第20話 家族を名乗る不審者

 走る。

 

 何も考えずに走らないといけない。

 

 だって......そうじゃ無いと。

 

「ミリシアさん! レオスさんを置いてきて良かったんですか!」

 

 泣いてしまうから。

 

 悔しくて。

 

 憎くて。

 

 情けないから。

 

 少しはレオスに近づけたと思ってた......思い上がってた。

 

「っ! 良くないわよ! でもあの場にアタシ達が居れば邪魔にしかならないのよ!」

 

 声は震えていないだろうか?。

 

 涙は流れていないだろうか?。

 

「グレイス! ミリシアさんが1番悔しいんだ......それ以上言うな」

「オレら 1番 あしでまとい」

「分かってるよ! でもっでも!」

「良いから走りなさい!」

 

 今のアタシに取り繕う余裕はない、早く地上へ帰ってレオスを待つしか......出来ないから。

 

 /////////

『あーあ、彼女泣いてたよ?』


 突如現れた白い影が走り去るミリシア達の後ろ姿を見て、煽るようにレオスへ話しかける。

 

 話しかけられ、応えたくはないが少しでも時間を稼ぐために口を開く。

 

「ダンジョンから出たら、狐堂で何か奢るさ」

『うわぁ、女の子を物で釣るタイプ? 乙女心分からない奴だぁ』

 

 ぷーくすくす、と明らかに馬鹿にしたような笑いを浮かべる白い影にレオスの額に青筋が浮かぶ。

 

 その変化すら楽しそうに笑い続けた。

 

『あー楽しいなぁ、お母さんに堕とされた時は恨んだけど今は感謝してるよ! この世界は楽しいね!』

「......何を言ってるんだ?」

『酷いなぁ! はキミのでもあるのに!』

 

 レオスは困惑した。

 

 この世界の生を受けてから一度も家族が居た記憶はない......唯一、そういう存在が居るとすれば聖女ぐらいしか居ないはずだ。

 

『鈍いなぁ、もしかして考えないようにしてる?』

「だから何を!」

『冷たいなぁ、女神『⬛︎⬛︎⬛︎』から生み出された姉弟兄弟じゃないか!』

 

 思考が止まる。

 

は元々は生活能力が皆無な、お母さんの身の回りの世話をする為に産み出されたんだ』

 

 白い影は演劇のように大袈裟に、楽しそうに両手を広げてクルクルと舞台の上を回る。

 

 一方でレオスは洪水のように流し込まれた情報を整理するので精一杯だ。

 

 さらにそれは続く。

 

『いきなりお母さんが捕まっちゃってさぁ、その際に無茶振りされてココに堕とされたって訳だよ! 理解した弟くん?』

「......女神って捕まるの?」

『捕まったよ?』

 

 理解が追いつかない。

 

 追いつかないが......レオスが『ナナシ』を構えた。

 

「詳しい話は後でじっくり聞いてやる!」

『あぁ! 思考放棄だ!』

「やかましい! 次から次に出てくる情報が複雑すぎるんだよ!」


『えーもう、お話おわりー? うーん、弟くんと話すのも楽しかったし......』

 

 白い影が嗤う。

 

 ゆっくりと手が上がり掌がレオスを捉えた。

 

 何をするかは分からないが、先手を取られまいとレオスが『ナナシ』を構えて距離を詰める。

 

 だが遅い。

 

『やっぱり兄弟姉弟は一緒に居るべきだよね!』

 

 掌に膨大なエネルギーが急速に集まり......レオスが吹き飛んだ。

 

 木々を薙ぎ倒し。

 

 湧いたモンスター達を轢殺し。

 

 地面を何度も跳ねてもなお勢いが衰えずにダンジョンの地形を変え続ける。

 

 それを見た白い影が首を傾げて揶揄うように

 

『ありゃ? 加減を間違えたかな?』

 

「よそ見なんて余裕だな」

 

 声が不気味に響いた瞬間に白い影は自分の異常に気がつく。

 

 光り輝く布が足に絡みついていることに。

 

