自由の丘の巡礼者たちⅠ

 日が沈んできている。馬車内は静寂に満ち、少年とモネの寝息がする。やがて地面を転げる振動が止んだ。ドアが叩かれる。


「姉さん!姉さん!」


 モネが眠気眼をこすりながら起き上がり、ドアを開ける。


「なに?私は気持ちよーく昼寝してたんだけど?」


 従者は腰を直角に三度曲げ、「すいません!すいません!」と謝る。


「はぁ。もういいよ。で、なにがあったの?」


「それが、ですね。あの連中が道をふさいでるんですよ」


 モネは客車から乗り出し、前方を見たかと思うと思いっきり天を仰ぐ。


「あいつらかー。うわぁ、めんどくさいなぁ。要求は聞いた?」


「いえ、聞いたら聞いたで面倒ごとが始まりそうなのでまだ聞いてません。先に姉さんに確認した方が回り道できるんじゃないかと思いまして」


「まぁ、確かに。あの手の連中は下手に関わると面倒だからね。今回は昼寝の邪魔をしたのは許すよ」


「ありがとうございます。それで、どうします?」


「私が行ってくるよ」


 少年は昼寝を続けていたのだが、モネに引っ張られ外に出された。


「おい。寝てたんだ。関係ないだろ」


 モネはお構いなしに首をかしげる。


「あれ、なんか変だね。…………ああ、一人称がないのか。あとで教えてあげよう。

 君を連れ出したわけは、君も見ておいて損はないと思ったからだよ。今から会うのはね、価値を捨てることに価値を見出した人間たち。安心しなさい。今はまだ危険はない」


 日は沈み切り、月光が力を持ち始める。モネと少年は通行止めをしている集団に近づいていく。段々と明らかになる。


 馬がフォーシートの車を牽引し、ボンネットに御者が一人手綱を握っている。それを後ろに六人の男女が横一線に並ぶ。獣の皮を纏う者、ドレスを纏う者、ツナギを纏う者……。一見では全くまとまりがない。モネから問いかける。声音は軽やかだ。


「こんばんは。こんなところでどうしたの?私たち、ここを通りたいんだけど」


 真ん中の男がずかずかと歩み出る。顔をぐしゃっとして見せてきた。


「ここを通りたいんなら、物資をよこしな」


「物資ってふんわりと言われてもな―。私たちも旅の道中だから人様のための余剰はないんだよね。でも、少しくらいは譲歩してあげてもいいよ。物によるけど、何がお望み?見ての通り、ガソリン諸々燃料はないわよ」


 モネは後方に控える馬車を指す。


「へっ。嘘言ってもらっちゃ困るな。あんな大所帯、よっぽど潤ってなきゃもたねぇだろ」


「いや、ないない。確かに食料はそれなりに積んでるけど、燃料なんか積んでないよ。燃料の補充は金の価値域の息がかかってないと厳しいからね。手広くやっていてもこういう旅にはまだ向かないんだよ、車はね。旅するなら徒歩か馬だね」


「ちっ」


 男はこれ見よがしに唾を吐く。


「うわ、きたないなぁ。ここはまっさらの土地だよ?」


「ああ?うるせーな。ここだって舗装されてんだから金の価値域の息がかかってきてんじゃねぇか」


「だったらなおのこと、君が唾を吐いていい理由はないんじゃないのかな?君たちのスポンサーにさ」


「そんなわけねぇ」


 モネは肩をすくめ、首を振る。


「ま、いいよ。で、物資をよこせってことだっけ。ここから徒歩だとしても五日行ったところにサービスエリアがある。給油所はまだ設置されてないけど。そこまでの、あー、七人分の食料と水をあげるよ。馬にはその辺の草で良いでしょ。うちのもそうしてるし」


 一歩二歩と集団に向かっていく。これ以上譲歩はしないという意思表示か。男はモネの歩みに呼応して引き下がっていく。


「わかったよ」


 モネは両手をパンと鳴らし、満面の笑顔を作る。


「よし!決まりだね!それじゃ、少年、私は伝えて物資を持ってくるからここで待ってて」


「ぅおう」


 少年は急に話を振られ、素っ頓狂な返事をする。

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