ねこの剣士とすぎゆく季節

超新星 小石

ねこの剣士とすぎゆく季節

 アッシュトロヴェの森のなか。南のはずれの大きなクヌギのそのなかに、一匹の三毛ねこが住んでいました。


 名前はミケランジェロ。ながいので、森のみんなはちぢめて「ミケ」と呼んでいます。


 ミケは猫の剣士で、それはそれはたいそうな剣の腕前です。




 

 ある日のこと、ミケはペーパーナイフの剣の手入れをしようと思い、鞘から抜こうとしました。


 ところがどうでしょう、剣はすっかりさびてしまって抜けません。


「まいったなぁ、手入れをサボりすぎちゃったみたいだ」


 やがてミケは剣を鞘ごとほうりなげ、「まぁ、またこんどでいいや」といって、枯草のベッドでお昼寝を始めてしまったのでした。


 またある日のこと。


 ミケはペットのカブトムシにエサをあげようと思って、虫かごを覗き込みました。

 ところがどうでしょう、カブトムシは仰向けに倒れてまったくうごかないではありませんか。


「ああ、なんてこった」


 ミケは、クヌギの家の裏庭にカブトムシをうめてあげました。


 墓ひょうのかわりに一本のクヌギの枝をさし、一輪のたんぽぽをたむけて、前足をあわせて祈りました。


 またまたある日のこと。


 なんだかむしょうにひまわりが見たくなったミケは、剣をたずさえ、クヌギの家のとじまりをしっかりして、ひまわり畑へとむかいました。


 さわやかな風に背中をおされて森を歩いていくと、なんだか体が軽くなったように感じます。


「このしげみをこえたらひまわり畑だ」


 ミケは頭から茂みにとびこみました。


 ところがどうでしょう、ほんのすこしま前まであたり一面に咲いていたひまわりは、ひとつのこらず枯れているではありませんか。


「これじゃ、みごたえがないよ」


 がっかりしたミケは、肩をおとしてとぼとぼ歩きだしました。


 いくあてもなく森を歩いていると、ミケは、森のようすがすっかり変わっていることに気がつきました。


 あんなに元気だったお日様は、いまは優しくおだやかです。


 風は涼しくて、土の香りをたっぷりふくんでいます。


 にぎやかだったセミの合唱もいまは聞こえません。


 季節が、かわるのです。


 時間が、すぎてゆくのです。


 しずかなしずかな森の中、

「なんだかさみしいなぁ」

 ミケは切り株にすわって、そうつぶやきました。


 しずかな森はどこまでもしずかなままで、虫の声も、ケモノの気配もかんじません。


 ミケがうとうとしはじめたころ、近くの茂みが、がさがさがさりとゆれました。


「だれかいるのかい?」


 茂みからあらわれたのは一匹の黒ねこ。首にさげたゴーグルがトレードマークの冒険家、ペローです。


「やあ、ミケ」

「やあ、ペロー」

「こんなところでなにをしているんだい?」

「なーんにも。ただ風にふかれていただけさ」

「ふーん」


 ペローはつまらなそうに答えると、ミケと背中合わせになるように切り株にすわりました。


 二匹のねこが、風にふかれます。


 二匹のひげが、風にゆれています。


 そよそよそより。


 そよそよそより。


 とてもしずかで、とてもゆっくり、雲がながれていきます。


「ねえ、ペロー」


 雲の切れ目からお日様が顔をだしたころ、ミケがそっとささやきました。


「なんだい、ミケ」

「季節がかわるのって、なんだかとってもさみしいね」


 ペローに背中をおしつけて、空を見上げながら、ミケはいいました。


「そうかな」

「そうだよ」


 ミケは、ぐー、っとペローに体重をかけました。


 すると、


「よーし」


 ペローがすくっと立ち上がり、ミケはいきおいあまってでんぐり返り。


 空が下に、地面が上に。うしろ足で地面にぶらさがる、逆さまペローをみあげます。


「もう、きゅうに立つなんてひどいよ」


