転生者の皆さんにインタビュー

風崎時亜

第1話 お茶、自由に飲んでくださいね

 

 5月23日、某社46階の会議室では、一風変わったインタビュー会が開かれようとしていた。

 

「えー、本日は私の『転生者の皆さんは一体どんなモチベで生きている?』という企画の為にお越しくださり、ありがとうございます。進行&インタビュアーを務める立花由奈たちばなゆなと申します。あ、各自机上にあるペットボトル『や〜いお茶』、どうぞご自由にお飲みくださいね」


 進行役の由奈が一人元気よく喋る。

 さほど広くはない会議室には、数人のメンバーが集まっていた。

 皆それぞれ不思議な格好をしている。

 まるで何処かのファンタジー映画に出て来そうな賢者の姿、冒険者、僧侶、勇者、淑女、中にはもしかして魔王?の様な格好の者もいた。


「…いや、これは一体…」

「お越しくださりも何も…招待状も何もなくいきなり召喚されたのだが…」

 その内の数人が話し出す。貴族なのだろうか。何処か中世っぽい華やかな衣装に身を包んでいる。

「どうしました?」

「そもそもここは…日本ですか?」

 いかにも恐ろしげな魔王の姿の男性も言う。

「そうですよ?皆さん転生者ですよね?なれよ系の小説で転生する人はだいたい日本人でトラックに轢かれてますよね。現にここに召喚されていますし」


 由奈の説明に一堂は会議室の奥に置いてある机の上を見た。

 そこには大判の模造紙を何枚か繋げて拙い魔法陣を描いた物があった。中心に依代よりしろなのだろうか、日本の四大トラックメーカーのエンブレムが適当に置いてある。

「俺達…あんなちゃちい魔法陣でここに呼び出されたのか…」

 冒険者らしき者が残念そうに呟く。


「いや、俺はゲーム中にバグで異世界に召喚されたね」

 窓際に立って降ろしてあるブラインドの隙間から外を覗き、高さに少し驚いたがすぐに冷静さを装った勇者風の男が言った。


『高い所苦手なんだな…』

『タワービル昇ったことないのか田舎者め』

『あれで勇者なん?』

『分かるわ〜俺も高い所苦手』

 それぞれの心の中で思う。


「勿論そういうタイプの方もいるでしょうからPCもありますよ」

と、由奈は反対の端を指差した。机にはゲーミングPCがあり、その下には同じ様な拙い魔法陣を描いた紙が敷いてある。

 勿論、先に呼び出された者達はその勇者が背中からPC画面を通ってデロリと召喚された情けない姿を見ていた。更に彼は召喚された後に白目を剥いて少し気を失っていた事を誰も遠慮して言い出さない。


「ちょっと、俺さ、異世界に召喚されたからもう帰れないと思ってめっちゃ向こうで頑張ってたんだけど。こ、こんなに簡単に帰れるものなのか?俺が借りてたマンションとかどうなってんのかな」

「そうだ、俺も親とか友達とか…泣いただろうなって…」

「トラックの運転手にも悪い事したなぁって思ったりさ。いや〜俺は徹夜明けでぼーっとしてて…」

 数人が現実に気が付いてわらわら言い出した。


「いや、そうじゃなくて、私が聞きたいのは皆さん異世界で何をして、いや、何をモチベーションにして生きてらっしゃるのかなとかいう辺りを聞きたいわけですよ。それにあなた方が亡くなった後の事とか…何年前です?」

「俺は2011年」

「俺2014年」

「お、俺は2013年かな」


「やっぱり一昔前に転生物が流行った時期ですね。今は2023年ですよ」

「え?」

「え?」

「え?」

「だいたい引き篭もりで友達も居なかった人が多いんじゃないですか。コンビニに買い出しに行く途中でトラックに轢かれたとかでしょ」

「偏見だ!」

「そうだ、俺はゲーム内では友達いたからな。ちょっと知られたギルドマスターだったんだぞ」

「もうその発言が廃人…」


「…まあいいです…」

 由奈が伏目がちになって手元のデジタルボイスレコーダーを弄った。

「皆さん転生されてからは日本の現実にいた時とどう変わりました?世界観はどうなんですか?」


「俺は剣と魔法の世界に転生して、自分にも魔法が使える事が分かったから練習してギルドに登録してパーティーメンバーと魔物退治に回ってる」

「はい、ありきたり」

「俺は転生前に神に会ってチート能力を授けられて勇者に転生、魔王を倒す旅をしている」

「うう。つまらない」

「俺は異世界の食材を使って料理をする様になった。評判が良いから王宮のお抱え調理師になったぞ」

「あるなぁそれも…」


「わ、私は…」

 珍しい女性の転生者が口を開いた。

「ゲームの世界の悪役貴族令嬢に転生して、悪役の筈なのに良い人になって行く過程を演じてます」

「女性ってそういうの多いですよね」


 由奈は誰の話もつまらなさそうに聞いていた。その内一人が言い出す。

「あんた、勝手に俺達を呼び出しておいてさっきからなんなんだよ。なんのつもりなんだ?俺達はそれぞれ一生懸命転生先で生きてるんだ。放っておいてくれよ。日本でまともに社畜として暮らしてるならそれで良いじゃないか」


「私だって面白い話が書きたいんですよ。でも仕事も忙しいしなかなかアイディアも湧かないからこうして実際の方々に聞こうと思って呼んでみたんですよ。なのに誰も彼もありきたりでもうつまんないって言うか…カケヨメやアルファルファとかの小説投稿サイトに溢れとるわそんなもん」

「ちょっとなんなのその言い方!」

「そうだ、お前俺達の時間も奪ってるんだぞ?もう帰らせろよ!」


 ゲストが怒り出した。それはそうだろう。由奈の態度は誰が見ても悪かった。

「…そうですね。私が悪かったです。もう帰っていただいて結構ですよ。そのお茶、お持ち帰りくださいね」


 由奈はそう言うと空中で手を振った。

 たちまち光の魔法陣が浮かび上がる。

 賢者が驚いて言う。

「時空魔法陣…!?やっぱりお前…まさか『朱の魔…女』!?」

 彼が言い終わったのは、時空の彼方に吸い込まれて行った後だった。

 

 会議室の光が消え、静かになった。

 もう誰も居ない部屋で、由奈はガサガサと机の上とPCの下の模造紙を片付ける。

「やっぱり雑魚を呼んで来るようじゃ面白い話書けないよねぇ…修行しなくちゃ」


 その時トントンと会議室の戸をノックする音がした。

「おーい、立花か?15時から企画部がここ抑えてるんだが、用は済んだか?」

 上司の声だ。

「はい、大丈夫です。今終わりましたので出ます」


 由奈は元気に返事をして、会議室から出て行った。

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