美の秤ノ守
パレードⅠ
本日は少し、ライの様子を見に教室のドアを開けてみた。
就任してそれなりに経っているから二人の他にも生徒がいるものかと思ったが、驚愕するほどに閑散としたものだった。ライは普段黒板の教卓のところにある、キャスターもない重たい椅子を窓際まで運んでぼうっと外を眺めるだけだ。教室のドアは開けるとガラガラと鳴るものだが、それにすら気付かない。
「ライ、暇そうだね」
モネが声をかけてようやく意識を取り戻したらしい。無色の顔をいつもの亜麻色に塗り替えた。
「まさかここまで暇になるとは僕も思わなかったよ。人望ないんだな、僕っていうのは」
「まぁ、面白みはないな」
「うぅ、そんなストレートに言わなくてもいいじゃないか。分かってるよ、僕だって。この席は君たちを連れて来たアイツのものだったわけだからね」
モネといえどあの男には多少の興味を持っていたようで、食いつきを見せる。
「へぇ、何か事情があるんだ」
「さぁね。詳しいところは僕も知らないよ。僕のこの教室と比べてアイツが教えていた時は盛況も盛況でね。生徒たちも自分の描きたいものをよりイメージに近づけられていったし、結構ユーモアもあって人気だったよ。……なのに急に辞めて出て行ってしまった。後を追いかけてみればあの広場で毎日同じ絵を描いている。なんでかを聞いてもまともに取り合ってくれない。アイツの絵はすごく丁寧ながらもアイツ自身の内側を窺わせてくるほどに強烈さがあったから、僕は好きだったんだけどね」
「そうなんだ、あのおじさんにだって過去はあるよね」
「そうさ。輝かしい過去だ。僕と比べてね」
「それならライは就任する前はどんなだったの?後釜だとしても、就けたんだから実力なのか、評判なのかは良かったんでしょ」
ライは悔しさも滲んでしまって判別がつかないような微妙な顔で、か弱く首を振る。
「いいや。大して褒められたりはしていなかったよ。投げ捨てるほどではないけど……うん、さっきリベル君が言っていたように面白味がないってさ。基本をしっかり押さえているだけっていうのかな。それだから、こういう教壇には適してはいるって感じなんだと思うよ。まぁ、見ての通りのすっからかん。あんまり実のところは向いてもないのかもね」
「あのおじさんにまた訊いてみたら何かわかるんじゃないの?」
「どうかな。でもこの前っきりっていうのも、なんだかスッキリはしないかもね。行ってみるよ。ちょうど明後日には美の秤ノ守様のパレード、もとい視察があるからね。君たちも回ってみるといい。謹慎最終日、粋な計らいじゃないかい?」
これまでライに同情をしているような顔つきであったモネは、すぐさま満面の笑みに切り替える。
「ううん!別にライに謹慎を言い渡されずとも、ガン無視して行くつもりだったから関係ないよ!大丈夫!」
ライはおいおいと大の大人ながら腕で目を覆っての情けなく泣くそぶりを見せ、二人は大笑いだ。しばらく続き、収まってきた。
「それじゃ、仕方ないから、パレードを回るついでに私たちもライがあのおじさんと話すところに同行してあげるよ。一人じゃ心細いでしょ」
それまで腕を少しずらしてちらちらと様子を窺っていたが、その腕を解除して今度は上体を引いて疑いの目を向けてきた。
「絶対面白がるための野次馬なんじゃないの?そんな見世物のつもりはないよ」
モネは一瞬の間を置いたのちに不敵に笑う。
「食べ物とか、家とかはあげられないけど、お金はあげられるよ。大丈夫、込み入った話が始まりそうになったらその場からは離れるから」
そう言って、懐から財布代わりの巾着を取り出して床に落とす。中身の重みで口が開き、黄金とご対面である。両手でその眩さを隠すライだが、これまたちらちらとその指の隙間から覗いて興味津々だ。
「そんな……見世物じゃないんだ……釣られちゃだめだ。僕は美の値域民。ダメだ、絶対ダメ」
言いつつ、ライはその蟻地獄に手を飲まれていった。モネの目には確信が宿ったようだ。
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