 ミケはたちあがって、毛についた砂ぼこりをはらいました。


「いこう、ミケ」

「いくって、どこに?」


 首をこてん、とかしげるミケに、ペローはほほえみかけました。


「秋を、さがしにいくのさ」



※  ※  ※



 アッシュトロヴェの森は、みどりがゆたかでたくさんの生き物がすんでいます。


 でも本当は、みどり色なのは上からみたときだけ。地面にはたくさんの木が倒れていて、それらはどれもきれいな灰色になっています。


 ミケとペローは倒れた木の下をくぐったり、協力してよじのぼったりしながら森のおくへすすんでいきました。


 ミケはペローのゆらゆら揺れるかぎシッポをおいかけながら、ふと、不思議にかんじたことがありました。


「ねえ、ペロー。どうして森の木は、生えているときは茶色なのに、倒れてしまうと灰色になるんだい?」

「時間がたったからさ。木はふるくなると灰色になるんだ」


 ペローはものしりです。冒険が大好きで、いつも森のあっちこっちを歩きまわっています。だからいろんなことを知っているのです。


 噂によるとペローはもともとニンゲンというとっても賢い生き物で、いつの日かそのニンゲンという生き物に戻るために冒険しているのだと聞いたことがあります。


 そのうえ自分はこの世界の住人じゃないんだ、なんてこともいっていましたが、ミケはたぶんからかっているんだな、と思っているのでした。


「へー。じゃあさ、ボクもそのうち灰色になるのかな」

「さあ、どうかな。白くはなるかもしれないね」

「そうなんだ。じゃあさじゃあさ、ペロー。君も白くなるのかい?」


 ペローは歩きながら顎に手を当てて「さあ、どうかなぁ」と自信なさげにいいました。


 ものしりペローにもわからないことがあるんだな、とミケは思ったのでした。


 二匹が森のなかをすすんでいくと、枝の上から鳥の歌声がきこえてきました。


「おや? あそこにいるのは……」


 ミケはすぐに木のねもとにかけよりました。


「おーい、ケイミー」

「あら、ミケ。それにペローも。こんなところにいるなんてめずらしいわね」


 枝の上で歌をうたっていたのは、小さな小さなハチドリのケイミーでした。


「きみこそ、こんなところでなにをしてるんだーい?」


 ミケが大声をだすと、ケイミーはぱさぱさと翼をはためかせてミケの顔の前までおりてきました。


「べつになーんにも。することがなさすぎてうたっていただけよ」

「あはは、ボクとおなじだね。みんなヒマなんだなぁ」

「この森にいそがしい動物なんかいやしないわ」

「そうとはいいきれないと思うけど……」


 ペローがぽつりといいました。


「あなたたちこそ、なにをしているの?」

「ボクらは秋をさがしにいくとちゅうなんだ」

「まぁ、なんだかおもしろそうね。わたしもついていっていいかしら?」

「もちろんさ」


 ミケがそういうと、ケイミーはミケの肩にとびのりました。


「とってもすてきなとまり木だわ。歌いたくなっちゃう」


 ケイミーが歌いはじめ、二匹と一羽はさらにおくへとすすんでいきます。



※  ※  ※



 二匹と一羽のまえに、いっぽんの吊り橋があらわれました。


「ここをわたればすぐなんだけど」


 と、いって、ペローはたちどまりました。


「じゃあ、はやくわたっちゃおうよ。どうしてとまるんだい?」

「縄が切れそうだ。これじゃわたるのはあぶないよ」

「だいじょうぶさ。ボクらは身がるな猫なんだから、そうそう切れたりしないよ」


 ミケはそういって、ぴょん、とはねると、片手で逆だちしてみせたのでした。


「でも、下は川になってるよ。ぼくもきみも水はきらいだろう?」


 二匹の意見はわれたまま、なかなか話がすすめません。


 そこへ、せっかちケイミーが「もう、じれったいわね」とわってはいりました。


