31 気付かれた正体

♢♦♢


 翌日。

 

 古代都市イェルメスへ向かう準備が整った一行は王都を出発する。


 王都から東部区までは馬車で約1週間。

 そこから更に真っ直ぐ2日程東へ進み続けると、古代都市イェルメスへと続く樹海の入り口に辿り着く。またそこから2日も馬車を走らせればようやく古代都市イェルメスへと着く予定だ。


 “普通”ならば――。


「うわー! なんだこれ、速そう!」


 エレンが口をぽかんと開けながら見つめる視線の先。

 そこには普通の馬ではなく、通常の馬よりも二回りも大きい黒い毛並みと白い毛並みの大型馬がいた。


 黒い馬が2頭。白い馬が2頭。

 目の前に並ぶ4頭の大型馬は、近くでみるとかなりの迫力であった。


「貴方“ファストホース”も見た事ないの?」

「初めて見ました! 大きくて凄いですね!」


 ファストホースという大型の馬は、どちらかといえば珍しい存在の馬である。言わずもがな普通の馬と比べて馬力が比較にならない程凄いのが特徴であり、騎士団の任務でも活躍する事が多い。


 しかしそれ故ファストホースは扱いが難しく、誰もが簡単に調教出来る訳ではない。それ専門の訓練を受けた者か、ローゼン総帥のように実力で馬を従えた者にしか扱えないのである。


 しかも。


「え、ちょっと待って。まさか“これ”が荷台!? 嘘でしょ!?」


 馬が大きくなれば馬車自体も大きくなるのか。

 通常なら4人も乗れば一杯となる荷台の客室が、事もあろうか納屋ぐらい

の異常な大きさを誇っている。


「貴方相当な田舎から出て来たのね。いちいち騒がしいわよ」

「いやッ、だってこんなの……! 僕の家よりもっとデカい」


 やはり世界は広いなと、エレンは自分の狭い家と馬車を比べてガクッと肩を落とした。


「早く乗りなさい。もう出発するわよ」


 エレンは驚きながら馬車に乗り込み、ローゼン総帥の合図で御者さんが馬を走らせ王都を出発した。


**


「うっわ、中も広い! え!? もしかしてこっちシャワールームまで完備されてるの!? ありえない!」


 馬車が走り出してまだ数十秒、エレンの興奮は止まるどころか更なる拍車を掛けていた。


「ちょっとエドワード。あの子いつもあんな感じなのかしら? ちょっと不憫に思えてきたわ」

「ハハハ。エレン君も色々と苦労している身。それにファストホースやこの大きさの馬車を見る機会は騎士団員でも少ないであろう」

「まぁ確かにそうかもしれないけど……」


 ローゼン総帥はそう言いながら横目にエレンを確認する。


「凄ーい! これだけ動いてるのにほとんど揺れも感じない。あ、この窓からファストホースが見える! やっぱ大きいなぁ」


 ローゼン総帥は子供のようにはしゃぐエレンを見て小さく溜息を吐いた。


「それじゃあ先ずは部屋を分けるわよ。とは言っても2人部屋が2つしかないから、貴方は妾と同じ部屋。エドワードはアッシュと同じでいいわね」


 唐突な部屋の割り振り。

 これに意見したのはエレンだった。


「え、ちょっと待て下さいローゼン総帥! あ、あの、一応僕は男ですし、それに……もし出来る事なら僕はエドさんと一緒がいいんですけど」

「ああ? またそれかよテメェ。イェルメスに行くまでの数日なんだからどうでもいいだろ」

「良くないね! それに君が決める事じゃないって何度も言っているだろ! 僕は男だ。女の人と一緒の部屋じゃ困るよ」

「フフフ。それなら大丈夫よ。兎に角3人共部屋に荷物を置いて来なさい」


 ローゼン総帥は不敵な笑みを浮かべる。

 アッシュとエドは何の意見もなく部屋へと入っていった。


「ちょっと待ってよ!」

「静かにしなさいエレンよ。貴方には“お話”があります」


 そう言って、ローゼン総帥は部屋に入るようエレンを促すのだった。


**


(まずいな……どうしよう)


 部屋に入ったエレンは同じ事しか考えていない。

 それは勿論、どうやって女だとバレずに乗り切るかだ。


 エレンとローゼン総帥の部屋はほぼローゼン総帥仕様となっているのか、彼女の服やら荷物が既に多く置かれていた。


 そして。


 ローゼン総帥はさらりと言った。


「安心しなさい。ここなら“普段通り”で大丈夫よ――」

「……!?」


 一瞬悩んだエレンであったが、すぐにその言葉の真意を汲み取った。


「それはつまり……」

「貴方、よくそれで今まで隠し通せてきたわね。男は馬鹿な生き物だと知っているけれど、流石にここまでくると逆に怖いわ」


 そう。

 ローゼン総帥は既に気付いていた。


 エレンが女である事に。


「いつから気付いていたんですか?」

「妾を馬鹿にしてるのかしら。最初に見た時からどう考えても女でしょ貴方。大丈夫よ。どんな事情で男に扮しているのか知らないけど、別にバラしたりしないわ。と言うより気付くのが普通よね」


 確かにそうだ。

 今まで嘘をつき続けてこられたのは、それこそ奇跡に近い。


 不意にそう思ったエレンは急に笑いが込み上げてくるのだった。


「ハハハハ。そうですよね。よくここまで来られたなって改めて思います」

「本当よ。貴方には驚かされたわ。男に扮している事も、その“正体”もね」


 エレンはエドとの特訓の後にローゼン総帥に会った日の事を思い出す。


「ローゼン総帥。僕の力は本当に“エルフ族”のものなんですか?」

「可能性はかなり高いわ。エルフ族の魔力と人間のマナは似て異なるものなの。貴方から感じる力が魔力かどうか……それも明らかにする為にもイェルメスに行くのよ」


 そう言ったローゼン総帥は部屋を出る。


 自分の力の存在が気になりつつ、エレンもローゼン総帥に続いて部屋を出た。


 すると、部屋を出た先のリビングで、簡易的ながら備え付けられたキッチンを利用してエドが飲み物を準備していた。


 馬車に紅茶のいい香りが漂う。


「丁度いいタイミングですね。今紅茶を入れましたので、宜しければいかがですか」

「ありがとうございます。いただきます」

「気が利くじゃない。妾もいただくわ」


 それぞれソファや椅子に腰掛け、紅茶を口に運ぶ4人。


 その後は端的に今後の話や他愛もない話をし、今日という1日を終えるのだった――。

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