残りの仕事

「いやー、助かりました。ちょうど今月中にもう一件くらい、売上が欲しかったんですよねー」

 行きの車の中でニセノはご機嫌だった。


「俺が直接受けた依頼なんだが。会社の売上扱いじゃ困る」

「まあそう、固いことおっしゃらずに」

「レンタカー代掛かってるし、取り分が減ると割に合わない……」

「そのぶん基本給ってものを、お渡ししてるでしょ。来期になると査定が入って、またちょっと上がりますから」

「どうも騙されてる気がするんだよな」

「でも今回、上手くすれば莫大な財産が出てくるかもしれないわけでしょう? 交渉すれば、成功報酬みたいなのが貰えるかも」

「そうかな……むしろ、何も出てこないで欲しいんだが」


 ここまでの道中で、依頼主とその家族達の状況はニセノに話し終えていた。


「まー、少なくともそのお婆さんに関しては、適当に話を合わせとけば満足するんじゃないですかね?」

 ニセノはシュウノが言ったのとほぼ変わりないようなことを言う。

「旦那と子供達は?」

「そっちも適当に話を合わせて、なんとかなりませんかね」

「なんとかなるかよ」

 先行きが不安だ。悩んでいる俺がおかしいのだろうか。


 昨日の雪雲はすっかり消えて、眩しいほどの青空だった。道の両脇に積み上がった氷の表面が解けてきて、日差しを反射してギラギラしている。

 こごみ荘、左折3kmという看板を曲がると、その先の枝道も雪と氷が解けて柔らかくなっていた。


 ハンドルを取られるようなしぶとい轍は無くなったが、解けかけてぬかるんだ道はそれはそれで走り心地が悪い。助手席のニセノは車酔いを起こしたらしく、だんだん顔色が悪くなってきた。

「吐くなよ。これ、レンタカーなんだから」

「まだ遠いんですか?」

「いやもう着くはず」

 そろそろ三キロ走った、と思ってからが長い。それでも、一度来た道なので昨日よりは近く感じた。


 昨日と同じ位置に駐車して降りると、正面玄関からフミカが出てきて、素早く駆け寄ってきた。


「これを。先にお渡ししときます。昨日言ったこと……どうかお願いします」

 フミカが自分の身体で隠すようにしながら渡してきたのは、膨らんだ封筒だった。幾ら入っているのか、考えるのが怖い。


「でも……」

「これは、一旦お預かりしときますね」

 俺が返事に詰まっていると、ニセノが車を回り込んできてさっと封筒を取り上げた。

「どうも。わたくし、株式会社プラの、西野と申します。今日はわたくしと藍村の二人で、残りの作業を確認いたしますね。ご事情は全て、伺っております」ニセノは戸惑っているフミカに向かって言った。「必ず奥様のご要望に添えるとは保証しきれないんですが、状況次第になりますので……これが必要なくなった場合は、このままお返ししますから」

 ニセノはそう言って、上着の内側に封筒を仕舞った。


「あの、何か出てきたら、私に先に知らせてください」フミカは俺とニセノに交互に頭を下げた。

「とりあえずは、見てみないと……」と俺は言った。


 屋内に戻るフミカと入れ替わりで、夫の厚彦が顔を出した。ニセノは先ほどと同じような挨拶を繰り返した。


 それからニセノと俺は、建物を回り込んで裏の枯れ池に向かった。林の陰になって日が当たらないせいか、この辺りの雪の量は昨日とあまり変わっていなかった。


「ていうか、名前、西野だったの?」俺は改めてニセノの顔を見た。

「わたくしの名前ですか。昔からそうですが」

「さっき知った」

「そんな! 名刺をお渡ししましたよね? わりと何回も」

「毎回読まずに捨ててたから」

「そんな」ニセノはよくわからない角度で肩をすくめた。「そんなことってあります?」

「シュウノが言ってた『ニセノさん』がインパクト強かったから……つまり、本名を聞いたからその渾名を思いついたのか」

「藍村さんってどうも、注意を向ける対象が偏ってますよね。頭は賢いのに、何か、いつも変」

「お前がそれを言うのかよ」


 枯れ池には、先に少女が来ていた。足元に携帯端末を向け、例の黄色い呪文を撮影しているようだ。

 俺達が近づくと少女は振り返り、ニセノを見て不審そうな顔をした。


「こんにちは。西野といいます」ニセノは少女に歩み寄った。「お名前は?」

「教えない」少女は首を横に振った。

「おやおや」

「知らない人には、教えられないの。個人情報だから」

「確かに」ニセノは笑って俺を見た。「近頃の子供はしっかりしてますねえ」

 単に生意気なだけじゃないか、と俺は思った。

「呪文に興味があるの?」ニセノは少女の携帯端末を見た。


 少女はそれには答えず、急に「じゃあね」と言って駆け去っていった。

 雪の上に少女のブーツの足跡が点々と残る。すぐにその姿は樹々の陰に見えなくなった。


 俺は雪のない乾いた岩を探して、バッグをその上に置いた。チャックを大きく開け、バッグの中でノートパソコンを開く。

「もう、作業するんですか?」ニセノが聞く。

「まあ、なるべく時間稼ぎしながらやる」

 修羅場は後の方が良い。それに、この中から金や貴重品が出てくることを想定しなければいけないので、昨日のものよりも解呪に手間が掛かるのは事実だ。

「正直なところ、最速ではどれくらい掛かるんです?」ニセノは聞いた。

「一時間かな。運が良ければ、それより早く済む」

「それじゃまだ取り掛からない方が良さそうですね。ちょっと聞き込みに回りましょう。何か理由をこじつけて、ご家族それぞれと話せませんかね」

「うーん。解呪にパスワードが必要だとでも言ってみるか?」

「いいですね。それで行きましょ」ニセノはすぐに頷いた。

「大嘘にも程があるんだが……」


 合言葉形式の呪術は確かによくあるが、そもそもそれがわからなくなったものをこじ開けるのが俺の仕事だ。


「どうせ素人にはわかりませんよ。突っ込まれたら適当な専門用語でも並べてください」

 ニセノは元気よく酷いことを言って建物の方へ歩き出す。


 俺は小さく溜息をつきながら、荷物をまとめ直してそれを追った。

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