第6章 裏切者


立花警部の案内で私は倉庫がある海沿いに来ていた……

「ここなら……どんなに騒いでも……誰も気にしない……どんな事が起きても、人の居る所まで聞こえないからな」

立花警部が……拳銃を構え……たとえ拳銃を発砲しても……と付け加え……進んでいく……

私は気配を消し……ゆっくりと……周囲の状況を確認する……定期的に見回りをしているような人の気配を感じた……そして……金属の擦れる音……武装した奴らが……此処に入ると考えられる……

「あの倉庫だ……おそらく……あの倉庫に……居る筈だ……」

警部の顔が険しくなる……そして……迷いも感じられる……

「立花警部でも……緊張するんですね……」少しでも気分を和らげようと、話しかける。

「当たり前だ……命のやり取りをするかもしれないのに……お前のように冷静でいられるか!

そもそも、なんでお前はこんなに冷静なんだよ……落ち着く秘策があるなら教えろよ」どうやら少しは落ち着いたようだが……迷いは消えてない……

「作家は集中力です」私はそう言うと……前に出ようとした警部よりも先に行く……

迷いで死なれてはたまらないと思ったからだ……

「おい……」倉庫に入ろうとした時……立花警部が私を呼びとめた……

「もし……もしだ……自分の大切な者が……人質にされていたら……どうする?言う事を聞くか?」

嫌な質問だった……もし人質に彼女たちを取られたらどうするかと聞いているのか?それとも……

「教えてくれ……お前なら……大切な人を護る為に……友達を騙しても良いのか……」

その言葉で反射的に、危険を感じたが……既に遅かった……背後から押し付けられる鉄の棒の感触……ああ……そう言う事ですか……

「ゆっくりと後ろを向け……」

「冴ちゃんですか……」私は両手を上げながら……振り向く……

銃口が頭を捉えた

「ああ……お前を助けた後……一通のメールが来た……邪魔をするならお前の大切な人が危険に遭うと……初めは冗談かと思ったさ……だけどな……」

冗談めいた力の無い声……

「次の日……冴は……乱暴に遭いそうになって……誰かが助けてくれたが……俺は怖かった……」立花警部の気持ちはよくわかる……

「じゃあ……あのICレコーダーは……」

「俺が壊した……お前が言っていた外付けも壊したからな……」

私はやはり……甘いのか……銃口を向けられている筈なのに……恨む気になれない……

「いいえ、警部は悪くないです……警部は迷っていた……私をどうするかを……考えてくれた……それだけでも……私は……良い友人を持ったと思います」警部の腕が震える……逃げ出そうと思えば……いつでも逃げる事が出来る……だけど……私は……まだ……警部を信じていたい……

