私のお父さん

青いひつじ

第1話



私は京都の田舎に住む平凡な女の子だ。

私のお父さんもまた、京都の田舎で働く平凡なサラリーマンだ。


小学生くらいまではお父さんのことが大好きだった。

特別な理由はないが、大きくなるにつれ、だんだん嫌いになっていった。



クシャミひとつで腹が立つ。

どうしてもっと静かにできないのかと。

ソファに座って新聞を読んでるだけで腹が立つ。

どいてよと。



同じB型なのもいや。

同じグラスもいや。

洗濯物が一緒なのもいや。

お父さんの後のトイレなんて絶対いや。

お父さんの後のお風呂なんてもってのほか。


些細なひと言に腹が立つ。





火曜日はお母さんと決めたご飯当番の日。

今日はめんどくさいし、カレーでいっか。

にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、鶏肉を切り炒める。

お湯を注ぎ、アクを取り、ルーを入れたらグツグツ煮込む。

キッチンにカレーの香りが漂ってきた。



そういえば小学生の頃、音楽の授業で聴いたカレーの歌を参考に、父の日にスパイスカレーを作ったっけ。

たしか私がチリパウダーの分量を間違えて、火をふくようなカレーが完成した。


鍋の蓋をあけると、スパイス特有の香りがモワンとキッチンを包みこんだ。

当時、味見という行為を知らなかった私は、そのままたっぷりのカレーを注いだ。


ひと口食べたお母さんは、ちょっと辛いね〜とお茶を飲んだ。

お父さんは、美味しい。美味しい。と繰り返しながら食べていた。

その額には汗が滲んでいて私は、暑いのかな?と思っていたが、今思えば相当辛かったのだろう。



グツグツ煮込む音を聞きながらそんなことを思い出していると、お父さんが2階から降りてきた。



「おかえり」



「ただいま」



お父さんは、食器棚からグラスを取ると水を注いだ。

そしてそのまま視線を下に移すと、ゴミ箱からにんじんを包んでいたビニールを取り出した。



「おい、何回言ったら分かるんや。

ビニールゴミは青い蓋のゴミ箱に入れろっていつも言っとるやろ」



昔の私なら素直にごめんと言えていたのかもしれない。

しかし、いやいや期により絶賛お父さん大嫌い中の私がそんな素直になれるはずはなかった。


「あのさぁ、私学校でやなことあってもこうやってご飯作ってるんやけど?それ今言わなあかん?ほんま頭くる」



「論点が違う。お前はいつも生ゴミも燃えないゴミ全部ごっちゃに入れとるやろ。それをゆうとんや」



お父さんは、水を置いたまま2階へ上がった。

こんなふうに、顔を合わせれば喧嘩ばかりだ。


ほんっと、大嫌い。

その日のカレーは、お母さんと2人で食べた。




土曜日。

もうすぐ父の日だからとお母さんに誘われ、地元のショッピングモールへ行った。



「お父さんと喧嘩しとん?」


お母さんがエリンギを手に取りカートに入れる。


「知らん」


「またそんな。お父さんああ見えて気にしいやから、心の中ではごめんって思ってるよ」


「あっそ」


「あんたも頑固やなぁ。父の日のプレゼント何にする?

あ、こっちのエリンギのが安いなぁ」


「知らん」


「はぁ〜、うちには子供が2人おるわ」



鮮魚コーナーに来た時、お母さんが思いついたように、そうや!と財布を取り出した。



「お父さんのプレゼント1人で選んできて」


そう言うと、私に2千円を渡した。



「え〜いやや〜。お母さんなんか選んどいて。

ビール1ケースでいいやん」



「そんなんして後悔するんあんたやで。はよ行ってきて」



私は2千円をしぶしぶ握りしめて2階の雑貨屋さんへ向かった。


雑貨屋さんには父の日コーナーが設けられ、マグカップ、メガネケース、ハンカチ、靴下のギフトセットが並んでいた。



「これでいいや」


考えるのもいやだった私は1番近くにあった靴下のギフトセットを手に取った。







私は吹奏楽部に所属しており、夏の定期演奏会に向けた早朝練習が始まった。

日差しが差し込む朝、いつものように無言の車内。

バリトンサックスと少しの気まずさを積み6時15分に家を出た。



学校に着くとお父さんは、楽器の入ったケースを持ち上げ4階の音楽室まで階段で上がった。




「ありがとう」



「どういたしまして」



ケースを下ろし、顔を上げたお父さんの額には汗が滲んでいた。




「お父さん、ごめんね」




自分でも気づかないうちに出た言葉。

こないだはごめんね。なのか、こんなに朝早くから重たいもの運ばせてごめんね。なのか分からないが、ただ心から溢れた言葉だった。



お父さんは少し驚いた顔をして、


「ごめんねなんて言わんでいいんや」


そう言って笑った。


私の頬には涙が流れていた。








夏が終わり、秋が霞み、冬が溶けた。

私はこの春から大阪の大学へ進学する。


持っていく荷物を整理していると、和室の押し入れから父の日にプレゼントしたはずの靴下セットが出てきた。

それは綺麗な梱包のままだった。



「お母さん、これ、お父さんに買ったやつじゃない?渡したよな?」



「ああ、あんたがお父さんと喧嘩した後に買いに行ったな。


これてきとーに選んだやろ?」



「なんで!?なんで分かったん!?」



「靴下のサイズMサイズって大きく貼ってあるやん。お父さん足めっちゃ大きいんやからどう考えてもLサイズやろ」




私は、包装紙をぎゅっと握った。

お父さんにこの心を伝えなくてはいけない、そんな気持ちになった。




「それでもお父さん渡した時、目に涙浮かべて嬉しそうやったよな。あんたから貰ったものは使われへんって大事に全部とってあるんよ。そうゆう人よ」





これが私のお父さん。





「お母さん、靴下買いに行こ」




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私のお父さん 青いひつじ @zue23

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