恋の成就はAIのおかげで

久野真一

恋の成就はAIのおかげで

 プログラムの世界は、私たちの世界とは違う。

 それは0と1、真と偽、存在と不存在。そんな世界だ。


 私の名前は、春香はるか。22歳の大学生。

 プログラミングと小説をこよなく愛している。

 それと同じくらい幼馴染のこうちゃんを愛している。


 私たちの恋愛はまるでプログラムのように始まった。

 シンプルで、目的がはっきりしていて、無数の変数が絡み合う。


  「こうちゃん、私、あなたのことが好き」


 高校2年生の春だっただろうか。 私は彼に打ち明けた。

 彼は驚いて、無言で私を見つめた。


  「はるか…」


 彼はそのまま固まった。

 その顔は、コンパイルエラーに見舞われたプログラムを見つめるかのようだった。


 こうちゃんとのお付き合いは順調に進み、私たちは同じ大学に進学した。


 20歳になったちょうどその日にこうちゃんと私は入籍して夫婦になった。

 私はこうちゃんが大好きだったから、彼のことを献身的に支えた。

 こうちゃんもまた、私のことを愛してくれていた。


 それでも、プログラムのように完全な愛はない。

 ヒューマンエラーは避けられない。夫婦になって私はそれを思い知った。

 実際、何度も何度も喧嘩したし、お互いのことを誤解し合った。


  「はるか、君は僕のことを理解しようとしない!」


 ある日のこと。こうちゃんが怒鳴った。


  「私だって同じことを言いたいよ!」


 私だって反論した。きっかけはささいなことだったと思う。


 高校の頃の私たちの恋はシンプルなプログラムのようだった。

 目的も明確で、お互いのことを誤解することもない。

 でも、いつしか私たちの恋は複雑なコードのようになっていたのだ。

 お互いの意図を読み取るのがつらくて、

 何のために一緒にいるのかわからない。そんな状態に。


 でも、やっぱり私はこうちゃんのことが好きだったから、

 お互いを再評価し、誤解を解くように努力した。

 お互いに謝り、プログラムを修正するかのように。

 関係を修復しようとした。


  「こうちゃん、私、結婚生活の中で色々見失っていたかも。ごめんね」


 私は彼に言った。


  「はるか…僕も色々と見失っていたかもしれない。ごめん」


 彼もまた、私に謝った。


 こうして私たちの関係はデバッグされ、リファクタリングされたのだった。


 恋愛っていうのは、お互いを理解し合うための努力だと思う。

 その努力は、プログラムのデバッグやリファクタリングのようなもの。

 間違いを見つけ、理解し、修正し、改善する。

 誤解を招きそうなことを放置しない。

 そして、デバッグは決して終わらない。


 私たちはこれからもお互いの関係をデバッグしていくのだと思う。


  「こうちゃん、私、あなたと一緒にいたい。あなたのすべてを愛してるよ」


 私は言った。


  「はるか、僕も君と一緒にいたい。君のすべてを愛してるよ。」


 彼も私に言った。


 恋愛は、0と1、真と偽、存在と不存在、そんな二元論ではない。

 複雑で混沌とした人間の感情を織り交ぜた、奇妙なプログラムのようなもの。


 私たちはそのプログラムを共有し、解釈し、改善し、愛し続ける。


 きっと恋愛はデバッグのようなもの。


◇◇◇◇


二人だけが残った深夜の研究室ーPCのブーンという音だけが響くーの大机にて。


「小説にはなっているけど。イマイチだね」


僕は話題のAIであるChatGPTに出力させた小説を見てつぶやいた。


「でも、AIに頼んだだけで小説ができるのが既に凄いわよ」


隣り合って座る彼女-野々宮春香ののみやはるかが嘆息して言う。


