9 遊園地と動物園

 遊園地に着いた。だいぶぼろっちい観覧車が目印で、他にはジェットコースターがひとつと、子供さんなら喜んで乗りそうな遊具がいくつかある。

 思った以上に期待はずれで、ちょっと肩を落としていると、

「小さいころ来たときよりずいぶん寂れた」

 と、登坂さんもぼやいていた。


 しょうがないので先に動物園から見ることにした。登坂さんは「さして珍しくない動物しかいない」と言っていたが、ライオンはじゅうぶん珍しい動物ではなかろうか。暑さと湿気で猫のようにゴロンゴロンしているライオンをしばし眺めてから、「ふれあい動物園」というところに行ってみることにした。登坂さんが昔来たころにはまだなかったらしい。


 ふれあい動物園の入り口には止まり木があって、ヨウムが止まってこっちを見ていた。あぶない生き物ではなさそうだが、噛まれたら痛そうなので恐る恐る近寄って説明を読む。


「人間の5歳くらいの知能があるらしいよ」


「それなら将棋指せるねえ」

 なんでも将棋に置き換える登坂さんが面白い。おしゃべりする鳥らしいので、

「こんにちはー」と声をかけてみると、でっかい声で「こーんにーちはー!!!!」と怒鳴り返された。誰だこんなの教えたやつ。

 ふれあい動物園でとりあえず「動物のおやつ」を買う。なんのことはないにんじんスティックだ。入ってみると草食動物の匂いがする。まずはモルモット広場というところに出た。


「モルカーって見た?」


「あー、なんか流行ってたね。でもアニメとかあんまり興味なくて。可愛いけどあれモルモットなんだっけ?」


「うん。……本当にプイプイって鳴くんだね、モルモット……」


 モルモットににんじんを差し出すと、しゃくしゃくと食べている。どうも喜んでいるのかどうか分からない生き物だが、プイプイ言いながら集まってくるところを見ると嬉しいんだろう。触ると毛はシャリシャリした手触りだった。

 登坂さんは恐る恐る触って、触った瞬間手をひっこめていた。


「こういうところのなら人慣れしてて噛まないんじゃない?」


「いや、だってこんなすごい前歯……でもかわいいね、動物ってなにがかわいいのか正直分からなかったけど……」


「動物、あんまり得意じゃなかったりする?」


「まあね……子供のころからずっとそう。ペット飼いたいって思ったことないし、金魚すくいの金魚はすぐ死んじゃうからそんなのに300円払うなんて虚しいなーって思ってた。だから金魚すら飼ったことない」


「僕は東京にいたころマンション住まいだったから動物は諦めるしかなかったし、弟が喘息だから動物はたぶん実家じゃ無理だな」


「独り立ちしたらなにか飼いたいの?」


「うん。猫がいいな。ふつうの猫」


「いいね、ふつうの猫」


 モルモットを触ったりにんじんを与えたりしていると、向こうでヤギが鳴くのが聞こえたので、行ってみようよと登坂さんに声をかけた。


 ヤギは思いの外大きくて、登坂さんは完全に怯えていた。でも飼育員さんによると「とても大人しい子」だそうなので、登坂さんはおそるおそるにんじんを差し出す。ヤギはそれをモグモグして、メエーとご機嫌な声で鳴いた。


 続いてはボールパイソンだ。さすがににんじんは食べないだろう。登坂さんはニョロニョロしたやつが苦手らしい。僕は特に怖くなかったので、ぺたぺた触ってみる。爬虫類なのでひんやりとしていた。


 他にも愛玩用のニワトリだとか、ポニーだとか、可愛らしい動物がいろいろいたが、登坂さんはどうにも怖がっていた。


「だって言葉通じないし、いきなりにんじんごと噛まれたら痛そうだし……」と登坂さんは言う。それはその通りかもしれない。

 なので動物園のメインエリアに戻る。ゾウが鼻の先で干し草を持ち上げてもぐもぐと食べている。向こうではペンギンのお散歩をしているようだ。登坂さんははしゃぐでもなく穏やかな顔で、「ペンギン、かわいいね」と言った。


 ぐう、とお腹が鳴った。そういえばお昼を食べていない。流石に遊園地を出てマックを探すのも手間なので、動物園内の軽食を食べられる食堂に入った。

 さすが観光地価格、という値段で食べ物が売られている。とりあえずホットドッグを食べることにした。登坂さんもそうして、2人でホットドッグを食べていると、向こうから3段アイスを持った親子連れが歩いてきた。


「登坂さん、夢の3段アイス売ってるみたいだよ」


「3段アイスかあ……小さいころは夢だったけどいまはそうでもないかな。そもそも多いよ。お腹壊しちゃう」


 それはその通りなのであった。


 もう動物園も一周してしまったし、遊園地に行こう、と思ったら、もう少しで電車の時間だった。とりあえず観覧車に乗って降りたら帰ろう、ということにした。


「やっぱ片道2時間はきついね」

 登坂さんは苦笑する。


「でも混んでなくていいじゃん」


「つまり田舎ってことだよ。中学の修学旅行でディズニーランド行ったけど、アトラクション並んで待つのが面倒だから街並み眺めてた。案外それで時間潰れたよ」


 登坂さんはニヒヒと笑った。


 眼下には貧相な、まあ実家のある街よりかはいささか栄えている街が見えている。ジェットコースターが走り抜けるのを見て、登坂さんは悲しい顔をしていた。


 なにが悲しいのだろう。

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