第46話 聖女

聖槍ホーリーランス!」


 神々しく輝く白い槍が打ち出される。それはまさに神力を持たない魔族特攻の槍。半端な者であれば一瞬で消し飛んでしまうほどに凶悪な一撃である。


「くそ! 無暗に攻撃ができない!」


 魔族唯一の国家、ゾルドレインの王都前にて聖女美羽と魔族の兵士との戦いが繰り広げられる。いや、正確に言えば互いに積極的な攻勢に出ることが出来ずにいた。


「お願い! 私はライト君の居場所を知りたいだけだから!」


「貴様に教えることなど何もない! 即刻立ち去れ!」


 あの時、翡翠の言葉に逆上した美羽は小屋から飛び出していったあと、考えたのだ。魔王を倒せば願いが一つだけ叶うなどという眉唾なものを信じるよりもライトと接触したであろう魔王に話を聞く方が良いと。


 魔王がもしもライトを殺しているのならその場で殺せばよし、もし魔王がライトを殺さずに居場所だけを知っているのだとすればそれだけで収穫があるのだと。


 常人であればそのようなリスクを冒す者はいない。だが、この時の美羽は残虐な現場、元の世界に帰れない苦痛など度重なるストレスの波によりどこか常人とは異なった感覚を持っていた。


 そしてどこか美化されてしまったライトへの思いにしがみついているのだ。


「不味いな……魔王様はもう呼んだのだよな?」


 魔族側の騎士長も積極的に攻撃を与えてこずにあくまで威嚇行動しかとらない美羽の扱い方が分からず、戸惑っていた。


 そんな時、その場にいた全員の上空で耳をつんざくほどの衝撃音が聞こえる。


「王の守り」


 そうしてその音はいつしか大いなる障壁となって魔族達を守るようにして現れる。


「久しぶりだな、白鳥さん」


「ライト君!」


 白鳥さん、という呼び方で確信する。こうして美羽が会いたくて仕方のなかった少年と敵として邂逅かいこうすることになるのであった。



 ♢



「久しぶりだな、白鳥さん」


 魔王シリーズ『魔王ディアンヌ・ドーズ』によって作り出した障壁によって仲間の魔族達を覆った後、長らく会っていなかった友人へ挨拶を告げる。やっぱり白鳥さんだったか。


「ライト君!」


 嬉しそうな笑みを浮かべてこちらへと白鳥さんが走り寄ってくる。


「魔王様、危ない!」


 そう言って俺の前に出ようとした兵長の動きを手で制する。


「大丈夫。あの子は悪い奴じゃない」


「し、失礼いたしました」


 俺がそう言うとすんなり後ろへとさがってくれる。


「ライト君! 無事だったんだね!」


「ああ。なんとかな」


 いつの間にか葛西君呼びからライト君呼びになっているのを敢えて無視して続ける。


「それにしてもどうしたんだ? クラスの皆は?」


「置いてきちゃった。ライト君に会いたくて」


 まあ、予想はついていたけどやはり一人で来ていたんだな。という事は戦略のためとかそういう事ではなく本当にただただ私情で来たらしい。白鳥さんってこんなに豪快な人だったっけ?


「一応、俺達は敵同士なわけなんだけど」


「大丈夫! 私はライト君の味方だよ! 今度こそ私が守ってあげるって決めたんだから!」


「へ? てことは魔族側につくってことなのか? 俺は魔王なんだぞ?」


「ライト君が魔王でも勇者でも関係ない。私はライト君の味方だから。あの時決めたんだ。次は絶対私がライト君を守るって」


 あの時というのは恐らく俺がダンジョンの奥地で見捨てられた時の事だろう。普通ならあんなところに置き去りにされて更にダンジョンの床が落ちるという二段構えで生きているなんて思う奴はいないだろう。すっかり俺の事なんて忘れて勇者生活を送っていると思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。


 しかし、ここで白鳥さんが俺の味方になるからと言って魔族側に簡単に入れることはできない。なぜなら白鳥さんは神の使いという立場があったとはいえこちら側の魔族を大量に屠ってきた聖女だ。


 その遺族たちが彼女がこちら側になることを見て当然良い感情になるわけがない。ただ、白鳥さんが入ればかなりの戦力増強の上、敵戦力の主力の一人を削ることとなる。


 俺としては感情的にも戦力的にも白鳥さんにはこちら側についてもらいたい。ちょうど明日、摩天たちと話し合うわけだ。時間もないし、その時話すか。


「白鳥さんは魔族側に付くんだよな?」


「もちろん」


 そうと決まれば話は終わりだ。


「ついて来てくれ。案内するから」


 そうして俺達魔族側に敵戦力の主力級が加入するという異常事態が発生するのであった。



 ♢



 ライトが美羽を連れて魔王城へと戻っていく。それを一人見届ける妙な色付きガラスを身に着けた人物がいた。神の使いの一人、花園凛である。


「ありゃりゃ、やっぱり美羽、あっちいっちゃったか」


 実は美羽が翡翠の言葉で小屋を出ていった後、魔王の下へ来るという決断をしたのは凛という大きな存在があったのだ。


「まさか本人に確認してみたら? なんて軽く言っただけで実行しちゃうんだもん。まあでも結果オーライだよね」


 凛は別に魔族と人間どちらの味方でもない。突然別世界から召喚された凛からすればどちらが悪かなんてどうでもよかった。魔族が人間を襲うのであれば仕方なく倒すといった具合に魔族だから攻撃していたわけではないのだ。


 そして今回の件で魔族が人間を襲う訳ではなく、攻撃されているから反撃をしているのだという事を知った凛にとってもはや仲の良い友人が居ないクラスメートたちの下へと戻る必要はなかった。


「なんかこの国、人と魔族が一緒に暮らしているみたいだしここで暮らそうかな。美羽とも近いしね」


 こうして神の使いとして召喚された少女たち二人は実質魔王軍へと加入するのであった。

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