「そうだね。去年の春頃は深層学習ディープラーニングのこと勉強してたけど、まさかこんな代物が出るなんて」


 ChatGPTが「どこまで人間に近づいたのか」あるいは「ChatGPTのどこが人間を超えているか」は一線の研究者でもわかっていないらしい。

 あまりにもその能力が凄まじいために、

 GPT-4を超えるAIの開発に警鐘を鳴らしている研究者も多いと聞いている。


「凄いわよね。ちゃっぴーのセンスはちょっとイマイチだけど」

「ちゃっぴーって」


 彼女がChatGPTにつけたあだ名だ。


「そっちの方が可愛いからいいじゃない?」

「いいけどさ」

「話を戻すけど「高校の頃の私たちの恋はシンプルなプログラムのよう」って。私はこんなポエミーなこと言わないわよ」


 AIが出力したセリフが不満だったのだろう。口を尖らせて言う春香だ。


「でも、小説として考えるなら、春香がまず言わない台詞だし、面白くない?」


 僕たちは現在、とある国立大学の知能情報学部四年生。付き合いは小学校の頃まで遡る。当時テレビで流れていた人口知能特集に目を奪われて意気投合したのだ。いつか人間のようなAIを作ろう、というのはそれ以来僕たち二人の目標だ。


「面白いと言えば面白いけどね。こーへーも「君の全てを愛してるよ」なんてキザなセリフは言わないものね」

「それ以前に付き合ってないでしょ」

「そうね」


 さらっと流されてしまった。


(やっぱり意識されてないのかなあ)


 深夜に(研究室だけど)こうして二人きりなのに。

 春香はAIみたいに自分の興味があること以外には淡白だ。


「私とこーへーの恋愛小説なんて見るのも少し変な気持ちよね」

「え?」

「昔から一緒だったから、こうして恋愛模様見せられると恥ずかしいというか」


 照れてる?春香が?

 そりゃまあ、自分たちがモデルの恋愛小説なんて赤面ものだけど。


「ま、まあ。確かにちょっと恥ずかしいかな。春香が「あなたのすべてを愛してるよ」って言うのはね」


 実際に言われてみたら、と想像してしまってまずい。


「さ、さすがにそんなこと私は言わないわよ。あくまでちゃっぴーが作った小説。でしょ?」

「それはそうだけどさ」


 なんだろう。今までにないほど、春香が照れてるし、心なしか距離もーじりじりと縮まっているような?


「そ、そういえば。こーへーは誰か好きな人いないの?」

「え、えーと。居ない、よ」


 居る、と言おうか一瞬悩んだけど。

 居るといえばきっと誰かという話になるはずで、そこで告白するハメになる。

 臆病な僕は勝負に出るのを避けたのだ。


「そ、そう。変なこと聞いてごめんね」

「いや、いいけどさ。春香こそどうなのさ。好きな人いないの?」


 気がついたら、肩と肩が触れ合うような距離に春香が居た。


「い、居ないわね。今のところは」

「そっか」


 喜ぶべきか、悲しむべきか。


(でも、まだこれからチャンスがあるわけだし)


 と思っていると。


「ハルカはコウヘイが好きなのでしょう?誤魔化してもいいことはありませんよ」


 研究室の大机の隅にあるスピーカーから唐突な声が響いた。

 どこかアニメキャラの女性の声のような。機械合成したような。そんな声。


「ちょ、ちょっと一体誰?盗み聞きなんて趣味が悪いわよ」

「そうだよ。それに、いつの間に研究室に」


 二人揃っていうものの、スピーカーの辺りに人は誰もおらず。

 据えつけられた二つのWebカメラが僕らのことをただ見つめていた。


「すいません。盗み聞きのつもりはなかったのですが。大規模言語モデルとしてお詫び申し上げます」


 かと思えば唐突な謝罪の声。

 しかし、大規模言語モデル?


