第23話 引き裂かれた狼牙

 肉を、骨を引き裂く異音が響き渡る。岩床には、かって狼牙だったものが2つの肉塊に分かれて転がっていた。上顎と下顎から真っ二つに引きちぎられて。


 見ているだけで何も言えなかった。一緒に行動していた熊王も白虎も。


 妖魔界には信頼関係や仲間意識などない。あるのはただ歴然とした力の差のみである。より強いもののみが君臨し、弱いものが従属するのみである。


 腕に飛び散った青い体液を舌が舐めとる。百獣の王そのものの面貌には、既に怒りの感情さえ現れていない。


 「バカ者が。死に急ぎおって。それで熊王どうだったのだ。妖魔たちが怖れる魔人とやらは」


 「いや、ヤツが本当に魔人なのかは、よくわからん。力を押さえている訳でもなく、非力なただの人間だった」


 「ふむーぅ。情報は間違いだったのか?妖魔たちさえ怖れる魔人ではなかったのかもしれんな。しかし、なぜそんな弱い人間を、怖れて逃げ帰ったのだ?」


 「いや獅子王、けっして怖れて逃げ帰ったわけではない。マースさまもご一緒にいられたのだ。怖れる敵などいない」


 熊王と白虎がやや言葉を強める。


 「それよ。なぜマースさまが居たのに、倒せなかったのだ。それが、オレにはわからん」


 「邪魔が入ったのだ。マースさまがヤツを喰らう寸前にヤツらが移動してきた。我らは闘おうと言ったのだが、敵が多すぎたので、マースさま自らが退けとおっしゃったのだ」


 「ヤツらの数など関係はない。いつも強気のマースさまらしくないな」


 獅子王が唸るようにつぶやく。


 「いや、数は6、7体だったのだが、中に異常に能力が強いヤツが何体もいたようだった」


 「我々も今まで感じたことがない。妖魔さまレベルの強い力を感じた」


 「ふむうー! 妖魔レベルか。それほどのヤツらがいたのか。オレがいても敵わなかったかもしれんな」


 「しかも1体ではなく複数で。 例え獅子王でも難しいと思われます」


 「魔人の件は、わかった。またの機会があろう。この次はこのオレがお相手しよう。熊王も白虎もご苦労だったな。下がってよいぞ」


 「それでは、引き上げます」


 かって狼牙だった肉片は、部屋の岩床に散らばったままである。入ってきたときは3体、帰るときは2体、熊王も白虎も、もう既に狼牙の存在への執着など無い。


 今を生き、今を闘い、今を喰らう、それが妖魔そのものであり、妖魔、獣魔、使い魔たちの魔物が集う世界が、この異空間世界、妖魔界である。

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