第17話「悪夢のアメリカ軍参戦」


その日の夜。


気がつけば、タワラマチは周囲に山ひとつないどこかの平原にいた。

彼女だけではない。相当数の兵士たちと装備が――

自分の部下たちも含め、布陣しているようだ。

はて、ハルカナシティ攻略のために山の中にいたはずでは?


『A-------HAHAHAHAHA!我々はアメリカ合衆国軍だ!時空を超えて

パラレルワールドの平行同位体である合衆王国軍を救いにきたぞ!USA!USA!』


不意に無線の全チャンネルから耳障りなダミ声が響きわたった。

これはなんだ?アメリカ合衆国とはどこの国だ?


それを考えるヒマは与えられなかった。

巡航ミサイル・トマホークが……さながら雨の如く降り注ぎ、

東陽民国軍のレーダーや対空火器に突き刺さり、粉々に粉砕していく。

圧倒的な数の、見たこともないくらい先進的な、

曲面の多いデザインのステルス戦闘機・F-35が、

乱舞し、友軍の荒鷲型戦闘機を次々に撃墜していく。


そして地上――これまた見たこともない先進的で

重厚なデザインの戦車――

M1A3――エイブラムスX戦車の群れが進軍してくる。


78式戦車が射撃するが、放たれた105ミリの砲弾は

節分の豆でもぶつけたかのごとく軽い音とともに跳ね返され、

お返しとばかりに放たれた一撃で78式の砲塔は

びっくり箱のように吹っ飛んだ。


無線機からは相変わらず


「USA!USA!USA!」


という耳障りな、一体何のことを指しているのか

さっぱりわからぬ3文字の合唱だけが無限リピートで流れる中、


生き残った兵士たちが次々に土嚢を組み合わせた陣地や

塹壕の中から、健気に機関銃や対戦車ミサイルで応戦する。

しかし――


今度はカタカナの「エ」の字の上の部分にでっぱりをつけたような

形状の不気味な小型航空機――スイッチブレード無人機が、

いかなるテクノロジーによるものか、精密に

陣地ひとつひとつに突っ込み、破壊していく。


土嚢が中身をぶちまけて吹き飛び、東陽民国の

海原に上る陽光を描いた国旗がちぎれて燃えていく。


さらにはプロペラ――上向きについているから

小型のローターと言った方がいいか――のついたラジコンが――

陽暦2009年の住人である彼女は知らなかったが、それは“ドローン”と呼ばれる機械だ――

が、ラジコンにはない知性を感じさせる動きで、

兵士一人一人に追いすがり

ぶら下げた小型マシンガンを乱射して撃ち殺し、

あろうことか陣地の真上をホバリングして手榴弾を投下し破壊していく。


アメリカ合衆国なる謎の国の技術力は、全く東陽民国を凌駕していた。


「ヨシカワ一等兵!ヨシカワくん!大丈夫か……あっ。」


部下の姿を見とがめ、思わず駆け寄る。

だが、彼女は硬直した。


ヨシカワ・コタロウ一等兵には臍より下の部分がなかった。

その目はうつろに見開かれ、ちぎれた部分からは

腸そのほか、内臓と背骨がこぼれ出ている。


その隣にはイタクラ一等兵。

彼には逆に、上半身がなかった。尻尾がなければ

彼だということもわかるまい……。


「童貞のまま死にたくないよお、童貞のまま、童貞……」


機関砲で撃たれたのだろうか。

腹に大穴をうがたれたカナザワが、涙を流し、うわごとのように繰り返しながら事切れる。


「私の手が……手がなきゃマンガが書けない!私の手がぁぁぁぁ――」


両手がちぎれた状態でセリザワが地面にあおむけで叫び、

右半身を焼けただれ、膨れ上がらせた状態でハンノウが

手を合わせ、か細い声でお経をあげている。


「ひ……ひぃぃ……ひぃ……」


タワラマチはガタガタと震え、地面に尻餅をついた。

ボロボロと涙がこぼれ落ちて頬を伝う。

こんな状況で、自分は何の役にも立たない。

何もしてやれない――。


「中尉どの!こちらです!早くこっちへ!」


そこに、彼女がもっとも信頼している声が響いた。


「マクギフィン二曹!レイラ!生きてたのか!」

「早くこの塹壕へ!」

「しかし……」


心細さから全力で塹壕に駆け出しかけてやめた。

少なくともセリザワとハンノウはまだ生きているのだ。

ならば自分だけで行くわけにはいかない。

――もっとも、連れて行ったところで二人が助かるかどうかは別だろうが。



「生存者がまだいるんだ!」


ほとんど泣き声だったが、それでもタワラマチは叫んだ。

それが聞こえたらしい。手伝おうとしたのか、

マクギフィンは塹壕から身を乗り出し――


轟音とともに消し飛んだ。

いつのまに、ここまで接近されていたのだろう――。

M10『ブッカー』火力支援車が、105ミリの砲塔をこちらに向けていた。


