類の希望全てが乗ったこの一撃ならばどれだけ強い魔王であっても打ち倒すことができると。


 そして翡翠自身もまた確信していた。今までどんな強敵が現れようと戦いの中で急激に成長した自分が負けたことなど一回もないからである。しかしその希望もアリスの前では容易に崩れ去る。


 何を思ったか、自身のあるアルムを構えもせずに代わりに片手をスッと前に出す。


「その程度の力ならば妾のアルムを使う必要はないな」


「なめるな!」


「魔王と言えどそれで受けるなど笑止千万! 油断したな! 魔王よ!」 

 

 勇者は怒りに燃え、その光景を見た騎士団長は愉悦の笑みを浮かべる。煌々と輝く剣筋が一閃。


 ドガアアアンッ!!!!


 すべての魔を打ち払う一撃によって激しい地煙が舞う。無防備な魔王の姿を見て誰もが勇者の価値を確信したことだろう。


「勇者様! やりましたね!」


 騎士団長も勝ちを確信して勇者へと駆け寄ろうとする。しかし、当の本人はまったくもって喜んでいない。寧ろその顔には焦りすら見える。当事者だからこそ分かるのだ。目の前の存在が何をしたのかが。


「ふむ、今代の勇者はこの程度なのか」


 サアッと土煙に隠されていた魔王の姿はあれほどの力を受けたというのに体どころか直撃した右掌にすら傷一つない。それは王国側へ絶望を植え付けるのに効果覿面こうかてきめんであった。


「そ、そんな……こっちは神力1億を超えているんだぞ」


「神力? よく分からんがその程度であったという事だろうな。まあ良い、勇者よ。貴様にはもう飽きた。終いにするぞ」


 そう言ってアリスが思い切り振りかぶった金棒は超常なる一撃となって勇者の身体を吹き飛ばすのであった。

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