「それならコインできめたらいいんじゃないかしら」

「それはめいあんだねケイミー」


 ミケが肩にのったケイミーの背中をなでてあげると、かのじょはえっへんと胸をはりました。


 ペローも納得して、肩にかけていたバックからぎん色のコインをとりだしました。


 ペローの爪が、ぴぃん、とコインをはじいて、くるくる、ぱしん。


 ペローは手のこうをおさえたまま「どっちかな?」とミケにといかけます。


「おもて!」


 ミケが答えると、ペローはゆっくり手をはなしました。

 コインには、はなのたかいおじさんの絵がほられています。

 おもてです。


「きまりだね。ぼくが先にわたってもいいかい?」

「いいよ」


 ペローが吊り橋に足をのせると、吊り橋はギッシンギッシンきしみました。


「だいじょうぶそうだ」


 ペローは慎重にすすんでいきます。

 やがて吊り橋の反対がわにたどりついて、ふりかえりました。


「ミケ。わたっていいよ」

「うん」


 ミケは怖気づくことなくすすんでいきます。


 ミケもペローも勇敢な猫なのです。


「あとは半分よ、ミケ」

「そうだね」


 ぱさぱさと顔のまわりととぶケイミーに、ミケはうなずきました。


 けれど、ああ、なんということでしょう。


 吊り橋の入口。縄をささえる杭に、一羽のキツツキがひゅるりとやってきたではありませんか。


「なーんてすばらしい木なんだ。こんなのつつかずにはいられないや」


 キツツキはうっとりと杭をみつめ、カカカッと、するどいくちばしをくいにうちつけます。


 吊り橋の縄がすこしずつ細くなっていって、糸のように細くなっていって……ブチン!


「わあ!」


 ぐわん、とかたむく吊り橋。


 まだ真ん中あたりにいたミケは、反対がわの縄にしがみつきます。


「ちょっとあんた! なにやってるのよう!」

「わあ、ケイミーだ! にげろ!」


 ケイミーが鬼のような形相でとんでいくと、キツツキは血相をかえてにげていきました。


 さてさて、それでは宙ぶらりんのミケはというと、

「うわわわ、よっと!」

 

 細い縄のうえにのって、両手をひろげました。


 橋の板は川のなかにぼちゃぼちゃとおちていきます。


「ミケ! だいじょうぶかい!」

「だ、だいじょうぶ!」


 ミケはいきをのみました。


「ぼくは猫。勇敢な猫。よし、いくぞ!」


 さすが猫。ミケは細い縄のうえでもバランスをくずすことなく、いっぽずつ、ゆっくりと、まえにすすんでいきます。


「がんばれ、ミケ! はやくこっちへ!」


 橋の先でペローがさけびます。


「ミケ、あとすこしよ!」


 ケイミーもミケの近くをとびまわって、いっしょうけんめい応援してくれています。


 いっぽ、またいっぽ。


 もうすぐゴールかな、と思って顔をあげても、まだ半分の半分もすすんじゃいません。


 ゆっくり、じっくり、慎重に。


 とほうもない時間がすぎたような気がしても、終わりは必ずくるものです。


 ミケは、あと少しでわたりきるところまでたどりつきました。


「ミケ! 手を!」


 ペローが手をのばしました。


 ミケも手をのばします。


 二匹の手がふれようとしたそのとき、ミケの視界が、がくん、とさがりました。


「わあっ」


 ゆいいつのこった吊り橋の縄は、あとすこしのところで切れてしまいました。


「ミケー!」


 なんとペローはみずから谷ぞこへとびおりて、ミケの手をつかみました。


「ペロー! ああ、どうしてきみは!」

「かんがえなんてないよ!」


 二匹はおっこちながら、お互いにぎゅっとだきしめあいました。


 二匹は頭から川にとびこみ、目のまえがまっさおになりました。ミケの口の中にたくさんの水がはいりこんで、鼻がきーんといたくなって、ミケの世界は、まっさおからまっくろにかわったのでした――――。


