第45話 マミの幸福と勇者の目覚め

 マミにお付き合いしている男性を紹介された。パン屋さんで働く、ダニーという好青年だった。

 あっ、と俺は気づく。

 今まで気づかなかったけど、マミは美しくなっていた。

 赤い髪はツヤツヤになり、肌はスベスベになり、眼差しは大人が持つソレになっていた。

 そして彼女は恥ずかしそうに、照れくさそうに、ダニーを俺に紹介した。


「よかった」と俺は呟いた。

 幸せそうに笑っているマミを見て、俺は本当に良かったと思う。

 出会った時の汚れた少女は、もう目の前にはいない。

 彼女は美しく、たくましく、幸せそうだった。自分の力で幸せを手に入れるだけの力を持っていた。

 

 マミの隣に座るアイリを見た。

 緑髪のアイリが、友の幸せを祝福している。

 急に胸がいっぱいになった。

 よかった、と俺は思う。

 普通の女の子が手に入れる幸福がマミの手の平にあって。

 そして友の幸福を祝福できる女の子にアイリはなれて。

 アイリの手の平にも、普通の女の子の幸福がきっとあって、俺は普通に3人には幸せになってほしかったのだ。

 ……3人には。


「先生、私、この人と結婚するの」

 とマミが言った。

「あぁ」と俺は頷く。

「なんでパパは泣いてるの?」とネネちゃんが尋ねた。

 嬉しいんだ、と俺は答えようとしたけど、泣いている姿を見せるのが恥ずかしくて、照れ臭くて、泣いているのを必死に隠すのが精一杯で、ネネちゃんの質問には答えられなかった。

「痛いの?」

 とネネちゃんが、俺の顔を覗いて来る。

「痛いの痛いの、飛んでいけ」

 と娘が俺の背中をさすって、痛いのを飛ばしてくれる。

「淳君」

 と美子さんが言って、布を渡してくれる。

 俺は、それを受け取り、涙を拭いた。


「なんでマミお姉ちゃんも泣いているの?」

 とネネちゃんが尋ねた。

「マミお姉ちゃんに痛いの、飛んで行った?」

「アイリお姉ちゃんも泣いてる」とネネちゃんがアワアワしている。


 この世界で生きられなかった子ども達が立派な大人になっていく。

 彼女達のそばにいて、よかったと俺は思った。

 美子さんが昔に言っていた事を思い出す。教育は見返りがあるものなのだ。その見返りというのは、その子が幸せになること。

 本当に見返りをもらえた。彼女達の先生になれて良かった。


 それと同時にある事に気付いてしまう。

 1人では幸せになれないという事である。


 マミにはダニーという恋人ができた。アイリにもいつか大切な人ができるだろう。

 俺には美子さんがいて、ネネちゃんがいて、アイリがいて、マミがいて、5年で出会った人達がいる。美子さんにも教え子達がいて、ネネちゃんにも子ども園に友達がいて、アイリとマミにも友達や大切な人がいて、……俺達だけで、この国を捨てて逃げていいのか? 幸せは誰かと一緒に共有するモノなんじゃないか? 

 逃げた先にも敵は現れるだろう。

 逃げて逃げて逃げて、色んな幸福を捨てて、逃げるために俺は強くなった訳ではなかった。

 どんな敵が現れても家族を守るために強くなったのだ。


 ダニーが帰り、後片付けをした後に改めてアイリとマミにテーブルについてもらった。

「美子さんも話を聞いてほしい」と俺は言って、妻にも椅子に座ってもらった。


 ネネちゃんは木で作られたおもちゃで遊んでいた。ベッドで眠る勇者が気になるらしく、チラチラとベッドの方を見ていた。


 俺はサリバン軍がこの国に進行している事を美子さんに話した。


「俺はこの国を守りたい」


 美子さんは下を向いていた。

「……勝算は?」とボソリと妻が尋ねた。

「俺達3人と勇者がいる。逃げた先でサリバン軍に出会うより、今が1番戦力があると思う」

「私も戦いたい」とマミが言った。

「ダニーもダニーの家族もいるから」

「私も戦う」とアイリが言った。

 はぁ、と妻が溜息を漏らす。

「絶対に勝ってよ」

「美子さん達は老紳士のシェルターの中にいてくれ」


「ママ」とネネちゃんが叫んだ。

 娘はベッドを覗き込んでいる。

「女の人が起きてる」

 カーテンの向こう側に、女性が起き上がっているシルエットが見えた。

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