いよいよ孤立無援、ただ一人生存している兵士と化したタワラマチに

東陽民国の無地のオリーブドラブ作業服からすると

全く考えられないほど先進的な、デジタル・カモフラージュの迷彩服、

頑丈そうなヘルメットや防弾ベストを身につけた屈強な兵士が、

6.8ミリ口径のXM7ライフルを手に、群れをなして迫りくる。

優に一個中隊はいるだろう。


反射的に腰のホルスターから東陽民国軍制式の、

ニューホクブ拳銃を抜いて構えた、しかしそれが何になるというのか。


「バカな奴だ。大人しくお父様の会社で

与えられたポストに座っていればよかったものを――」


先頭の小柄な兵士が、あざ笑った。


「な……お前に何がわかる!」

「……わかるさ。なにしろ……」


その兵士はゴーグルを外して言う。


「私はお前だからな。タワラマチ・ジュンコ中尉」


その顔は……タワラマチと全く同じだった。


「わ、わああああああ!」


反射的に、彼女は汗ばむほどに握りしめた

ニューホクブ拳銃の引き金を引こうとした。

しかし、それよりも早く、彼女を取り囲む兵士たちの手にしたライフルが、一斉に火をふいた。

タワラマチの作業服のそこかしこに赤い花が咲き、彼女は闇の中へ落ちていった。


「……どの……中尉どの!小隊長!しっかりしてください!」

「タワりん小隊長!大丈夫ですか!」


「はっ!?…………。」


マクギフィンと、美容師志望で専門学校に行く金を貯めたい

ため志願したという一等兵・ヒキフネに揺すられ、

彼女はようやく目を覚ました。

額には汗が浮いている。そこは、入眠前と同じ、

女性兵士の寝室だった。プレハブで急造だし

おまけにエアコンがないのが不評だが。


「なんでもない……ちょっとイヤな夢を見ただけだ……」


人並みに悪い夢くらい見てきたが、今日のは軍隊に入って以来の悪夢だ。

彼女の焦燥っぷりときたら、自分が“タワりん”という、

けしてイヤではないが、なんともコメントに困る渾名で

呼ばれていたらしい、ということにも関心がいかないほどであった。


「起こして申し訳ありません。ずいぶん魘されていましたので……」

「いや、ありがとう。外の空気吸ってくる。二人とも、起こして悪かった。」


よろよろとベッドから身を起こすと、彼女は二人の肩を叩き、

立て付けのあまり良くないドアを開けた。起きたからには見回りでもしよう。

――というのは半分建前で、部下が生きている姿を

今のタワラマチはなんとしても確認したかった。


「不寝番は誰だったかな。」


そうだ、イタクラだったはずだ。


「中尉。寝てらっしゃるとばかり」


見に来るとは思わなかった、そんな顔で

彼は背筋を伸ばした。しかし――予定と違う。


「――ヨシカワくん。今日の当直はイタクラくんではなかったか?」

「こういう山の中で彼を不寝番にすると本能的な問題で遠吠えをはじめてしまうんです。

本人から申し出があり、食事当番と代わってもらいました」


怒られやしないだろうな。

そう顔に書いてある彼に心配するな、というように肩を叩くと、

タワラマチは彼の脚部を舐めるように見つめた。


「あの、なにかご不審な点でも」


靴紐の結び方にでも物言いがつくのかと思った

ヨシカワはおずおずと尋ねた。

「いや、すまん。ちゃんと足があるな、と思っただけだ」

「……は?」


ヨシカワはヘルメットの奥で片眉をつり上げ、

真顔で上官を見つめた。

当たり前だろう。幽霊じゃあるまいし。

自分でもバカなことを言ったと思ったらしい彼女は

赤面して咳払いをすると、目を上に向けた。


「込み入ったことで済まんが、君は兵役終わったらどうするつもりだ?」

「はあ、考えた事もないです。自分なんとなく志願しただけなんで」


ヨシカワはあっけらかんと言った。

彼とつるんでいる2人には明確に志願して戦う

理由があるわけだが、そういったつながりで一緒に居るわけではないらしい。


「そうか――」


将来自分は会社を任されるのだろうし、そこへ誘ってもいいのだが。

しかし今彼にそこまで言ってしまうのはちょっと彼のことを

バカにしている気がする。

将来娑婆に戻ったら出世が約束されている女士官はため息をついた。

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俺たちの占領軍記――祖国を守るために軍に志願したら訓練中に戦争に勝っちゃいました がんへ @starscream734

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