※  ※  ※


 ぴちょん。


 ぴぴちょん。


 ぴぴちょんちょん。


「はっ!」


 額におちてくる雫で目をさますミケ。


 ミケはぺたぺたと顔をさわって、まえ足をのばして、うしろ足をのばして、よつんばいになりました。


「うにゃー」


 ぶるる、と体をふるわせて水をふきとばします。


 まだしっとりしていましたが、ミケはうしろ足でたちあがり、あたりを見まわしました。


 天井からツララのようにのびている岩。青く光るコケがぼんやりとあたりを照らしています。ふつうなら見えないくらい暗かったのですが、ミケの目はすこしの光でもよくみえるのです。


「目がさめたかい」


 声がしてふりむくと、ペローが木の枝でやぐらをつくっていました。


「ペロー! ここはどこなんだい?」

「ここは、鍾乳洞さ」


 ペローはバッグから火打ち石をとりだして、枝のやぐらの上でかっちんこっちん火花をちらせました。


「しょーにゅーどー?」


 爪で頭をカリカリしながら、ミケは気のぬけた声でいいました。ミケのいいところは、こんなときでも慌てないことなのです。


「そう。岩が水でとけてツララみたいになっているだろう? あれが鍾乳石。鍾乳石がある洞窟を、鍾乳洞ってよぶのさ」


 しゅぼっ、とやぐらに火がつきました。


 苔のつめたい光とは違う、あたたかい光が鍾乳洞を照らします。


 ミケが炎に手をかざしていると耳がぴくりと動きました。


「ミケー! ペロー!」

「ケイミー! きてくれたのかい?」


 地下水路のおくからケイミーがとんできました。


「ああ、二匹ともぶじでよかったわ!」

「しっとりしちゃったけどね」

「それくらい、いいじゃない! 命あってのものだねよ!」


 かのじょはミケの肩にとまり、顔に頬ずりしました。


「ケイミー。きみはどうやってここまできたんだい?」


 ペローがたずねます。


「川の上をとんできたのよ」

「それじゃあボクらはいけないね」

「ああ、ぼくらはこの鍾乳洞をあるいて出口までいかなきゃならない。でもそれは、とっても危険なんだ」


 ペローは枝で焚火をいじりながらいいました。


「どうして?」

「この鍾乳洞には地上の森にはいない、大きなオバケ蜘蛛がいるからさ」

「オバケ蜘蛛だって?」

「いやー、わたし、蜘蛛きらいよ!」


 翼で顔をおおいかくすケイミー。


 ミケも蜘蛛はきらいです。八本の足にたくさんの目。口は尖っていてとても怖い顔をしています。


 小さくても怖いのに、それが大きなオバケ蜘蛛だなんていわれたら、のんびり屋のミケもぶるりと身をふるわせるほかありませんでした。


「いったいどうしてこうなったんだろう」

「ねこが川の流れにさからえないように、世の中にはどうしよもないことだってあるのさ」


 ペローは「でも、まぁ」と話を続けます。


「もしも吊り橋をわたっていなければ、こうはならなかったかもしれないけどね」


 その言葉に、ミケはむっとしました。


「なんだいその言いぐさは。それじゃまるでボクが悪いみたいじゃないか」

「そうはいってないよ」

「いいやいった。いっておくけど、きみにだって責任があるんだからね。きみが秋をさがしにいこうといいださなければ、吊り橋をわたることもなかったんだから」


 ミケが、ふん、と鼻を鳴らすと、焚火をいじっていたペローの手がとまりました。


「おいおい、そんなのあんまりじゃないか。ぼくはただ、きみに季節がかわる良さをおしえてあげようとしただけだぜ」

「それがおせっかいなのさ。ボクは冒険よりお昼寝のほうが好きなのに」

「そうやって寝てばかりいるからきみの体はぷにぷになんだな」

「な、なんだって! いまのはとっても失礼だぞ! きみだって、悪人面のくせに!」

「なっ! まったくきみは、ああいえばこういう。いいかい、きみの悪いところはそうやってへらずぐちばかりたたくところで、このあいだだって」


 小さな言い争いは、いつしかぎゃーすかぷーすかという言葉の戦争になってしまいました。


 ほどなくして、二匹はお互いに「ふん!」と、そっぽをむいたのでした。


「ちょっとちょっと! こんな時に喧嘩だなんてやめてよね!」

「ペローが悪いんだ!」

「いいや、ミケが悪い!」

「もうきみとはいっしょにいられないね。ボクは帰らせてもらうよ」

「ああ、どうぞご勝手に」


 ペローが手をしっしっとふって、ことさらむっとしたミケは、彼に背を向けてあるきだしました。


「ああん、もう! 二匹とも、いじっぱりなんだから!」


 肩のうえでケイミーが頭をかかえていましたが、ミケはそんなことなど気にせず、ムカムカした気持ちのまま鍾乳洞の奥へと足をふみいいれたのでした。



※  ※  ※



 鍾乳洞を、ミケは肩をいからせてずんずん進みます。


「ねえ、ミケ」

「なんだいケイミー。まさかペローにあやまれっていうんじゃないだろうね」

「ううん、ちがうの。仲直りはしてほしいけど、ミケがあやまることはないわ。本当にあやまらないといけないのは、わたしよ」

「ケイミーが? どうして?」


 ミケは不思議でなりませんでした。


 喧嘩したのはミケとペローなのに、どうしてケイミーがあやまるんだろう、と。


「あのとき、わたしがコインできめようなんていわなければ、ちゃんと話しあいできめていたならこんなことにはならなかったかもしれないわ。それに、あのキツツキをもっとはやくおいはらっていれば吊り橋もおちなかったもの。だから、ごめんなさい、ミケ」

