「鉄がないだって? 一体どうして」

「どうもこうも、純粋に手に入らねぇんだよ」

 ある日、ツゲンがいつもの買い出しでマーケットを訪れると、いつもはご機嫌な店員から、そんな困った話を聞かされた。

「頼むよ。今日も一体、ロボットがウチに来てるんだ。直してやらないと可哀相だ」

「そりゃそうだろう。だが、ないものはないんだ。すまないな」そう言ってから、店員は思い出したように付け加えた。「西の山岳地帯には行くなよ。あそこは危険がいっぱいだからな」

 西の山岳地帯。そこは、荒れ地を抜けた先にある不毛の地だ。しかしツゲンは店員の言葉でむしろかつての言い伝えを思い出した。その山岳地帯には、船の遺跡があるらしい。山に船だなんておかしな話だとみな笑っているが、それを確認した人は誰もいない。それほどまでに彼の地は危険な場所なのだ。しかし、もしその話が本当だとしたら、そこには鉄があるはずだった。船の船体に使われている鉄があれば、しばらくは鉄不足に悩む心配はない。どんな危険があるのかわからないが、ツゲンは行ってみることにした。

 砂嵐が去ったある晴れた日に、ツゲンは街の外へと出た。朝早くに出れば、きっとその日のうちに帰ってくることができる。人をも食べるビッグスワンやグランドヴァイパーを巧みに躱しながら、ツゲンは荒れ地を抜けて山岳地帯へやってきた。赤い岩がゴロゴロ落下していて、それは悪戯好きなロビングッドフェローの仕業のようだった。しかし中々、船は見つからない。そうして彷徨っていると、ツゲンは不思議な場所に辿りついた。あちこちに鉄ともコンクリートともつかない破片が散乱し、その先に、崩れた建物がある。入り口は瓦礫で塞がっていて、中には入れそうにない。

 一体、これはなんだろう。言い伝えの船になにか関係するものだろうか。

 ツゲンが首を傾げていると、その壊れた建物や瓦礫たちが煙を上げはじめた。煙……いや、違う。それは空気中の塵やなにやらを吸い込んでいるかのようだった。そして、ツゲンは危険を察知した。なにか想像もできないことが起こるのだということを予感した。巨大な岩の影に身を移し、その現象の様子を窺った。すると、建物は奇妙な爆発音に合わせ、どうやってか大量の砂埃と共に周囲の瓦礫を一瞬で引き寄せた。驚いたツゲンが岩に顔を隠し、そしてゆっくり顔を出すと、先ほどまで崩壊していたはずの建物は立派な尖塔になっていた。

「一体、なにが……」

 あっけに取られていたツゲンだったが、不思議なことは続いた。開放された尖塔の入り口から、おもむろに女の子が現れた。赤い髪に、ボロボロの服。顔や手足は擦り傷だらけで、酷く弱っているように見えた。その女の子が、尖塔の入り口の境界から突然生まれたのだ。それも、二人同時たった。一人はツゲンの側へよろよろと歩き、もう一人は、怯えたような表情をして数歩ほど後ずさりをしながら、建物の奥の暗闇へと消えていった。見たところ二人は同じ姿に同じ服を着ていた。双子だろうか。ツゲンが隠れたまま女の子の様子を窺っていると、彼女は目を虚ろにしてふらつきはじめた。

「あぶない……!」

 ツゲンは岩場から飛び出して、女の子が地面に倒れる寸前でその身体を抱きかかえた。歳にして十代半ばといったところだろうか。女の子は薄着で目のやり場に困るが、しかしそれどころではない。彼女は目を閉じて、気を失ってしまったようだった。

 助けてあげないと。

 ツゲンは女の子を背負い、街へ戻ることにした。

 ガレージに戻り、女の子をロボット用の寝台に横たえたツゲンは、冷たい水がしみ込んだ布で女の子の顔の汚れを拭ってやった。清潔なコットンに消毒液を沁み込ませ、綺麗に拭いた患部を撫ぜていく。沁みて痛むのだろう、そのたびに女の子は顔をしかめていたが、彼女は目を覚まさなかった。

 それからしばらく、彼女は眠り続けていた。

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