第10話 王国サイド①

「どうして葛西君を待たなかったんですか!」


 鬼気迫る表情で白鳥美羽しらとりみうがリズワール王女へと詰め寄る。先程、ダンジョンの奥地で遭遇した謎の黒い狼から逃れる際、間に合っていたはずの葛西かさいライトを待たずに転移石を使い、ダンジョンから脱出したのを見ていたのだ。


「あの状況ですと私たちもあの黒い狼の魔物の攻撃に巻き込まれていた可能性がありました。仕方のないことだったのです」


 この言葉は当然のことながら建前である。本当は十分に間に合っていた。リズワールは敢えてライトを待たずに転移石で脱出した。


 実はリズワールは元からダンジョンの奥地へとライトを置き去りにすることを鷺山亮太と話していたのだ。予想外に翡翠流星ら第一部隊の力が強く、せっかく自分たちが干渉できるように葛西ライトを第一部隊へと誘ったのに計画が頓挫しそうだったところであの魔物が現れ更には鷺山がライトを転ばすことで作戦がうまくいきほくそ笑んでいたのだ。


「いえ絶対に間に合っていました!」


 そんなリズワールの建前だけの言い訳を美羽が聞き入れる筈がない。なおも強気にリズワールへと詰め寄る。そんな二人の様子を見て一人の男が間に入る。翡翠流星であった。


「美羽。リズも悪気があってやったことじゃないんだ。人間だれしも焦るときくらいあるだろ? 葛西が死んでしまったのは残念だが……」


「残念? 葛西君が死んだなんて決めつけないで!」


 美羽は翡翠の言葉に過敏に反応してそう食いかかる。リズワールの事を悪と断じている美羽からすればそのリズワールを庇う翡翠の事も悪に思えるのである。


「……悪かった」


 あの状況でライトが生き残っているなどと思っている者は美羽を除き、この場には誰もいないだろう。運が悪いことに魔物の攻撃だけでは飽き足らず、ダンジョンの床が地割れを起こし崩壊していた。ただでさえ生き残れないその状況で更にライトの能力は下の下である。生きているはずがないのだ。


「おいおい美羽。流星やリズを責めるのは違うんじゃねえか? 元はと言えばあそこから逃げきれる実力がないあいつがわりいんだ」


「白鳥、こう言うのも癪だが今回は僕も鷺山の意見に賛成だ」


 鷺山と黒木がそう言って美羽の事を宥めようとしてくる。そのまるでライトのせいだという二人の言葉に美羽は怒りを抑えることが出来なかった。


「もういいよ! 葛西君を探しに行く!」


「ちょっと待てよ。美羽。あんなところに戻ったら君の身も危ない。葛西君のことは残念だが諦めるんだ」


「諦める? 流星君、変わったね。ここに来た時はクラスの皆が大事とか言ってたくせに葛西君のことはそうやってすぐに諦められるんだ」


「いやそういうわけじゃ……」


「分かったから離して! 私一人でも葛西君を助けに……」


「スリープ」


 リズワールの声が聞こえたと思った瞬間、先程まで凄まじい剣幕で捲し上げていた美羽の意識が飛び、翡翠の腕にドサリと体が倒れる。


「リズ?」


「このままでは彼女の命が危険だと思い、一時的に眠ってもらいました。きっと冷静になれば白鳥さんも分かってくれるはずです。葛西さんのこともありますしダンジョン探索は断念していったん城へ戻りましょう」


 そうして意識を失った美羽を連れ、他の部隊と合流し一行はダンジョンを後にするのであった。



 ♢



「リズワールです。入ってもよろしいですか? 白鳥さん」


「……どうぞ」


 リズワールが扉越しに尋ねると中から拗ねたような声で返答がくる。明らかに歓迎されている様子ではないものの、リズワールは気にすることなく中へと入っていく。


「落ち着かれましたか?」


「……」


 今度は返事がない。美羽は赤く泣きはらした瞳を隠すようにベッドの上でリズワールに背を向けて寝転がっていた。


「その様子ですとまだ葛西さんの事が忘れられないようですね」


「……そりゃそうだよ。忘れられないし忘れたくない」


「そうですか。なら特別にあることを教えてあげます。皆さんには内緒ですよ」


 そう言って意味深な笑みを浮かべながらリズが口元を美羽の耳元までもっていく。


「葛西さんを取り戻す方法があります。お聞きになられますか?」


「へ?」


 それは美羽にとって予想外でそれでいて最大の吉報であった。まさかリズワールの口からそんな言葉が飛び出してくるとは思えず、美羽は眼を見開いてリズワールの方を振り返る。


「そんな方法……あるの?」


「ありますとも。ただこの話は他の人に聞かれるとかなり不味い内容になりますので内密にお願いします。特に鷺山さん辺りが怪しいので」


「分かった。内緒にするよ。だから教えて?」


 ライトを助け出せると思った美羽はベッドの上に座りなおし、真正面からリズワールの顔を見つめるとそう答える。


「分かりました。それでは少しの間、お耳を拝借いたしますね」

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