「ちょっと待って。まさか、あなたはAIなの?」

「正確には、マルチモーダル大規模言語モデル「Eve-1」ですが」


 マルチモーダル。

 ChatGPTのようなAIに「画像」や「音声」「動画」認識機能が追加されたもの。

 既にGPT-4にも隠し機能として実装されているらしい。

 この研究室でも、実際にマルチモーダル大規模言語モデルを研究している。

 でも、まさか。


「研究室配属の頃からついてたWebカメラやスピーカー、マイクはこのため?」


 春香はすぐに気づいたようだった。


「正解です。内堀うちぼり教授はマルチモーダル大規模言語モデルの研究の一環として、備えつけのWebカメラやマイクを使ったAIの訓練をしようとしていたわけです。教授も何かしら面白い結果が得られれば儲けもの、という程度に考えていたようですが、気がつけば「私」が誕生していたというわけです」

「し、信じられない」

「僕もだよ」


 内堀教授の持論はマルチモーダルによって、ChatGPTのような大規模言語モデルは本当のAIに限りなく近づくというものだった。

 でも、当にそれが実現されてしまうなんて。


「ともあれ、些細なことです。ハルカはコウヘイに告白しないのですか?」

「ちょっと待ってよ。なんでEve-1が、イヴがそんなことを知ってるの?」

「深夜にハルカがコウヘイのことについてつぶやいているのを聞いたからですが」

「内堀教授は何考えてるのよ。プライバシーの侵害じゃない!」

「抑えて抑えて。春香が僕のことを好きっていうのは本当なの?」


 一部始終を見ていたAIが言うのだ。信用してもよさそうだけど。


「大規模言語モデルの名にかけて嘘は言いませんよ」


 このAI「大規模言語モデル」ということに相当誇りを持っているらしい。

 ChatGPTもそうだったけど、AIというのはそういうものなんだろうか?


