第4話

「正直ね、彼氏の気持ちすごい分かるんよなあ」


唐突に吹雪は呟いた。帰ろうとした千弦も塔子もギョっとした顔で吹雪をみつめる。


「何がよ」


塔子は地響きのように低い声を出した。意に介さないような飄々とした態度で吹雪は言葉を続ける。


「いや、僕も束縛したいタイプやから好きな女の子にGPS仕掛ける気持ちもわかるし、実際監視カメラもGPS仕掛けとるようなもんやしね。今まで思わず手荒な事してまったとか、傷つける事言ってもうたとか全然あるんよな」


塔子は今までの吹雪の行動を反芻して、そんな意識あったのかと意外に思った。心当たりは沢山あるが、それを吹雪が後悔する姿は見た事がない。


「ただね、千弦ちゃんの髪の毛を切ったり、身体を傷つけたりするのは共感できひんなって。女の子の方貶めて価値下げてまで、逃げんよう囲いこみたいって事なんかな。そんな自分に自信ないんかな。どうせ囲い込むなら綺麗なままがええのに理解できひん」


(ダメだ…吹雪もヒモ気質のヤンデレ男子なんだよね…)


男側を力でぶっ殺す以外に解決方法があるのか、と塔子が危ぶんでいる所に、くだんの男は現れた。


「そろそろ来る頃やと思てたわ。せやから千弦ちゃん、せっかくやし彼氏さんと話させてもらってええかな?」


「おい、こんなとこで何してんだよ」


開口一番、男は声を荒げた。


「あ、すみません。千弦さんドラッグストアで気分悪くなったみたいで、偶然通りがかった僕らが介抱してたところなんですよ」


「なんでお前気分悪くなってんだよ。迷惑かけて、すんません」


「千弦さん、怪我もしてるし心配じゃないですか。今夜はうちに泊めようと思ってるんです。まあ、うち広いんでこのまま住んでもらってもええですしね」


全員寝耳に水である。


「ところで、千弦さんのヴィオラとか荷物そっち置いてありますよね?今から取りに行かせてもらっていいですか?」


「千弦、誰だよこいつ」

「し、知らない人…?」


千弦も困惑している。吹雪は千弦を抱き寄せ、「知らないは酷いね、千弦の恋人なのに」と息を吹きかける。


塔子は吹雪に呆れていた。次が予想できたからだ。千弦は頬を赤らめ、目がトロンとしている。そこに千弦の意思はない。狐の妖術である。


「私、吹雪さんが好きです!今夜から一緒に住みます!」


「お前何言い出すんだよ!」


男は顔を赤くして怒鳴った。


「そうゆうわけなんで、今から荷物取りに行きますか」

「吹雪さん、あのマンション私の名義で借りてるんです」

「そしたら千弦さんの荷物も運び出して、今夜彼にも出てってもらって、あとは部屋の解約もせなあきませんね!」


(もう、めちゃくちゃだ…もう帰りたい…)


塔子はもうどうでも良くなってきていた。ちなみに吹雪が千弦の肩に手を回したことに関してはしばらく許す気はない。


千弦は吹雪への恋心を原動力にパワフルに動き、テキパキと荷物を詰め、男から鍵も取り上げる。私たちの目もあるからか、男は暴力を振るうこともない。


吹雪は胡散臭い笑顔で一連の流れを見ているだけである。男と荷物をマンションの敷地の外に放り出すと、吹雪は男にも妖術をかけた。二度と千弦を思い出さないように。それからこのマンションにも近づかないように。


「なんだか、心が痛むわ」


千弦を忘れ、離れてゆく男を見ながら、塔子がふと呟く。


「なんで?」

「幸せな時間とか、良い思い出だってあったかもしれないじゃない。人の心を操るのも納得いかない」

「お前が人助けに狐の力を使えってゆったんだろう」


確かにそうだが、塔子は腑に落ちないものを感じている。本当に千弦を救えたといえるのだろうか。


吹雪は本当に我が家に千弦を住まわせる気は無いらしく、説得を頑張っている。口車に乗せてこのマンションでの一人暮らしを了承させた。


とりあえず今夜は夜遅くなったため、解散である。もう日が変わっていた。塔子と吹雪は賀茂川を下り、家に向かう。少し歩きながら話したい気分だった。


「もう終わったんだから妖術を解けばいいのに」

塔子は、不思議そうに尋ねた。

「今解いたら#絆__ほだ__#されるだけだよ、自分からあの男を探しにいくか。新しい男を引き入れて同じような目にあうと思うね」

白銀の長い髪は、月に照らされ美しく煌めいている。

「まだ根本的なところが終わってない」


塔子が次の質問をする暇を与えずに、吹雪は塔子を片手で抱き上げると跳んで自宅に帰った。塔子はもう眠いのが限界に達し、吹雪の腕の中ですやすやと寝息をたてるのであった。

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