第22話 悪魔

 武器を引っ込め、ジミィが彼女のあとを追う。僕もはじかれたように階段を駆け上がった。起き上がったのであろう、花蓮が僕らを追い越していった。彼女の拳はナックルがはめられたままだった。


 しかし、追いつかない。

 雛乃は人間とは思えない驚異的なスピードで、階段をあっという間に駆け上がっていったようだった。


「ちっ!」


 ガッと、ジミィは壁をけった。僕たち三人は階段を二階分ほど駆け上がったあとの踊り場で、立ち止まった。悪魔の戦闘能力は1.5倍という説明文を不意に思い出す。追いかけても無駄という判断だろう。


「青鴉」


 ジミィが僕に視線を向ける。瞳には苛立ちが混じっていた。


「おまえさっき、なんであいつを殺さなかった?」


 責めるような口調。確かに、彼には責める権利があるのかもしれない。雛乃のチームを瞬時に見抜き、おそらく僕のチームも瞬時に見抜き、三対一の状況をあっという間に作り上げたのだから。けれど――


「……僕にもう一度、あいつを殺せって言うんですか?」


 責めたいのは、こちらだって一緒だった。


「僕は……っ! 僕たちは、仲の良い幼馴染だった! あの日だって、久しぶりに遊ぼうって町田駅で待ち合わせして……。なのに……っ。なのに……っ」

「うるさい。そんなことはどうでもいい。おまえ、死にたいのか?」


 脳内が一瞬で沸騰した。


「おまえのせいで!!!」


 僕はジミィの胸ぐらを掴んだ。身長差が激しいため、外から見たらひどく不格好なのだろうと思う。


「おまえが……! おまえが、僕を騙すから……っ。雛乃を騙すから……っ。僕たちを、裏切ったから…………っ。だから僕たちは、めちゃくちゃになったんだ!」


 吐き出す。ただ感情のままに、怒りを、恨みを、つらみを、僕は吐き出した。不思議なことに、ふつふつとした怒りが自分自身の言葉によって熱せられるかのように、ドロドロとした塊が胸の奥で作り上げられていった。


「殺したのはお前だ」


 そんな僕を、ジミィは冷ややかに見つめながら吐き捨てる。


「うるさい!」

「俺は誘導しただけだ。選択権はおまえにあった」

「うるさい……っ」

「頭を切り替えろ。今は次のゲームだ。青鴉、お前のポイントは、残り三十なんだろう?」

「…………」


 僕は手を離した。すぐ横で花蓮が僕に向けて拳を構えているのが視界に入った。止めるタイミングを伺っていたらしい。

 僕を攻撃してきた雛乃は悪魔。瞬時に敵対したジミィと花蓮は人間。なぜなら悪魔であれば、二対二の状況は好ましいものであるはずで、味方のフリをするはずがない。


 理屈を確認して、僕は一人頷く。もしこの状況で三人の中の誰かに悪魔がいたとしても、それは一人である。ならば、二対一に持ち込むことができる。


「とりあえず、原則としてこの三人で一緒に行動する。決して離れるな。分散すれば、みるくがどこから襲ってくるか分からない」

「……分かってる。あなたから離れない……」


 花蓮がまるでドラマのようなセリフを返す。僕もしぶしぶながら、「分かった」と返事をした。


「よし、行くぞ」


 階段を上がっていく。四階部分にたどり着いて、ジミィは扉に手をかけた。後ろの僕たちを振り返り、開けるぞとばかりに視線で合図を送ってくる。頷き返すと、彼は武器を取り出し、そして扉を開いた。


 バンっと勢い良く開けたそこには、ほとんど無人の美容エリアだった。あたりを軽く見回すと、コスメ用品の売り場やリラクゼーション施設や脱毛サロンなどがあった。

 ジミィがゆっくりと歩き出す。僕も花蓮も武器を携えつつ歩いて行った。


「この階にはいないか?」

「……施設の中に、隠れているかも……」


 花蓮が指摘する。僕たちは順に施設を回っていった。しかし、そのどこにも雛乃の姿はない。ただ――


「相変わらず、不気味だな」


 ジミィが指摘する。その視線のさきには、動きの止まった人間の姿があった。ゲームの開始時刻が開店間際だったため、一般客は一階にしかいなかったが、スタッフの姿があったのだ。脱毛サロンの白い制服をまとった女性が、カウンターの内側で固まっていた。


「……移動しよう……」


 止まっているエレベーターを歩いて下り、僕たちは三階フロアへとやってきた。


「まったく、分かりにくい建物だな」

「……町田109は地下一階から三階までがファッションのエリア……。四階がエステやメイク。五階がレストラン……。六階から八階までが、町田市立公民館……」


 ジミィの文句に、花蓮がスラスラと答える。「この建物は公民館までついているのか。詳しいな」と茶化すようにジミィが言うと「女の子だから」と、とくに照れた様子も自慢げな様子もなく花蓮は答えた。

 ガタリ。

 物音がなったのは、その時だった。

 音がした方向へと、一斉に武器を構える。


「あの、わたくしは怪しいものではないですわ!」

「そうなのですっ」


 可愛らしすぎるフリフリのショップ。その店内のカウンターから、彼女たちは姿を表した。そこにいたのは――


「都さん!? それと……永遠音、ちゃん?」


 派手なカチューシャの、金髪少女。透き通るような青い髪をした、小さな少女。

 二人は降参っとばかりに両手を挙げていた。


「あ。青鴉さん! よ、よかったァ……」

「ああ、いつかのお兄さんなのですっ」


 二人が駆け寄ってこようとするのを、ジミィが振り払うように盾を構えた。攻撃の姿勢に、二人の足が止まる。


「青鴉。おまえの知り合いか?」

「えっと、まあ」

「……ふーん」


 ジミィはうなったあと、


「永遠音って、【崎永遠音】か?」

「あ、そうですよ? 永遠音は、崎永遠音ですー」


 永遠音が頷く。ポップな絵柄の猫型ポシェットが、フリフリと揺れた。

 ジミィの顔が一瞬だけ凍りつく。それから、訝しげな視線を永遠音に注ぐ。対する永遠音は、視線を浴びることに慣れていないのか、実に照れくさそうな態度で、


「そんなにイケメンさんに見つめられると照れるのです。恥ずかしいのです」


 とうつむいた。うん。なんかムカつくやりとり。


「このゲームの中には本物の悪魔が紛れ込んでいる――」


 ぴたり。

 ジミィの口から放たれた言葉で、あたりの空気が一瞬にして冷え固まるのを感じた。


「悪魔……?」


 僕が呟くとジミィは一瞬だけ僕を見やり、


「崎永遠音。その名前が、このゲームでささやかれている悪魔の名前だ」


 言い切って、人差し指を永遠音に向けた。向けられた永遠音は、一瞬きょとんとした顔をみせ、それからケラケラと笑い出した。

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