怪人少女と赤纏う男

 車に赤司と無道も乗せて街外れの空き地へと向かっていく。


 彩君と透真君は赤司を警戒しているのか、割と引き気味なのがわかる。



「二人共、そんなに警戒しなくても



 話してみると気の良い男ではあったから、今赤司が求めていることを果たすまでは問題はない。



「ああ、



 その赤司自身も俺の言葉を肯定し、二人の緊張を解こうとしている。


 こういうところを見ると気遣いのできる男だというのが理解る。



「それにしてもデカい車だな」


「ああ、コルトが仕事用に用意した会社の車だ。操作性も悪くないし気にいっている」


「そうか、この車も良い腕のドライバーに恵まれてよかったな」


「そう言ってもらえるのは光栄だ」


「なんであなた達そんなに仲良くなってるの?」



 赤司と他愛もない会話をしていると無道が疑問の声を上げてきた。



「単なる事実を話していただけだ」


「いや、そうなんだけど…もういい」



 実際に会話の内容は赤司の言う通りのものだ。



「そういえば佐倉ちゃんって当たり前に運転してるけど免許持ってるの?そんな年齢に見えないんだけど」


「ちゃん!?」



 ちゃん付けに対して彩君が妙に反応したが、呼び方については人それぞれだから気にするほどでもない。



「ああ、免許は持っている」


「そうなんだ、何歳なの?」


「42だ」


「「「は!?」」」



 赤司以外のメンバーの声が重なる。



マジックポーション魔法の薬か」


「ああ」


「なんであんた達だけ理解ってるのよ!?」


「俺達の服用したマジックポーション魔法の薬というのは願いを叶える薬だ。力を手に入れるだけじゃなく、服用した本人が憧れていたり、畏れている対象へと肉体を変化させることもあるということだ」


「佐倉は力を手に入れたと同時に肉体も変異した、ということなんだろう」


「え、つまり美少女になりたかったってこと?」


「いや、おそらく深層心理に焼き付いていた相手が女性だったんだろう」


「ああ、母さんだ。こんな美少女じゃなかったが、コルト曰くマジックポーション魔法の薬の効果で最大限に美化されたらしい。思い出は美化されるというように、だそうだ」


「…そっか、マザコンだってことかな?」


「かもしれないな、それでもあの人が俺にとって一番偉大な人だったのは変わらない」


「…マジックポーション魔法の薬を飲む前の秋さんってどんなのだったの?」


「普通に冴えない社畜のおっさんだよ。なぜか慕ってくれる後輩もいたのは誇らしいことだ」


「そうなんだ、中身はそのままだってことなのかな?」


「俺自身変わったつもりはないが、精神は肉体に引っ張られる、ということもあるようだからな。そのあたりは気づかないうちに変わっていることもあるのかもしれない」



 俺自身はわからないが前の俺を知っている人間なら違うというかもしれない。


 人の視点によって視え方が変わる以上変わっていないと断言はできないだろう。



「赤司は目の色が変わっただけなんだったな」


「ああ、服用者は全員例外なく目の色は赤くなるようだ。それ以外の見た目は前とかわっていないな」


「コルトからの情報によると前より暴力的な面が目立つとあったが、そこは力を振るう必要が増えたからか」


「…そうだな、積極的に使う気にはならないが、必要なら躊躇う気はない」


「衝動的に力を振るってしまうことは?」


「ない…とは言えないか。物に当たってしまうことは前からあったが、勢い余って壊しすぎることが増えた」


「なるほど」



 話にあった無道と揉めて壁にクレーターを作ったのはそういうことなんだろう。


 つまり赤司は



「力で語り合うって言ってたけど、?」


「そんな風に話せるならしなくてもいいんじゃないの?」



 透真君と無道がそう言うが赤司の心情を推し量るとそういうわけにもいかないだろう。



「現状で赤司を引き入れるために必要なことはこちらに赤司と同等、もしくはそれ以上の力があることを証明することだ」


「頼れない相手に頼って失うのはごめんだからな」


「・・・」



 俺達の答えにそれ以上の返事はなく、そうしているうちに目的の場所に着いた。



「ここか」


「そうだな」



 車から降りて場所の確認をしておく。



「ここなら周りに被害も出ないし、多少騒いでもしばらくは大丈夫か」


「ああ、それじゃあ…やるか」



 赤司が言葉と同時に赤いオーラのようなものを纏う。


 それに応じて俺も右腕を変化させ、そのまま変身ツールを起動する。






 ―――――Are you ready?覚悟はいいかい?―――――






 ツールから音声が紡がれる。


 答えに言葉は必要ない。


 ただ意思を持って応えとする。


 


 






