第6話 【side神崎サクヤ】


 神崎サクヤは国内有数のダンジョン内でのネットワーク構築に成功した、大企業の御令嬢であった。

 天才とも呼ばれた父を親に持ち、産まれた頃から次期当主となるべく育てられた。


『えっ、これってそんなレアなの!?』

「フフッ! ハハハ!!」


 車の中で、つい爆笑してしまう。

 ソラは本当に面白い。


 何度見てもこの配信面白過ぎるな。今まで人気が出なかったのが不思議でしかならない。

 ネットでは【伝説の配信回】と呼ばれ、もはやトレンドも1~10位まですべてソラの話題で埋まっている。

 超級呪物を配信した人など、日本にはいない。


 普通はその存在を隠したり、自分の利益に使う物だ。


 ましてや乾燥機なんて……クフ。

 ダメだ、また笑いそうになってしまう。


「サクヤお嬢様がそんなに笑うなんて、珍しいですな」

「……むっ」


 運転手に声を掛けられ、真顔になる。

 私としたことが、気を抜いてしまった。


 ソラの顔や動画を見ていると、いつもこうなる。


「私は笑ってない」

「ですが」

「笑ってない」


 何度も強く言うことで納得させる。


「サクヤ様……私でも頼ってください。サクヤ様のためなら────」

「お父様にそう言われたのだろう。私は誰も信用しない、前にも言ったはずだ」


 そうだ。

 母を苦しめた父を許しはしない。

 

 私は普通の高校生になりたい、と我儘を言ってソラと同じ高校に進学した。

 

 それでも、父とはそのことで大喧嘩しかなりの間、口すら聞いて貰えない。


 お金持ちの高校へ行け。

 偏差値が高い高校へ行け。


 お前は将来、この日本を背負う人間になるのだ。


 三流企業に就職するつもりか、貧困層を見てみろ。生きるのも苦しそうではないか。


 お前は私の会社を引き継ぐのだ。


 私は父にそう言われて育ってきた。

 そのたびに嫌な気持ちになった。


「ですがサクヤ様……今のままでは、お見合いを受けるしか……」

「お見合い……? なんの話だ」

「社長が仰っておられたのです。『今のままならば、サクヤよりも自分が選んだ者に会社を継がせたい』と……裏で話が進んでおります。お相手は企業Pooverの御曹司です」


 超大物ダンジョン配信者を抱えるPooverという企業を、日本でも知らない人はほぼいなかった。

 ダンジョン内部のネットワークを牛耳っている父の会社と、あまたの大物配信者を持っているPooverが手を組んだら、文字通り最強だ。


 なんだ、その話は……。

 私は、知らない男と結婚させられるというのか?


 母を利用して捨てた挙句、その娘すらも使い捨てるのか……。


 悲しさよりも先に、呆れが感情を支配する。


「フっ……ハハハ! 本当、最低な父親だな……」

 

 自分で何かを選ぶことすら許されない。

 こんな場所から逃げたい。


 私は、学校に居る時の……ソラと話している時の時間が一番楽しいのだ。

 こんな苦しい気持ちになるために、生きている訳ではない。


 この世界で信用できる人間なんて、誰もいないのだ。

 

 *


 翌日の高校。

 昼休みに、ソラは「ふんふふーん♪」などと鼻歌交じりにサンドイッチを頬張っていた。

 

 その後ろで緊張しながら、サクヤは自ら声を掛ける。


 私から声を掛けたことなんて、一度もないぞ……恥ずかしい。

 

「……ソラ。お前、私のことをどこまで知ってる」

「え? 後ろの席の人。あとお金持ちで機械が得意」

「……」


 マジか、こいつ。


 認識が狂っていることは知っていたが、ここまで知らないとは思ってもいなかった。

 いや、今頃か。


 これでも私は美少女なのだ。ソラと話していると、自分は普通の人間だと思える。


 この高校に入ってきた時点で、大企業の娘だと知られ、距離を取られた。そのせいか孤高の存在、白い髪から白雪姫などとあだ名も付けられている。


 自分で言うのもなんだが、私は性格が明るくはないし、思ったこともズバズバ言う。


『こんなことも分からないのかお前、本当に現代人か? バカなんじゃないのか?』

『うーん、でも分からないしなぁ』

『まったく、ここはこうで……』


 キツい言葉を混ぜながら教えても、ソラは全く気にしなかった。普通、キツい言葉を掛けられたらもう二度と話しかけてこないだろう?


 挙句の果てに、最後にはこう言って来た。


『ありがとう! 助かったよ! 分からなことがあったら、また聞くね!』

『もう二度と話しかけるな』


 前の席のソラは、そんなことも気にせず話しかけてきた。


 人の話を聞いているのかこいつ……と最初は思ったが、慣れると楽しい奴だと思った。


 常識はズレてるし、話題も古い。

 機械音痴もいいところで、分からないことがあれば何でも聞いて来る。


 可愛い奴……と今では少し思ってる。


「あっ、サクヤ。実は昨日こんなのが来て……」


 私がソラに見せてもらったものは、企業からの提案だった。


「────ッ!?」


 ゾワッと心臓を掴まれたような感覚になる。


 所属:Poover

 大物ダンジョン配信者を抱え、年俸数十億円もの利益を叩き出している超大手企業。


 歴代スパチャ額で単体1位を記録、総合スパチャ額でも1位を取っている。ここから新規でデビューするとなれば、その価値は数億……数十億稼げると言っても過言ではない。


 そこからのオファーなんて、死に物狂いで掴みたくても掴むことのできない夢だ。 

 砂漠に落ちた小さな隕石を拾うくらい難しい。


「……Poover」

「サクヤは知ってる? 入らないかって言われてるっぽいんだよね〜」


 なんでこいつは何も知らないんだ……とツッコみたくなるが、我慢する。


「超大手だ。ここに所属できれば、間違いなく有名人だろうな……年間数億は稼げるし、もちろん個人とは違ってやれる範囲は増える。フォロワー数も数百万、再生回数も比較にならないほど伸びるだろう」

