第3章 共存のイェルメス

30 古代都市イェルメス

 突如静かに響いた音。


 そしてその音は一定のリズムを保ちながら、どんどんエレン達の元へと近付いてくる。


 ――カツン……。カツン……。

 訓練場の明かりに照らされ、夜風が長い綺麗な白銀の髪を靡く。


「えッ、貴方は……ローゼン総帥?」


 驚きの声を上げるエレン。


 そう。

 エレンとエドの前に忽然と姿を現したのはローゼン総帥であった。


「エレン・エルフェイムよ。貴方は一体“何者”なのかしら――」


 突然現れた上に、唐突にエレンに尋ねたローゼン総帥。


 驚きと困惑で言葉に詰まったエレンを助けるように、エドが代わりに口を開いた。


「お前はいつも突然現れて心臓に悪いわい」

「嫌ね、年寄りみたいな発言をして。妾がいつ現れようと妾の自由よ」


 エレンが最初に疑問に思ったのは、騎士団の実力テスト受けたあの日。

 

 リューティス王国の民ならば誰もが知る最強の魔導師、ローゼン・ウル・ブラッドリーとエドワード・グリンジが互いを知るような発言をしたのが始まりだ。


 あの日は実力テストに受かる事で精一杯だった為に深く掘り下げる事は出来なかったが、今のエレンは違う。


 何気なくエドとローゼン総帥が言葉を交わした事により、彼女に再び疑問が生じたのだった。


「あの~、お話し中に申し訳ないんですけど……エドさんとローゼン総帥って知り合いなんですか……?」


 遂に気になっていた事を聞けたエレン。

 そしてその答えはまた予想外の物であった。


「知り合いというか、まぁ腐れ縁みたいなものですかな。ローゼンは遠い昔に共に戦った“戦友”というのが1番近い表現かもしれません」

「戦友などと臭い事を言わないで頂戴。ただ一緒に戦った時期があっただけの事だわ」

(それを戦友と言うんじゃ……)


 エレンはそう思ったが、とても口には出せなかった。


「そんな事より、貴方は私の質問に答えてくれるかしら。エレンよ」

「僕……ですか?」

「そうよ。貴方は何者なの?」


 何度聞かれても質問の意図が分からない。


 突然「何者だ」と言われても、エレンにはその問いに対する答えを持っていなかった。


「成程。その様子だとやはり自分でも理解していないのね。良く分かったわ」

「勝手に出てきて勝手な事ばかり言いよるわ。お前はエレン君に何か用があるのか?」

「そうね。用と言うより、妾は仕合の時から貴方の力が気になっていたの。あの投擲の力がね。それと光る目。

貴方が自分で自覚しているのなら話は別だったけれど、そうでないのなら、私が貴方の“正体”を教えて差し上げますわよエレン」


 月夜に白銀の髪が靡き、ローゼン総帥のブラウンの瞳がエレンを見つめる。それと同時にエレンの胸はドクンと強く脈を打つ。


 “自分は何者なのだろう”――。


 物心着いた時から、エレンは心の片隅のどこかで何度も思った事があった。どれだけ考えても、唯一の家族のあった祖父に聞いても分からなかった答え。


 自分の求めているものとは違うかもしれないが、それでも目の前の人は自分の“何か”を知っている。


 気が付くと、エレンはローゼン総帥にその答えを求めていた――。


**


~王都・城~


 あれから2日後。

 レイモンド国王に呼び出されたエレン、アッシュ、エドの3人は城へと訪れていた。


 玉座に腰を掛けるレイモンド国王と向かい合っているエレン達3人。

 そんなエレン達の隣にはもう1人、ローゼン総帥の姿もあった。


「という訳で、この者達はこれから妾と共に“イェルメス”に向かわせるわ。良いわね、レイモンドや」

「そうですね。それは確かに調べた方がいいかもしれません」


 “古代都市イェルメス”――それはエレンが暮らしていたリューティス王国の東部よりも更に東。


 天まで聳える大きな1本の世界樹の麓に、広大で自然豊かな樹海が広がっている。その樹海の丁度中心に存在するのが古代都市イェルメスである。


 樹海にリューティス王国とユナダス王国の正確な国境の線引きはない。

 樹海が広大過ぎるが故その領土はどちらのものでもなく、実に666年前から現代に至るまで、いわゆるグレーゾーンとなっている場所であった。


 古代都市イェルメスは666年前の『終焉の大火災』が起こる以前は、人間とエルフ族と竜族が共存する超巨大都市であったとも言われているそうだ。


 エレン達がこのイェルメスに向かう理由。


 それは。


「先日の報告を聞いた後、妾は本格的に“練成術”について調べていたの。そうしたらやはり行きついたのよ。666年前に滅んだとされる“エルフ族の魔法”に――」


 いつもどこか掴めない、不思議な雰囲気と余裕を醸し出していたローゼン総帥。だが今の彼女のかなり神妙な面持ちだと伺える。


 彼女は一瞬口を閉じた後、再び口を開いて話を続けた。


「世界でも、終焉の大火災以前の記録は余り残っていない。エルフ族に関してもその容姿の美しさや寿命の長さ、そして魔力という力を用いて魔法を使うという事以外に詳しい情報は残っていないの。


勿論終焉の大火災によって甚大な被害にはなったと思うけど、それにしても残っている記録が少ない。まるで“人為的”に処分されたかのようにね」

「それって……」

「恐らく、終焉の大火災はエルフ族の魔法で起こされたもので間違いないわ。そしてもう2度とその終焉の大火災を起こさせない為に、生き延びた人間がエルフ族に関する記録を処分したんじゃないかと妾は考えているわ」


 リューティス王国一の魔導師であるローゼン総帥。

 彼女は魔法の実力も然ることながら、知識も凄く魔法に精通している。そのローゼン総帥が言うのならばかなり信憑性あるのだろう。


「どうして人間がそんな事を……」

「それを含めてイェルメスに行くのが今回の目的よ。やはりエルフ族の事を調べるならイェルメスに行くのが1番だから。それになにより重要なのは練成術について。妾は実際にローブの男とやらを見ていないから、今回は唯一の目撃者である貴方達に同行してもらう事にしたの。宜しくね」


 ローゼン総帥の言葉に頷くエレン達。


「突然の任務という事で悪いが、ローゼン総帥の言った通り、其方達には彼女に同行して練成術や謎の男の手掛かりを調べてきてほしい。

最早戦争はいつ再開されても可笑しくない。くれぐれも気を付けてくれ」

「はい!」


 エレン達はレイモンド国王に返事を返し、早速イェルメスに向かう為にこの場を後に……しようとした瞬間。


 最後にアッシュが徐に口を開いた。


「レイモンド国王。この任務が終わり次第、私を戦線部隊へ異動させていただけないでしょうか」


 思いがけない発言に、エレンもパッと顔を上げた。


 もし本当にこのまま戦争が始まれば、その最前線に行くのは間違いなく戦線部隊。


 アッシュは勿論それを分かって言っている。


 そして並々ならぬアッシュの覚悟を感じたレイモンド国王は、数秒の沈黙の後、首を縦に動かした。


「良かろう。この任務が終わり次第、其方を戦線部隊へ異動させる――」



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