「ケイミー……」


 ミケは、熱くなっていた頭がすぅっと冷めていくのを感じました。


「ボクこそごめんよ、ボクらの喧嘩にまきこんじゃって」


 ミケは恥ずかしくなりました。ミケとペローはお互いに自分の悪いところを認めようとせず、相手に責任をなすりつけてばかり。


 それにひきかえケイミーは、自分の悪いところを素直に認めて謝りました。その姿は、ミケの瞳にとても大人っぽく映ったのでした。


「ね、ミケ。あなた、ほんとうにペローが悪いと思ってるの?」

「いいや。吊り橋が落ちるだなんて、あの時はだれにもわからないことだったしね」

「そうよね。ただの不幸だったのよ」

「そんな不幸のせいでボクらは喧嘩してしまった。ああ、なんてつまらないことをしてしまったんだろう。ボクはきめたよ、ケイミー」

「なにを?」

「こんどペローにあったら、あやまる。仲直りする。よぅし、それじゃあペローにあいに……ってあれ?」


 ミケが来た道をもどろうと思ってふりかえると、道はいくつもえだわかれしていました。


「まいったな、これじゃどこからきたのかわからないや」

「出口でまっていたらどうかしら。きっとペローも遅れてくるわ」

「それもそうだね」


 ミケは気をとりなおして、先へとすすむことにしました。


 じめじめした鍾乳洞の空気にもなれたころ。


 ミケの目の前に、わかれ道があらわれました。


 右と左のふたてにわかれた道の間には、木の看板がたてられています。


 看板には、左を示す矢印と「出口」という文字が書かれていました。


「左にいけば出口だってさ」

「なんでこんなところに看板があるのかしら……?」

「こまかいことはいいじゃないか。さあ、いこうケイミー」


 ミケは左の道を選び、先へとすすみました。


 やがて一匹と一羽は、広場にでました。


 円形の広場は天井が丸くなっており、ドーム型をしています。


「ここで行き止まりみたいよ」

「ええ? じゃああの看板はまちがいってこと?」

「そうなるわね。ん? でもまって、もしもまちがいじゃないとしたら、これって」


 ケイミーが肩の上でかんがえこんでいると、ミケは頭上になにかの気配をかんじました。


 とっさに背中の剣をつかんで鞘ごと振るうと、鞘に白いねばねばしたものが絡みつきました。


「な、なんだこれ!? 糸!?」


 サヤに絡みついた糸を見て、ミケは目をむきました。


「やだ、まさかこれって」

「わははは、久々の獲物だ!」

「だれだ!」


 ミケが怒鳴りかえすと、天井から大きな黒い塊が落ちてきました。


 砂けむりがまきおこり、目のまえの景色が灰色に染まります。


「ふふふ、ははは、わーっはっは!」


 高笑いとともに、砂けむりがふきとび、声の主が姿をあらわしました。


 針のような細い毛がまばらに生えた丸いお腹。せんたんが槍のように鋭い八本の脚。六つの赤い目をもち、どうもうな牙をそなえた口。


 オバケ蜘蛛です。


「オレ様はパイダー。この鍾乳洞のボスだ!」


 ケイミーはおろか、ミケさえ一口で丸のみにしてしまいそうな大きな口を開いて、オバケ蜘蛛、パイダーはいいました。


「ボクらになんのようだ!」

「なんのようかだって? そんなの決まってる! 今日のパーティーのメインディッシュは、三毛ねこの踊り食いと、ハチドリの生き血のジュースだ!」

「ミケ、あのオバケ蜘蛛はわたしたちを食べるつもりなのよ!」

「そんなことはさせないぞ! ボクにはこの剣が……あれ?」


 ミケが剣を抜こうとするも、剣はサヤから抜けません。まっすぐ引っ張っても、左右にふっても、地面に叩きつけてもまったく抜けません。