「そっか~……企業系って奴か」

 

 ソラは驚かず、納得する。

 普通はもっと興奮したり、調子に乗ったりするものだ。


「入った後が想像できないし、なんか実感が湧かないんだよなぁ」


 あぁ、ソラはこういうだったな。少しアホなのだ。

 でもそこがいい。


 Pooverの御曹司は、私のお見合い相手だ。

 ……お見合いか。それなら、ソラとでも結婚した方が楽しそうだ。


 そうだ。私はソラとの時間が楽しいと思っている。

 

 ソラがPooverに所属して、私が結婚すれば私とソラの立場は変わってしまう。


 この時間は無くなってしまうんだ。


 それは……嫌、かな。


「……ソラ、私と付き合わないか」

「うん?」

 

 ソラが首を傾げる。


 ……。

 …………!?

 

 私は何を言っているんだ!?

 

「かかか、勘違いするなよ! そ、そういう意味じゃなくて……! 私が所属を立てるから、そこでやらないかって意味で!」


 いやいやいや! それも違うだろ!?

 勘違いをごまかすために、必死になっているせいでどんどん変な言葉が漏れてくる。


 自分で会社を建てるって何を言っているんだ私は!?


 そんな度胸も自信もどこにあるんだ。


「それって、Pooverみたいなことを神崎とやるってこと?」

「そ、そうだ……!」


 も、もう引き返せない! ここまで来たら引き返せないぞ私ぃぃぃ……!!

 相手は今ネットで大バズりして、超人気になってきている。


 ……断られる。


 そんなこと目に見えている。

 ソラの目的は陰陽師の名を広めることって聞いた。


 だったら、Pooverに所属すれば一発でそれは変化する。


 私は昨日、ソラの配信を見た。あれは間違いなく本物だ。


 ソラは本物なのだ。


 Pooverと私個人。


 比べるまでもない。

 生まれたばかりの赤子ですら分かる回答だ。

 

 この世界で信用できる人間なんて誰も────。


「良いよ」

「へっ……」

「神崎なら良いよ」


 思わず、眼を見開いた。

 

「……お前」

「どうせ有名人を目指すのなら、神崎とが良い」


 そう言って、ソラはスマホを弄る。

 ポチポチと軽快な音を響かせながら、私にスマホを見せた。


「はい! 断りのメール入れた!」

「お、お前……! そんな早く決めて良いのか!?」


 せめてもう少し悩んでもいいだろう!?

 いや、私を選ぶのもおかしい話だ!


 企業と私個人なんて……。


「提案した私が言うのもなんだが、手っ取り早く陰陽師の名を広められたんだぞ!? ソラの名前だって、全国……いや、全世界へ広げられたかもしれない!」

 

 責めるようにまくしたてると、ソラが眉を顰めた。


「でも俺は、Pooverよりも神崎を信じてるから。神崎が配信の仕方とか、色々と教えてくれなかったら、今頃こんなにバズってないよ」


 ソラは軽い口調で笑う。


「だから俺は、神崎を選ぶよ」


 頭の中で、言葉が反芻する。


『私は誰も信用しない。例外はない』


 ソラは私を信用してくれた。

 

 ……私は。


「ちょっと電話する」

「誰に?」

「聞いていろ」


 スマホから、【クソ父】に電話を掛ける。

 数回のコールの後、相手が出た。

 

『サクヤ。なんだ、今は忙しい』

「私はPooverの御曹司とは結婚しない」

『……お前に拒否権はない。継ぐのが嫌ならば、会社の糧となれ』

「それも断る」

『いい加減にしろ……お前のようなバカ娘をここまで育ててやった恩を返せ』


 あぁ、いつもこうだ。

 喧嘩するつもりはないのに、父は話を聞こうとしない。


「……私は自分の会社を建てる」

『……は?』

「ソラと二人で会社を建てる……! そこであなたを超える!」

『バカ娘が……! どれだけ私が心血注いでこれまで会社を────』


 ブチッと切る。

 

「えっと、今の誰……?」

「私の父親だ。気にするな、覚悟は決まった」


 清々しい気分になる。

 これも、すべてソラのお陰だ。

  

「しばらくは私が配信のカメラを担当する。ここから、お前の人気を倍以上伸ばしてやる」


 ソラ、お前は凄い奴なんだ!

 どの配信者よりも、どんな奴よりも凄い。


 それを私が証明してやる。


 ソラをこの世界に、トップまで広める。


 それが、私の目標だ!


 あぁ……私はやっぱり、お前との時間が好きらしい。


 でなければ、こんなにも……心から楽しいと感じるはずがないのだから。


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