「しゃらぁ!」

 

 怒号が響くと白い影が浮いた。

 

 一切の抵抗を許さず、無抵抗で空中に放り投げられた。

 

『おいおいおい、キミの基礎は人のはずだろ? なんだよこの力は!』

 

 遠くで布を伸ばしているレオスの姿が見える。

 

 手に持った柄から伸びる布の正体に白い影は苦笑いを浮かべずには居られなかった。

 

『それ聖『剣』じゃないの?』

「ぶっ飛べやオラァ!」

 

 直後、白い影はダンジョンの最果ての壁へ叩きつけられていた。

 

『イタタタ、の弟くんはヤンチャだなぁ』

 

 それでも嗤うのを止めない。

 

 力も入れずに壁から抜け出した白い影の眼下には血塗れのレオスの姿があった。

 

 目は吊り上がり、口から血を吐き出しながらも笑いゆっくりと近寄る悪鬼の姿が。

 

 それを笑いながら、フワリと地面に降りる途中でレオスの聖剣を見て固まった。

 

 右手には片手剣の大きさの変わった『ナナシ』が握られている。

 

『それ卑怯じゃ無い?』

「卑怯もなにも......アンタが勝手にコイツを剣だと思い込んでただけだろ?」

 

 手元で弄ぶように形を変え続ける『ナナシ』、それを見た白い影は今度こそ引き攣った笑いに変わる。

 

「さぁお喋りは終わりだ」

『良いね! 楽しくなって来たよ!』

 

『なにを遊んでる! さっさと殺さんか!』

 

 レオスと白い影がお互いに構え、激突する瞬間に声が響いた。

 

『お前は『神の遣い』なのだろうが! さっさと『冒険王』を殺せ! そのクソガキを殺すんだ!』

 

 聞くに耐えない罵声の嵐。

 

 レオスはどこかで聞いた事があるような気がして頭の中で引っ掛かるが今はそれどころでは無いと思考に蓋をかけた。

 

『あー忘れてた......アレが見てたんだ、最悪』

 

 目の前の白い影が白けていくのが分かった。

 

 闘気が薄れて、浮かんでいた笑みすらも消えた。

 

『......人風情が調子にのるなよ』

 

 突如噴き上がる怒りにレオスは気圧され、耐えきれなかったモンスター達が全て魔石へと変わる。

 

「っ!」

 

『あーもう! 白けちゃった! 折角楽しく兄弟姉弟喧嘩してたのにさぁ......そうだ!』

 

 先程の怒りが一瞬で霧散して白い影はいい事を思いついたように嗤い。

 

『ねぇねぇ! 弟くん! 実はさ、この下の階層にダンジョンコアがあるんだよ!』

 

『おい! なっなにを言い出すんだ! 早くソイツを』

 

『そこにダンジョンを作り替えた張本人がいるよ!』

 

 あっさりと告げられた言葉に、レオスは警戒する事も忘れて目を見開くことしか出来ない。

 

「......お前が黒幕じゃ無いのか」

『アレを唆したのはだけど、ここをセンスの欠片もない状況したのはアレさ。用事は済ませたし、アレは見てて不快だし捨てちゃおうかなって!』

 

 笑う。

 

 嗤う。

 

 嘲笑う。

 

『殺すにも値しないから放置してたんだけど......』

 

「レオス! 伏せて!」

 

 声が聞こえた瞬間に疑問より先にレオスはその場で地面へ伏せた瞬間に白い影の上半身と下半身が斬り分けられた。

 

 斬り離された体を意に解さず、白い影が見た先には......。

  

『ありゃ? 逃げなかったんだ』 

『どうして逃げなかったの? どう考えても足手纏いなのに』

「うっさい! ロイドくん達には偉そうに言っちゃったけど......足手纏いは諦める口実にならないのよ!」

 

「アタシはレオスの隣に立ちたいの! アンタなんかに怖気付いてられないのよ!」

 

 震えを誤魔化し気丈に剣を構えるミリシアの姿があった。

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