2023年6月12日の日記 甥っ子よ、もしもし

「○○ちゃんがもしもしするー!」


 今日も甥っ子が両手を掲げて勢いよく走ってくる。どうやら電話が鳴ったので取りたいらしい。私は素早く電話を取り、軽く話を聞いて受話器を置いた。甥っ子が不満そうに「○○ちゃんがもしもししたかった……」と言うが、本当に取られたらたまったものではない。


「間違い電話だったよ」


 と事実を説明し、私はごろりとソファーに横になった。甥っ子は唇を尖らせて私をじっと見つめるが、次の電話がかかってきた瞬間、私より素早く受話器のコードを引っ張って耳に当てて喋っていた。


「もしもし○○ちゃんですよ」


 甥っ子は意気揚々と喋るが、うまく話が通じるわけがない。「ん? ん? ん?」を延々繰り返している。私は甥っ子から無理矢理受話器を取り上げる。


「すみません、替わりました」


 それから苗字を名乗り、相手の要件を聞こうとした。


『おばちゃん? おばちゃんなの?』


 電話の相手はまだ声変わりしたてのような若い声で、その少年は私にこう言った。


『○○○だよ! 未来の○○○!』


 何と電話の相手は未来の甥っ子らしい。私は驚き、新手のオレオレ詐欺かと悩む。しかし未来の甥っ子を名乗るからにはオレオレ詐欺でも愉快な展開を期待できるだろう。私は受話器を持ち直し、


「○○ちゃんなの?」


 と聞く。未来の甥っ子を名乗る少年はホッとしたように、


「そう、○○○。おばちゃんにどうしても伝えたくて電話したんだ。あのね……」


 受話器が無理矢理奪われた。現在の甥っ子の仕業だ。


「○○ちゃんがもしもしするうー!」


 私は迷ったが、甥っ子同士話させてみるのもありだと思った。というかオレオレ詐欺説を半分信じていたので甥っ子に相手をさせるだけでも充分だと思ったのだ。甥っ子は受話器を手に持ち、


「もしもし、○○ちゃんですよ」


 と意気揚々と応答する。


「はい。はい。はいはいはいはいはいはーい。わかりました」


 それから甥っ子は短い手を使って受話器を元の場所に置いた。最後適当な感じだったが大丈夫だろうか……? 一抹の不安を感じながら甥っ子に聞く。


「何だって?」


 甥っ子はやりきった顔で振り向いた。


「なんかねえ、今日アリの巣にお水かけないでって」

「それだけ?」


 私は拍子抜けしてポカンとする。アリの巣ねえ。甥っ子は心優しいのでしないと思うけど……。と、そこまで考えて気づく。私は花の水やりのときにじょうろの余った水をその辺にまとめてこぼす癖がある。


「一応かけないでおこうかねえ」


 私は水やり後、そのままじょうろを明日使えるように置いておくことにする。ちょっとしたことなので平気だ。


 甥っ子に聞く。


「未来の○○ちゃんは何でアリさんの巣に水をかけないでって言ったの?」

「なんかねえ、アリさんの怪人が来て、巣を壊したからお仕置きしに来たんだって。すっごく大きくておうち壊れたって」

「……それは大変だあ」


 私と甥っ子は扇風機の風の元、髪をそよがせながら賑やかな幼児向けアニメを眺める。


 今日は爽やかな晴れである。

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青いしましまの日記帳 ―空想上の甥っ子との思い出― 酒田青 @camel826

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