8 遊園地のタダ券

 フードコートからの帰り道、自転車を漕ぎながら、もしかしたら登坂さんは友達なんて望んじゃいないのでは、ということを考える。

 でも、友達って言ったとき嬉しそうだったし。

 でも、嬉しい反応をするしかなかったのかもしれないし。


 分からない。とにかく家についた。弟がテレビを占拠してゲームをしている。きょうも東京の友達とこっちの友達をオンラインでつないで遊んでいるようだ。


 将棋は基本的に向かい合ってしかできない。いやソフトとかスマホアプリとかいろいろあるけど。登坂さんとずっと向かい合っていたから、登坂さんと友達になった気になっていたのかもしれないなあ、と思う。


 部屋に戻ってスマホを見ると、登坂さんからメッセージが来ていた。なんだろう、親にバレたんじゃないだろうな。とにかく開く。


「友達、生まれて初めて出来た。うれしい」


 ドキリとした。

 登坂さんも、寂しかったのだ。


 ◇◇◇◇


 夏休みも次第に終わりに近づいている。課題はぜんぶやっつけて、新学期からの予習もじわじわと始めている。万全だ。少なくともあのバカ高においては。


 きょうも午後から指そうと誘われた。ショッピングセンターまで自転車をかっとばす。登坂さんはやっぱり品のいいワンピース姿だ。


「もうすぐ夏休み終わっちゃうね」

 僕がそう言うと登坂さんは顔を上げた。そして予想外のことを言う。


「うちの親が遊園地のタダ券を2枚もらってきたんだけど、どうする? 夏休みの最後に思い出でも作る?」


 予想外の展開である。でもこの田舎に、遊園地などあるのだろうか。登坂さんにそれを聞くと、

「県庁所在地にあるすこぶるショボいとこ。対して珍しくもない動物しかいない動物園と併設になってて、ちっちゃいころ1回行ったけど子供だから特に楽しめなかった」

 とのことだった。


「それはなに、ジェットコースターの身長制限とかそういうこと?」


「ううん、なんていうか、そういうアトラクションとか動物とかより、自分の頭の中で展開されてるいろんな考えを眺めるほうが好きだった。いまなら動物園も楽しめると思う。絶叫マシンは……ちょっと嫌だな」


 登坂さんの苦手なものがちらっと見えて思わず笑顔になる。登坂さんは、

「行くなら親に言ってタダ券貰ってくるけど。男の子の友達がいるって正直に言ったら、そういうの興味なさそうだったからビックリしたって言われたよ」

 と、穏やかに続けた。


 登坂さんと一番指して、やっぱりギッタンギッタンにやっつけられた。帰って遊園地の話を家族にすると、行ってこい行ってこいと言われた。

 登坂さんに「遊園地行っていいって」と連絡すると、「了解です。次の土曜あたり行こうか」という返事が来た。


 これってデートなのかな。いや、登坂さんは友達。登坂さんは友達。

 登坂さんに「好き」なんていう、汚い気持ちを向けているなんて、バレたら恥ずかしいなんてもんじゃないぞ。


 とりあえず県庁所在地への行き方を調べる。なんと電車で片道2時間、電車賃は往復でおよそ4000円。ふざけてんのか! と思ったが行くしかないので行くことにした。だって登坂さんと遊園地だ。たとえ動物園がショボかろうがアトラクションがショボかろうが行くしかない。

 財布を確認すると、とりあえず5000円ちょっと入っていた。なにかしら食べ物を買うとなると不安だが、マックとかで済ませればなんとかなるだろう。

 登坂さん、マックって入ったことあるのかな……。


 いろいろ連絡しつつ、午前中の列車で行って夕方帰ってこよう、ということになった。県庁所在地の駅からは直通のバスが出ているらしい。バス賃を調べてますます「お小遣いは無事か……?」となった。親に相談したら2000円渡されたので多分大丈夫だろう。


 登坂さんとのお出かけにウキウキワクワクしているうちに、土曜日がやってきた。ちょっといいTシャツに履き古していないデニム、ちゃんとスニーカーを履いて、駅に向かう。

 登坂さんはやっぱり品よくワンピースを着ていた。足元はやっぱりストラップシューズだ。スニーカーでないのが登坂さんらしい。


「さて、2時間かけて『おいどがいとうおます』になりますか」


 なんだそれ。なんだかおかしくてクスッと笑ってしまう。とにかく列車に乗り込む。二両編成、いや編成っていうのか? というとにかくショボい列車だ。

「どうする? 将棋指す?」

 登坂さんはタブレットを取り出す。

「とりあえずいいかな……詰将棋の解き方教えてよ」

「いいよ。まあゆっくりやろう」


 三手詰めの解き方を教えてもらう。

「勝手読みしないで解けるのはすごい。マドノくん素質あるよ」


「そうなのかな。僕人生で勝負ごとするのって登坂さんと指し始めたのが初めてだから……」


「勝負ごとかあ。ゲームはしなかったの?」


「そこそこ好きだったけど、あんまり上手くなかったな。僕は運動音痴だからタイミングよくボタンを操作するとか苦手で」


「なるほどねー。将棋は健康的でいいよ」


 それくらいでは時間は潰れなかった。結局、いろんなくだらない話をした。学校が始まるのがかったるいとか、あのツルツル頭の数学教師はいつ定年になるんだ、とかそういうことを。


 そうこう言っているうちに、急に背の高い建物が増え始めた。どうやら県庁所在地に入ったらしい。

「もうすぐ着くよ。駅が無駄に広くてさ、迷子になるから気をつけて」


「そんなことあったの?」


「うん、中学のころ初めて来たとき迷子になった。それで全県将棋大会に遅刻して一回戦敗退になっちゃった」


 登坂さんはニヒヒと笑ったけれど、その後ろにはいったいどれくらいの悲しみがあるのか、僕には想像がつかない。

 とにかく県庁所在地にきた。そのあとバスにも乗れた。登坂さんとの遊園地だ。

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