体美派Ⅱ

「なぁ、ウツクシイって何なんだ」


 リベルはその巨体に反して軽やかに跳ねつつ前を行く男に聞く。


「おお。少年。随分と難しいことを聞いてくれるじゃないか!フーム……私の見解でよければだがね、まず第一に美は肉体に顕れる!」


 男は勢いよく振り返り、リベルの前に人差し指を立てる。とっさのことで眉根を寄せてしまった。


「それはさっき聞いた。もっとこう、どう感じたらとかそういうことを聞きたいんだ」


「少年はせっかちだな!ご友人はとても体美派に理解があるようだったのに、君はもしかして神美派と迷ってしまっているのか!?」


 盛大な溜息を吐きたくなるも、モネの邪魔になるかもしれないのでどうにか押し止め、モネらしくやってみる。


「いや、そうじゃない。ぼくもこの体をもって美しくなりたいんだけど、どうなったらそう言っていいのかがわからないんだ」


「そうか!!であれば簡単だ!もっと見ていたいと思えるか、うっとりと恍惚に耽られるかでいいだろうサ!君のご友人は特にいい例と言えると思うぞ!」


 振り返りモネの顔を見てみれば、腰までまっすぐに伸びる麦わらの髪に金の瞳が二枚、周りを歩く人間たちと比べるととても目鼻立ちがくっきりしていたことが分かる。リベルは彼女がそんな髪と目の色について紙幣と貨幣の色と同じなんだと誇らしげに語っていたことを思い出す。また、男の言っていたように、細く白いその体つきと、傍若無人とした振る舞いとによるアンバランスさに、たんぽぽのような儚さと根強さとが感じられる。


「確かに、モネはもっと見ていたくなるな」


「うぇっ!?何!?急にすんごく恥ずかしいんだけど!」


 モネはそのようなこと言われ慣れているだろうに、どうもリベルの真面目な口調による褒め言葉には弱いらしい。両手で顔を仰ぎながら、目を背かせている。対してリベルはというと、その意味合いがよく分かっておらず、新しい一面相を知れたことに歓喜していた。男はこの二人の様子を見てにっこりとほほ笑む。


「いやー、ただのご友人かと思っていましたがね!いいですなぁ!」


「そういうのじゃないです!!」


「おや?そうなのかい……でも」


「そういうのってなんだ?」


「でもも何もないし!リベルももう黙りなさい!」


 一気に詰め寄り必死に抗議をする様子に男も一緒に大いに笑って盛り上がる。調子付いてきた。ほどなくして、男が足を止める。目の前にあるのはとてつもなくシンプルで巨大な建物。ポコンポコンとする方を見れば、一つの球を網を挟んで地面の上に書かれた枠の中で打ち合っている。バシャバシャとする方を見れば、水に入って腕を回し、足をばたつかせている。フッと風が切ったかと思えば、集団で建物の周りを走っている。とかく、目一杯見開いたところで収まりきる規模ではない。


「さぁ!着いた!ここがジムスポーツ総合センター、縮めてジスセン、サ!」


 腕を広げ、その巨躯はまさしく熊だ。二人は予想を上回ったために唖然とするのみで、男が渾身の指パッチンをすることで意識を取り戻す。


「うわー。すごいね!まさかこんな立派だとまでは思ってなかったよ!」


「そうでしょうとも!」


 男は醍醐味を味わうかのような満面の笑みだ。モネが続ける。


「それじゃ!ここでいろいろ試してみるよ!何か利用にあたってすべきことはあるの?」


「そういうことは入口入ってすぐの受付の人に聞けば教えてくれるよ!大丈夫!会員証を作ることになるけど、年会費なんかないし、手続きもすぐ終わるよ!」


「年会費がかからないなんて、酔狂なことをするんだね!」


「ここは秤ノ守様が直々に設置運営してくださっているからね!その肉体美を高めるために全力を尽くしてさえいればいいってことサ!」


「へぇ……。あ、ちなみになんだけど!こういう秤ノ守様直営の施設って他にもあるの?例えば……あんまり認めたくないけど、絵とか彫刻とか芸術なんて言うふざけた連中にもあってしまったりするのかな?」


 心苦しそうに言うモネに、男は一転渋い顔をする。頭を抱えるところからして本当に心外らしいが、良心の呵責か、教えてくれた。


「あるよ。一応ね。この場だから大きな声では言えないけど、この施設のちょうど向かい合う位置にその巣窟ともいえる場所が設けられてしまっているよ。嘆かわしいことだよ」


「じゃ、なおのこと問題はなさそうだね」


「なにか言ったかな?」


「ううん。こっちの話。ともかくありがとね!それじゃ私たちは受付に行ってくるよ!案内はこのくらいで、とにかくやってみる!」


「うんうん。君たちの肉体にこそ美あれ!!それではまたどこかで!」


 男は腕をブンブン振りつつ施設内に帰っていった。その姿が完全に見えなくなるまでモネは同様に腕を大きく振って見せていた。そして膝に手をつく。


「だはあ!暑苦しいったらなかったね!もうほんと!疲れたー!」


 天を仰ぎ、そのまま寝ころびそうなところを、リベルが背を支える。


「おつかれ。途中、モネみたいにぼくもアイツに合わせるようにしてみたけど、すごい疲れた」


「ほんとだよねぇ。でも、これで体美派の下調べが一つできる。とりあえずはここにいる人間たちを見てみよう。あ、もういいよ。ありがとう」


 モネが自分の足で立ち直る。二人で二度三度と伸びを繰り返し、深呼吸も済ませると、入り口に向き直る。


「よし。じゃ、お仕事に取り掛かろうかな」

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