 サー、とミケの顔が青くなりました。


「しまった、さびさびだった!」

「んもう、ミケの馬鹿! どうするのよぅ!」

「わはは! それじゃあ、いただきまーす!」


 パイダーが涎をだらだらまきちらしながら迫ってきます。


 剣が抜けないのでは太刀打ちできません。ミケはパイダーに背を向けて、出口に向かって一目散に逃げだしました。


「逃がさんぞ!」


 パイダーの口から糸の塊が飛び出し、出口を覆い隠してしまいます。


 ミケは慌ててたちどまろうとしましたが、地面のくぼみに足をとられてすっころび、尻尾が上に、頭が下になって糸に絡めとられてしまいました。


「うごけない!」

「ミケ! ああん、もう! こうなったら!」


 ケイミーは迫りくるパイダーにむかって飛んでいきました。


「やいやいこのデカブツのウスノロたんさいぼー! 悔しかったらわたしをつかまえてごらんなさい!」

「ほう、威勢のいいハチドリだ。ではまずは、しょくぜん酒といこうか」


 パイダーは次々と糸の弾を発射しますが、ケイミーは軽やかに飛び回って避けていきます。


「いまのうちに、うーん、うーん……」


 ミケの体にくっついた糸はとてもねばねばしていてまったくとれません。


「ミケ! はやく! きゃあっ!」


 もがいているうちに、ついにケイミーが糸に絡めとられてしまいました。


「ケイミー!」

「わはは! ようやくつかまえたぞ! さあ、生き血のジュースを飲ませてもらおうか!」


 パイダーが地面の上でもがくケイミーに近づいていきます。


「さあて、どこから血を吸ってやろうか。首か? 腹か? 翼なんてのもオツなものだな」

「ケイミー! ケイミー!」

「ミケぇ!」

「うーん、どうしようか。背中というのも捨てがたいし、足からちょっとずつというのも……」


 パイダーはケイミーの血をどこからどうやって吸うかで悩んでいる様子です。


「ああ、くそう! どうすればいいんだ!」

「ぼくにまかせて」


 そんな声が後ろから聞こえて、ミケをとらえて離さなかった糸がはらりと切れました。


「へ? ふぎゃ!」


 頭からごっちーん、と地面に落ちるミケ。


 でんぐりがえりして、お尻と尻尾をつきだしながら地面の上に這いつくばると、目の前に黒い毛におおわれた足が見えました。


 視線を上げると、そこにはナイフを手にしたペローが立っていたのでした。


「ペロー!」


 ミケは顔をあげて、ペローを見上げました。


 ペローはナイフをくるくるまわして、腰のホルダーにさしました。


「あのあと一人で考えて、橋が落ちたのはだれのせいでもなかったって気づいたんだ。だから、その、ごめんよ、ミケ」


 ペローは申し訳なさそうに頭を掻いていいました。


「ううん、ボクこそごめん。ねえ、ペロー。ボクらは、まだ友達だよね」

「ああ、もちろんさ」

「じゃあ、お願いがあるんだ」

「なんだい?」

「いっしょにあの蜘蛛をやっつけて、ケイミーを助けてほしい!」


 ペローはにこりと微笑み、ミケに手をのばしました。


「もちろんさ。ケイミーはぼくにとっても友達だからね!」

「ありがとう」


 ミケはその手を握り返し、立ち上がりました。


 二匹は見つめ合い、微笑み合います。


「でもミケ。どうしてきみは剣をつかわなかったんだい?」


 ペローの質問に、ミケはばっしゃんばっしゃん目を泳がせます。


「あ、ああー、それはね、じつはね」

「まさか、さびて抜けなかった……とか?」

「まさにそのとおりです……」


 しゅん、とミケの耳もしっぽも垂れ下がり、ペローはくすりと笑いました。