そう思えた……私も彼なら……同じ事をしたかもしれない……そう思うから……私は信じたかった。

「ふざけるなよ……俺を罵れ……俺を軽蔑しろ……なんで……そう言うんだよ」私の事を悩んで考えてくれた人を恨める訳が無かった……

「俺は、お前に助けられながら……お前を裏切ったんだぞ……」

「でも、あの子たちには手を出さなかった」そう言うと……動揺が感じられる……

「なぜそう言い切れる?俺があいつらを連れ出したかもしれないのに……」

「そんなのは簡単ですよ……私も警部も……大切は人がいるからですよ」

警部の眼が丸くなる……そして……大きく笑うと……

「くだらない予想か……俺を恨まないならもう良い……俺はあいつらにお前を突き出すだけだ」

感情を殺した眼で……私に倉庫へ行けと命令する……

私は……大人しくそれに従った……


倉庫の中は暗い……だが……人の気配と息遣いがあった……

「約束通り、鷹羽を連れて来たぞ……冴を解放しろ」

警部が私の肩を掴みながら……周囲を警戒する……そして……照明が急に付けられた

眼が眩む……が……すぐに眼は慣れ……状況を確認する

コンテナが……乱雑に積まれた……空間……隠れる場所はいくらでもある……

そして……目の前に……まんま。ヤクザを絵に描いたようなチンピラが……椅子に縛られた目隠しされた娘にナイフを向けていた……

「むむ~む~」

お父さんとでも言おうとしたが猿轡をはめられて……喋る事が出来ない

「うるせ~女!がたがた抜かすんじゃねぇ!」男がナイフを冴さんの首に当てると……冴さんは体を強張らせる

「娘から……そのナイフを退けろ!」

立花警部も目が慣れ……相手にそう言う……だが……

「立花さんよ!話が違うじゃねぇか~俺たちは、その男を撃てと命じたんだぜ」

相手は私を撃たせることが目的だったのか……

「それに……あの二人はどうした?お前の娘は、そいつと娘二人の引き換えの……」

男が話している次の瞬間……立花警部が……背後から私の膝を蹴り……地面に突き飛ばし……

1発の銃声が響く……

「姿さえ見えればこっちのもんなんだよ!」立花警部の声が倉庫に響く……

私の目の前で、ヤクザが肩を押さえながら後ろに倒れる……

「走れ!」私はその声に従い走り出した……予想通り、他にも隠れた奴がいて……私が倒れていた場所が小さく弾ける……私は場の状況を判断して、私は……冴さんを助ける為に走った。

とりあえず今の状況を考えるなら……

人質交渉なんて続けていたら、いつまでも人質は助けられない……まあ、隙を見て返り討ちにするのが一番だ……どうせ死ぬかもしれないなら……とことん逆らって生き残ってやろう

そう考え……完全な隙を見つける為に、私にその事も言わなかったのだろう


それなら、出来る範囲で、私も抗うとしよう!

足元に落ちているものを拾い……投げる……無雑作に見えるくらいに素早く……相手の位置……に投げつける

あとは止まらずに……走る……拾う……投げる……別に外れても構わない……私の方に注意を引けば……その分だけ……警部の助かる可能性が……

そう考えた時……私の視界に……目の前の少女を狙う男が見え……その足元では……立花警部が撃った男が……ナイフ片手に立ちあがろうとしていた……

「冴!!」立花警部が叫び……走り出す……

このままでは私も警部も間に合わない……射線上に立っても……ナイフの男が……ナイフの男をどうにかしようなんて……距離的に無理だ……なら……届くように走ればいい……


(速く……速く……なによりも速く……超えていく……)

そう自分に言い聞かせる……次第に……世界が……色を失っていく……

(鋭く……止まらず……切り裂く……)

思考が……鋭く……研ぎ澄まされる……その反面……体が……重くなるが……それを力で……押しのけ……

(この世界は……私だけの……空……)

そして……世界の動きが……緩やかになった……

自己暗示による……人間の限界を超える……鷹羽の技……

鷹羽とは……もともと……人でありながら、人を超えたものを目指してきた……

その目指した先が……鷹であり……風……速さ……その願いを込めて鷹羽を名乗った……

その成果が……自己暗示による思考と肉体の限界突破……時間を世界とするなら……

いまこの世界は私の空……緩やかな流れの世界を飛ぶ……

私はこの空を……切り裂く鷹のように……走り飛ぶ……手を動かし……その力で……空を掴み……地面に振りおろし……風を生み出す……そして……空を滑るように……飛ぶ……

私の足元にナイフを手に立ち上がろうとしているヤクザ……私は手首の力で方向変えると……容赦なく……その男の襟首を掴み……いままさに、私たちを撃とうとしている男に投げつけた……

そこで……私の限界が来た……

流れ出す世界……息が詰まる……体が……悲鳴を上げ……胸が……痛み片膝をつき……世界は、本来の動きを取り戻した……

「うわぁ!!!」いきなり飛んで来た人間を避けるすべもなく……

急に飛んだ自分の体を理解すること無く……二人の男はぶつかり合い……瓦礫に埋もれた

リーダー格の男が倒されるのを見た他の連中はすぐに逃走を開始したが……私にはどうする事も出来ない……なぜなら……反動が来て……体が悲鳴を上げている……

人間の本来の限界を超えた速度で動けば……こうなる事はわかっていた

意識が朦朧とする……頭に酸素が……

「冴!大丈夫か!」ようやく……娘の所に辿り着く事が出来た警部が……目隠しを外し、縛られていた紐を解くと……二人で抱きあうものだと思っていたが……

「馬鹿!なんで……こんなことするの!」娘は容赦なく、立花警部の顔をひっぱたいた!

