番外編 約束、月に結う

「もう、妖術は禁止!絶対禁止!」


布団の上で、吹雪に枕を当てつけて暴れているのは塔子である。少し涙目で目元を赤くして怒っている様子は珍しく、吹雪は顔が緩むのを抑えられない。


「何笑っているのよ!全然面白くないからね」


悩みを解決したはずの千弦が、明らかな吹雪目当てで烏滸おこに頻繁に常連として通ってくるようになったのが、塔子は気に入らないようだ。


「そもそも、私の力を使って人助けをしろとねだったのは塔子の方だろう」

「そもそも人の感情を操るのは最低っだからね!昔から思ってたけど」

「塔子は嫉妬しているのか?私はいつ辞めてもいいぞ。毎日朝から晩までお前とこうしていたい」


吹雪は投げつけられた枕ごと塔子をニコニコと抱きしめてくる。


吹雪は反応を楽しんでいる。文句を言っても嫉妬と言われるし、実際のところ少し嫉妬している。


吹雪が塔子にしか興味ないのが分かっていても、胸がムズムズすることに塔子も自分で驚いていた。吹雪が喜ぶからそれは知られたくないのだが。


「兎に角、これからは女の子を自分に惚れさせて常連客にするのはなし!千弦さんの自立が上手くいったのは喜ばしいけど、これじゃホストクラブだよお」


「お前が客を増やせと言ったくせに」


「別に儲からなくても潰れないからいいもん」


(でも千弦さんを新米神様としての吹雪の信者第一号にカウントしていいのかなあ)


思っていた吹雪の社とは形が違うが、段々積み重ねてゆきお客さんが増えれば、吹雪に神さまの気概が出るかもしれない。塔子はこれからも続けるしかないと思った。


「とにかく!これから色恋系の妖術は禁止!」


塔子は小指を差し出す。その姿が可愛くて吹雪も小指を絡める。


「…はい!指切った」


2人で指切りをすると、広い布団に寝転がる。塔子は何がおかしいわけでもないのに笑っている。


「塔子は会うたびに泣いていたのに、こんなに明るく元気になってくれて本当に良かった」


吹雪は寝転がる塔子を優しい眼差しで眺める。


「うん。吹雪がいるから、もう寂しくない」


塔子はにっこり笑って答える。


「生まれてきて良かった。生きてて良かった。あのまま死ななくて良かった。全部、吹雪がくれた。だから、吹雪にも死んでほしくないよ」


吹雪は塔子を抱きしめる。相変わらず小柄な塔子は腕にすっぽりとおさまってしまう。細い体はこのまま簡単に壊せてしまいそうで、あの頃と同じ儚く短い朧げな命に変わりはなかった。


「塔子、愛してる」


眠りについた塔子に、吹雪は囁いたのだった。

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