対峙

 身支度もせずに自室の扉を開け、勢いそのままに階段を下る。

 リビングでくつろいでいる親が何事かと問うてきたが、大丈夫とひとこと返して玄関を出る。ランニングシューズだけはしっかりと履いた。


「うぅ……」


 泣きじゃくる彼女の姿を捉え、その向こうにいる男をにらみつける。


「キタキタキタ」


 男――いや、怪異はそう言葉を発すると、身体を反対に向けて走り出した。


「あっ。君、なんで――」


 僕に気付いた幼馴染は戸惑った様子。

 この子を危険にさらすのならば、怪異だろうとなんだろうと看過できない。

 傍観はやめだ。


「心配かけてごめん。大丈夫だから」


 そう言い残し怪異を追いかける。


「え、あ、ちょっと!」


 後ろから彼女が呼び止める声がしたが、今は目の前の脅威を排除することだけを考えた。




 月は厚い雲に覆われ、暗い闇夜の中で怪異を追いかけた。

 どういった考えなのか知らないが、次々と曲がり角を曲がっている。

 次第に相手は僕の視界から消失した。


「おい、出て来いよクソ怪異」


 幼馴染を泣かされたことで気が立っていた僕は、思わず語調を強めた。

 正義漢を気取った訳ではない。単に、大事な人を傷つけられて怒りに震えただけだ。

 身の保身だけ考えて、「無関係だ」と傍観することができなかっただけ。


「お前、何なんだよ。散々関係者関係者って、僕のこと引っ張りまわしてさあ」


 怒りのままに言葉を発する。怪異がどういう気持ちなのか、そもそも感情なんてあるのか分からないが、こらしめてやりたい。


「連れてけるもんなら連れてってみろよ!」


 大声が夜の住宅街に吸い込まれていく。

 すると電灯がチカチカと明滅した後に消え、各家の窓から漏れる光は一瞬で消灯、辺りはより深い闇夜に包まれた。

 視界はほぼ、ゼロ。


 ――無音が、静寂の闇の中にこだまする。




「コンバンワア」


 背後から唐突に聞こえた男の低い声に振り向く。

 直後、僕の意識は沈んだ。

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