「なんで……人に迷惑をかけるの!そこまでして……私を助けても……私は……」

涙を流しながら冴ちゃんは……叩き続けた……警部は……それを……無抵抗で受け続ける……

「私を助けられても……お父さんは……自分の友人を見捨てた苦しさで……」

私は、冴さんの手を掴んで止めようとする……やけに細い腕だったが……反動で力が入らない体には……何とか抑えられる……

「離して!私は……私は……」

「本当は嬉しいけど、裏切られた私と言う存在がいる手前……素直に喜べないんですよね?」

取り乱していた……冴さんが動きを止める……

「意地悪です……って……あれ?どこかで会いましたか?」

落ち着きを取り戻した冴ちゃんが、私の事に気がつく

「冴、その男が、お父さんが裏切った友人で……何度か会っていると思ったが、覚えてないか?」

冴さんが少し考えるようにして……

「なんとなく覚えているけど……それとは違う……あっ……あ!!!」

急に冴ちゃんが私に指をさしながら大声を上げる

「和服じゃなかったから……気づくのが遅れました!」

そう言われると、確かに今はいつもの服装じゃなく、目立たないように、ジーンズとワイシャツだ。

「ああ、この服装で気づかなかったんですか、昔はよく遊びに行ってたんですけど……」

「違います!この前の週末です!」

「週末?え~と……」

冴ちゃんにそう言われたが、最近忙しくてよく覚えていない

「冴……それって……あれ……か……?」

何か心当たりがあるのか、警部が挙動不審気味に冴ちゃんに話しかけると……

「そうだよ!!お父さん!なんで娘の恩人に仇で返すような真似を!!」

恩人?

「俺だって知らなかったんだ!そもそも、和服だって初めて聞いたぞ!」

「だって怖くて……あまり思い出したくなかったんだから……」

どういう事だろうか?あまり話についていけない、それどころか、反動が辛くて意識を保つことすら……ああ……薄れていく意識の中……思い出した

「クレープのときの……子か……」

私はそう言うと……体から力が抜けて……地面に倒れた……


***

次に目が覚めた時……私は……警察の医務室に居た……警部に聞くと

とりあえず……娘を助ける事が出来たから、倒れている奴らに話を聞くべく、警察に通報したのだ。ちゃんと部下に事情を話して、連絡が来るまで、待機を命じていたから、すぐに動いてくれた……脱走と言われもしたが……その誤解も解け……警部は事情を説明したらしいのだが……そんなにすぐに信用されるものだろうか?

「それはこいつを見てくれ」

懐から私のICレコーダーを取りだした?

あれは確かに壊れた筈なのに……そう思ったが、証拠を狙ってくると予想出来た警部が似たものを壊させたのだ……

「それより……お前……俺の知らない間に……すまん……娘の恩人に……こんな仕打ちをしてしまって……」

警部が頭を下げる……

「俺自身の恩人だけでなく……娘の恩人まで……傷つける真似をして……」

「別に、私は無事なんですから……それに……あれって、暴徒鎮圧用の弾丸で私を殺すつもりは初めから無かったでしょ」

「だが……それでも……」

「もう済んだ事だから……」そう言おうとした時……

「警部!大変です!例の二人が……」部下が来た事で、警部の顔が引き締まる

「連れていかれました……受付が手違いで脱走と伝えてしまい……娘さんはショックで……気を失って……父親という人物に……」

警察を信用するな……あのメールの内容が……理解できた気がした……





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