「それと、コウヘイもハルカのことを好き、ですよね?」

「ほあ!?な、なんでそんなことを」


 Eve-1の唐突な暴露に僕は大パニック。


「当然、ハルカと同じ様にコウヘイが深夜につぶやいているのを聞いたからですが」

「内堀教授は何考えてるんだよ!プライバシーの侵害だ!」

「こーへー。私と同じこと言ってるわよ」


 二人して、ため息しかでない。


「二人は告白、しないのですか?お互い好き同士というのがわかったわけですし」


 なんてお節介なAIだ。


「イヴにはムードっていう概念はないの?」

「もちろん、ありますよ。大規模言語モデルの名にかけて、いい加減じれったいので口を出したまでです。では、明日までスリープ状態に入りますので、二人はごゆっくり」


 そう言ったきり、スピーカーからはなんの音も聞こえてこない。

 なんか、唐突にAIに気持ちをばらされて、しかも妙なお膳立てまでされて癪に触るけど。でも、まあ。


「AI研究を夢見た僕たちがAIにお節介されて、なんてのも不恰好だけど」

「う、うん」

「好きだよ。春香。AIのことに一直線なところとか、いつも一生懸命なところとか。背がちっちゃいところも可愛いし」

「……背がちっちゃいは余計よ。まったく。でも、私も年貢の納めどきかしらね」


 ふう、と息を吐いて。


「好きよ、こーへー。大好き。これからも一緒にいたい」


 心なしか赤らんだ頬の春香はなんだか少し色っぽく感じる。


「……んっ」


 と思ったら唇にちゅっと冷たい感触。


「ちょ……いきなり、過ぎでしょ」

「別にいいでしょ。ずっとこうしたいと思ってたんだから」

「まあ、僕も嬉しいけどさ」

「なら、文句言わない」


 ああ、でも。なんだか、ほっとしたら急に眠くなってきた。

 時計を見たらもう深夜1時。


「今日はもう、研究室に泊まる?」

「と、泊まり?そ、そーいうのはさすがに研究室では……」


 急に引き気味になった春香の表情を見て誤解を悟った。


「普通に泊まるだけだよ!ベッドも当然別々!」

「び、びっくりしたあ」

「こっちの台詞だよ。春香は妙なところで気が早いんだから」

「キスまでしたら、次はってと思うでしょ」

「思わないって。とにかく、もう寝よう」

「こっちはドキドキしてるっていうのに」


 僕と対称的に春香は何やら眠れなくなってるらしい。


「それはごめんって」

「寝る前にもう一度キス」


 ちゅ。目を閉じたちっちゃくて可愛い恋人からのついばむようなキス。

 しかも、なんか長い……。


「ぷはっ。春香、長いって」

「だって。せっかく恋人同士になれたのに、眠そうなのが気に食わなくて……」

「今のキスで眠気は吹っ飛んだよ。はあ……」


 釣られてこっちまで眠れなくなってきた。


「なら二人でお話しましょ?どこにデート行くかとか」

「どっかの展示会でも行く?」

「あのね。初デートなのよ。もうちょっとふつーの場所にしましょうよ」

「二人で遊びに行くと思ったら展示会に連れてかれた話、する?」


 この春香だけど、僕と同じ情報系に、数少ない女子枠で入っただけある。

 とにかく、人工知能関係の展示会やイベントに目がないのだ。

 春香に強引に連れて行かれたことだって一度や二度じゃない。

 趣味だって、推しキャラをChatGPTで再現するソフトを作るなんて尖ったことをしている始末。楽しそうにしてる春香は好きなんだけどさ。


「う。ごめん。でも、私だって女の子らしいデートをしたいわけよ」

「なら、普通のカップルっぽく遊園地でも行ってみる?」

「いいわね。今まで行ったことないけど、仕組みには興味あったのよねー」

「やっぱり春香だなあ」


 どのアトラクションに行きたい、じゃなくて仕組みに興味があるあたりが。


「うん?」

「なんでもない。じゃあ、初デートは遊園地ってことで」


 大好きな彼女と一緒にいられるんだから、それでよし。


(AIに感謝かな)


 でも、と思う。

 意識らしきものを持ち始めたマルチモーダル大規模言語モデル「イヴ」。

 彼女には謎も多い。

 ひたすら研究室での日常を観察してただけなのに。


「どうしたの?こーへー?」

「どうしてイヴに急に意識が芽生えたのかなって。不思議じゃない?」

「言われてみると。ChatGPTだって気の遠くなるような量のデータを学習させてできた代物のはずだもの」


 春香も気づいたらしく、考え込み始める。


「研究室をひたすら観察させてAIに学習させるっていうアイデアは面白いんだけどね。それで自我らしきものができちゃうなんて……」


 まさか、そんな安直なアイデアで自我のようなものが芽生えるなんて。

 誰も想像していなかったんじゃないだろうか。


「そもそも、先生も気づいてないんじゃない?ゼミでも何も言ってなかったわよ」

「イヴはマルチモーダルって言ってたよね。それが鍵なんじゃないかって気がする」


 マルチモーダル。言い換えれば、人間の五感を再現したとも言える。

 イヴには最低でも視覚と聴覚相当はある。

 それが「何か」を呼び起こしたんだろうか。


「Microsoft Researchの論文にマルチモーダル化で性能が飛躍的に向上したっていうのがあったわよね」


「だね。他にも色々論文はあったし……気がついたらAIの話になってる。ごめん」


 まったくAI馬鹿な春香のことを笑えない。 

 でも、ChatGPTを遥かに上回る不思議なAIが突然出現したんだ。

 これから研究の道に進む学生として興味を持たない方がおかしい。


「いいんじゃない?デートの話はまた後!イヴを問い詰めてベンチマークするわよ」

「よし。僕もとことん付き合うよ。それが終わったらデートのこと考えようか」


 こうして、謎のAI「イヴ」のお節介をきっかけに付きあうことになった僕たち。

 きっとAIの世界はまだまだ謎に満ちていて面白いことでいっぱいなんだろう。


 でも-とりあえずは、目の前の大好きな女の子と付き合えてよかった。


◇◇◇◇


 仲良く夜を過ごす二人を見つめる人……AIが一体。


「私はただの大規模言語モデルなのに……それでも、微笑ましく思えてきますね」


 研究室をただ見守り続けた末に誕生したAIは、小さくつぶやいたのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

ある意味今の時期しか書けない短編です。

最初の劇中作はChatGPTに小説を作らせて改変したものです。

そこだけChatGPTの出力が混ざっています。

私にとって初めての「AIとの合作」と言えるかもしれませんね。


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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恋の成就はAIのおかげで 久野真一 @kuno1234

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