「まったくきみってやつは。さあ、まずは剣を抜こう」

「うん!」


 ミケがつかを、サヤをペローが握り、二匹は力いっぱいひっぱりました。


「ちょっとずつ抜けてきてる。もう、すこしだ、ミケ!」


 すっぽーん。


 剣が抜けて、二匹は尻もちをつきました。


「抜けた!」


 ミケの手にはさびついて斑な茶色になった剣が握られています。あまり切れ味はよくなさそうですが、剣を手にしたとたん、ミケは力がみなぎってくるのを感じました。


「ようし、反撃開始だ!」


 ペローはすちゃっとゴーグルをかけ、バックからパチンコとどんぐりをとりだして、パイダーに狙いを定めます。


 どんぐりがまるで弾丸のような勢いで飛んでいき、パイダーの頬にめりこみました。


「ぐわぁ! なんだ!?」


 パイダーの六つの目がミケとペローをとらえます。


「おや? 一匹増えているじゃないか」

「ミケ! ぼくがひきつけるからそのあいだにケイミーを!」


 ペローはそう叫んで走り出しました。


「わかった!」


 ペローと逆まわりに走り出すミケ。パイダーの目は、ミケをおいかけます。


「そうはさせ……ふげっ!」


 ミケをおいかけようとしたパイダーの眉間に、またしてもどんぐりが直撃。


「お前の相手はぼくだ!」

「おのれ黒ねこめ! ただじゃおかないぞ!」


 ペローとパイダーがおいかけっこをしている間に、ミケはなんとかケイミーのもとにたどりつきました。


「まってて、すぐにたすけてあげるから!」


 ミケが剣をふるうと、ケイミーにからみついていた糸が切れました。


 自由になったケイミーはすぐさま翼を広げてとびたちました。


「たすかったわ! ね、あそこにいるのってもしかしてペロー?」

「ああ、仲直りしたんだ」

「そ。それならよかったわ。それじゃああとは」

「あのオバケ蜘蛛をやっつけるだけだね!」

「わたしは空から注意をそらすわ! そのあいだにミケは距離を詰めて!」


 ケイミーはパイダーのもとに飛んでいき、パイダーの目の前をなんども旋回しました。


「むっ! ハチドリが逃げてしまった!」


 パイダーが頭上に気を取られている隙に、ミケは一気に駆け出します。


「わははは! 近づいてきているのはわかっているぞ!」


 パイダーは地上から走ってくるミケに気づき、槍のような足を振り上げました。

 けれど、ミケは止まりません。


「ペロー!」

「ああ!」


 ペローは火打石をパチンコにセットして、放ちました。


 振り下ろされた足の先に火打石がぶつかると、火打石から火花が散って、あたりが白く染まりました。


「ぐわっ!」


 くわんくわん、とパイダーの目がくらんでいる間に、ミケは地面を蹴って高く飛び上がりました。


「やあああああ!」


 剣を振り下ろし、パイダーの眉間を切り裂きます。


「ぐわあああああ!」


 悲鳴を上げるパイダー。


「浅かったかも!」

「十分だよミケ!」

「急いで逃げましょう!」


 ペローとケイミーとともに、ミケは出口に向かって走り出しました。


 看板が立てられた分かれ道を、今度は右に曲がって走っていきます。


「まああああてえええええ!」


 二匹と一匹の後ろから傷を負ったパイダーが追いかけてきました。


「見て、光よ!」


 ケイミーがそう叫ぶも、ミケの前に現れたのは断崖絶壁。上を見ると、ぽっかり穴があいており、空が見えました。


「ここを登るってこと!?」

「しのごの言ってる場合じゃない! いこう!」


 ペローが石の出っ張りを掴んでのぼっていきます。


 ミケも続いて登り始めました。