 ―――――Congratulationその決断に祝福を―――――





 その声と同時に変身が行なわれる。


 そして、そこに姿を現すのは―――。




 ❖



 佐倉のツールから音声が聞こえたと同時に黒いモノが奴の全身を覆っていった。


 そこに姿を現したのはガスマスクを付けた黒尽くめの異形の怪人。


 そう、まさしく怪人だ。



「そいつもコルトが創り出したものか」


『ああ、正体を隠す意味でも、戦闘のサポートという意味でも俺の力になってくれる』



 変わらず律儀に答えるのは佐倉の口調のままだが、その声は変声されたものになっている。


 なるほど、これなら中身が男か女かもわからない。


 あの異形の右腕から少女を連想するのも簡単じゃないだろう。



「色々便利なツールだな」


『そうだな、助かっているよ』



 口調も態度も変わらない。


 それでも、そこにある意思は確かなものだ。



『それじゃ、やるか』



 その言葉と同時に


 速い、が、見える。


 だから止められる。


 そう思い、左手の手のひらで受け止めようとした。


 受け止めた衝撃はあった、が、その瞬間に体が浮いた。


 次の瞬間には



「グッ!」



 遅れてきた痛みに受け止めきれずに殴り飛ばされたのだということを理解する。


 拳の一撃は確かに防いだが、支えきれなかったんだろう。


 怪人の姿になる前を見ていたからか


 そう思ったときにはもう一度目の前に拳が見えた。


 後ろに下がれない以上受けるしかない。


 両手を交差させガードする。


 それでも。





――――――ドゴンッ!――――――





 その一撃の威力を殺しきれない。


 全くもって容赦がなく、続けて二撃。





――――――ドゴンッ!――――――





 三撃と打ち込まれる。





――――――ドゴンッ!――――――





 三撃目を受けたときに


 背中にぶつかった壁かなにかを貫いたんだろう。


 


 飛ばされながら地面を確認し、足をしっかりと地面に着くように体を回転させる。


 足がついたと同時に怪人の姿を確認しながら力を込めて体勢を整える。


 流石に容赦がないようでもう追ってきていた、が、


 怪人が突き出してきた拳を掴み、背負い、地面に向けて叩きつける。


 



『ガッ!』



 流石に効いたようだが、


 そのまま、殴る。


 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、ただただ殴る。


 単なる魔獣や怪物ならこのまま終わる。


 が、この怪人は終わらない。


 俺の拳をすべてその右腕で受け止めている。


 ダメージはあるだろう。


 それでも、


 衝撃は通っているようだが致命的なダメージまでは至っていない。


 ガスマスクで見えないが視線がこっちを見ているのは理解る。


 そのときだ。


 


 背筋に冷たいものが走る。


 





――――――グシャッ――――――





「グァっ!」



 なにが起きた?


 掴まれたところを握りつぶされた?


 いや、なにか違う。


 これは、





――――――グチャッ、グチャッ――――――




 気持ち悪い咀嚼音が響くように聴こえる。



「おい、なんだそれは」


『ああ、



 立ち上がった怪人が言った言葉そのままなんだろう。


 ただ腕の肉が喰われたわけでもない。


 



「そういうことか」


『ああ、君の力が強化であるように、俺の力は喰らうことだ』


「なるほど、な…これまで動かなかったコルトが動いたわけだ」



 喰らう、か…厄介な力だ。


 つまり



『あとついでに言っておくとこっちにはポーションもある』


「あ?」


『ポーション、ゲームでも聞いたことはないか?』


「…ある」


『そのポーション、回復薬だ』



 この野郎…!



『ポーションは3分の1服用するだけで重症の一般人をすぐに動ける程度に回復できるものだ。一本使えば重症程度ならほぼ回復することになる』


「…それで?」


『俺はそれを複数所持している』



 こめかみがピクピクするのが自分でも理解る。







 ああ、確かにそうだな。


 俺はコルトのやつも甘く見ていたようだ。


 だがな?



「ああ、そんなことは言わない。ただ、な?


『もちろんだ。この程度で君が止まるわけがない。



 マジレスしやがって!


 油断も慢心もないってことなんだろう。


 いいだろう…やってやろうじゃないか!





 その意思と共に赤が黒へと疾走するのが理解る。


 ぶつかりあう衝撃は通信越しにも響き渡る。


 黒の怪人のガスマスクに搭載されている機能による映像を静かに男は見つめている。


 二人の友のぶつかりあいがどんな結末を迎えるのかはその男にもわからない。


 それでも、男は望むのだ。


 友と創るその未来を。


 だからこそ、伝え、託した。


 それでも確信へと至るとは限らない願いが言葉として紡がれてしまう。



「僕の友達を頼むよ、秋」



 その願いが叶うかは、このときはまだ誰にもわからない。

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