第13話 時空を超えて

 美女の薔薇のように紅い口の両口角が、一瞬、耳まで裂け広がった。


 美女が神介の髪を右手、いや、右前足でぐっと掴み、汗さえ凍りついた喉に向けて、口を大きく開いた。


 諦めていた。何もできない。逃げることさえ・・・・・


 父と母、そして姉、人が事も無げに蟻の命を奪うのに似ていた。我々は無力な蟻でしかないのだ。


 家の裏で見かけた、かって父や母であったもの。リビングに散乱する美しかった姉の部分。


 心を失っていた。瞳は感情のない闇を湛えていた。存在自体が消滅する恐怖も消えていた。


 『バヂッ、バヂッ・・』


 リビングの壁側に、強い電気がショートするような衝撃が走った。


 空間が揺らめく。空間が渦巻く。


 「来るよ! あやつらだ。しかも、かなりな数だ」


 「やりますか? こちらも魔星と我々3体。遅れをとることはない」


 熊の思念が吠える。虎が、狼が体毛を逆立て唸りをあげる。


 「6、7、8・・・・・もっといるね。しかもかなり強い力を持っている。これじゃあ 無理だね。やむを得ない。今日は引き上げるよ!」


 「グォ、承知しました」


 神介の掴まれていた髪が緩んだ。

 美女の輪郭が揺れる、歪む。熊が、虎が、狼が揺れて空間に溶ける。


 4つの影が曖昧になり、透明感が増し、空気と一体になる寸前、壁際の歪む空間が、いくつの新たな人影を吐き出した。


 神介は呆然と立ち尽くしていた。

 何も考えられず、命さえ亡くした人形のように。そして、何が起きたのかも理解できずに。全てを失った部屋で。


 白装束の人影が、次々に生まれた。歪んだ空間の中から。


 真っ白な詰襟に似た制服に身を包んだ人影が、リビングに立っている。最後の二人が吐き出された後、空間の歪みが消えた。


 「やっと間に合ったか!神介は? 神介は、無事か?大丈夫か?」


 一番最後に空間が産み出した人影が、既にリビングに立ち並ぶ人影に声をかけた。


 「隊長、大丈夫です。神介さんは無事に確保しました」


 「良かった。何度、このタイミングに間に合わなかったことか。やっと、神介を保護できたか」


 凄まじい惨劇のあと、血臭漂うリビングに、10数人の白い人影が立ち並んだ。リーダーらしき者が隣に立つ若者に声をかけた。


 「本当に、無事で良かった。これで、やっと確定できるな」


 長身で銀色の髪が美しい。整った顔立ち、鍛えぬかれた強靭そうな身体、瞳は感情を読み取れない、深い闇を湛えている。


 明るい照明が、若者の全身を照らす。


 似ている・・・・・

 立ち尽くしている神介と。身長が、顔立ちが、髪の色が、すべてが・・・・・


 「神介良かった。大丈夫か? どこも怪我はないか?」

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