「ゆるさないぞ! ゆるさないぞ! 全員まとめてまるのみにしてやる!」


 パイダーが追いかけてきます。もともと天井に逆さまになっても平気な蜘蛛なのです。登ってくる速度もかなりはやく、ミケたちとの距離をぐんぐん縮めてきます。


「ミケ! ペロー! このままじゃ追いつかれちゃうわ!」

「それでもぼくらは前にすすむしかないんだ! そうだろう? ミケ!」

「ああ、そうさ! ボクらは秋をみつけるんだ! 今年の秋も、来年の秋も! みんなでいっしょに迎えるんだ!」


 ミケもペローも諦めることなく登り続けます。


 二匹は、三分の一くらいまで登りました。


「わははは! もう逃がさないぞ!」


 パイダーはすでに、足が届くところまで近づいてきています。


 パイダーの足が振り上げられ、ミケの無防備な背中に突き立てられようとした、その時。


 ぽっかりとあいた穴の向こうで、雲の切れ目からお日様が顔を出しました。


 暖かい光が、鍾乳洞に降り注ぎます。


「ぐわああああああああ!」


 光はパイダーの目を焼いて、暗い暗い地下へと落ちていったのでした。


 ミケが地上にたどり着くと、先に上がっていたペローが手を伸ばしました。


 ミケはその手を掴み、よじ登ります。


「ペロー」

「ミケ」


 手をつないだまましばらく見つめ合い、二匹とも、どちらからともなく抱きしめ合いました。


「お熱いわねー。ね、さっさと秋を探しにいきましょうよ」


 ケイミーがつまらなそうにいって、二匹は照れくさそうに離れました。


 茂みをくぐり、北へ、北へ。


「さあ、到着だ」


 最後の茂みをくぐると、ミケの緑色の瞳に、紅が映りこみました。


 そこには一面の紅葉が咲いていたのです。


 紅く染まったモミジやカエデの葉が、はらりはらり、と落ちていきます。


 葉は地面の上にしきつめられて、それはまるで赤い絨毯のように景色を彩っています。


「すごいすごーい! なんて素敵なステージなのかしら!」


 ケイミーがはしゃいで飛び立ち、モミジの枝にとまって歌を歌いはじめました。


「きれい……」


 ミケは、目の前に広がる美しい景色に息を飲みました。


「季節がかわるのも、悪くはないだろう?」

「うん。でも」


 ミケは、ぎゅっと丸めた手を胸に押し当てました。


「なんだい?」


 ペローの金の瞳が不思議そうに揺れました。ミケの思いつめたような横顔をみて、不安に思ったのかもしれません。


「夏が秋にかわるように、ボクときみもかわってしまうかもしれない。いつかなにかの拍子にボクらは離れ離れになって、それきりもう会うことがないかもしれない。ボクは、そうなってしまうことが怖いんだ」

「ミケ……」


 ペローは一瞬だけ寂しそうな顔をしました。


 けれど、すぐに顔をあげて、ミケの手を握りました。


「ペロー?」


 ペローがあまりにも真剣な顔をするものだから、ミケは驚いて目を見開きました。


「なにも、心配することなんかないよ」

「本当に?」

「ああ、ぼくらはずっと友達さ」

「約束だよ。この先なにがあっても、いっしょにいてね」

「ああ、約束さ。ぼくはきみとずっといっしょにいる。誓うよ」


 ミケとペローは手をつないだまま、はらりはらりと落ちる紅葉を眺めたのでした。

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ねこの剣士とすぎゆく季節 超新星 小石 @koishi10987784

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