第5話『屋上の義兄弟』

「何言ってんだ、おまえら」


 盾崎がずかずかと俺に歩み寄ってきて見下ろす。一昨日の焼きまわしかな。俺のことを見下ろすのが好きですね盾崎くん。

 身長が百九十センチオーバーの盾崎が傍に来ると、まだお昼なのに太陽の光が見事に遮られる。

 さっきの不良達には恐怖を感じなかったけど、このガタイですごまれると恐怖を感じ、なかった。

 あれー、俺ってこんなに強心臓だったか。


 そして盾崎は俺の肩に腕を回して宣言する。


「いいかお前ら良く聞け、こいつ夷塚悟は俺と兄弟の契りを交わした魂の兄弟だ。今度からコイツに喧嘩を売るなら、俺がまとめて買ってやるから、そう頭と体に刻んでおけ」

「は、はいーー!?」


 了解の「はい!」なのか、困惑した叫びの「はいー?」なのか、判断に迷う絶叫だな。

 それにしても兄弟の契りを交わした魂の兄弟って、任侠映画みたいに杯でも交わしたのか、教えて幻覚さん。


『バカかテメェは、タンクである俺の前に出てどうすんだよ、しかも魔狼に利き腕を噛み千切られかけるなんて、大バカ野郎だ、俺なんて庇う価値ないだろうが、元の世界ではテメェをいじめていた張本人だぞ、見捨てるのが当たり前だろ!!』

『ごめん、気が付いたら体が勝手に動いてた』

『何で助けたテメェが謝る。救えねえレベルのバカ野郎だな、テメェは、ケガ人じゃなかったらぶん殴りたい』

『あはは、ごめん』

『まったく、右腕は本当に大丈夫なのか』

『ヨシカが完璧に治してくれた。ちょっとだけ痕が残ったけど痛みは無いし、傷は男の勲章って言ってる映画もあるし、狼の歯型なんてカッコよくない』

『チィ!』


 盛大な舌打ちをされました。


『元の世界も含めて、散々いじめて悪かったな、この借りは必ず返す。あっちに戻ったら借りた金も必ず返すから死ぬんじゃねえぞ』

『俺も死にたくないから頑張るよ』

『絶対だからな、死んだら叩き起こしてぶん殴る』


 殴ってばっかだ。


『飲めよ』

『これは?』


 小さなお皿のようなコップに入った液体を差し出された。


『衛兵の連中から貰ってきた増血剤だ。傷は治っても流れた血までは戻ってないだろ』

『ありがとう、って、なにこれ、お酒!?』


 喉を焼くような刺激で咽る。


『間違いなく増血剤だぜ、ちょっとアルコールが入っているだけだ』


 そういって、空になった皿コップにもう一度、増血剤を注ぎ、今度はタンガ自身が飲み干した。


『カー、この酒、思った以上に強かったな』

『やっぱり酒って言った!』

『細かいことは気にするな、ここは日本でも地球でもないんだ、法律なんて関係ない。だが、これで俺とテメェは兄弟の契りを交わした』

『兄弟の契りって、極道ドラマとかでたまにやる』

『ケンジの話だとこっちの世界でやると呪術的にも強力な結びつきができるとか、難しい事を言っていやがったが良く覚えてねぇ、細かいことは気にするな、ようは、これでお前がタンクである俺よりも先に死ぬことはなくなった。そういうことだ』

『どういうことだ』

『だから、細かいことは気にするなって、改めてこれからよろしくな兄弟』

『え、うん、よろしく』

『これで、なんの問題もなくなったな』

『いや、問題は残ってるよ、大事な前衛不足って問題が、レンサクやケンジのおかげで支援体制は整ったけどアタッカーが足りない』


 俺がケガをした根本の問題はそれなんだ。


 俺たちのパーティーは後衛要員が多く偏っていて、アタッカーは聖騎士であるヒカリ一人だけ、今日みたいな混戦になるとサリの殲滅魔法も使えなくなり、唯一の盾役であるタンガの防御を突破されてしまう。


『だいじょーぶ、前衛不足問題は、このあたしが解決してみせましょう。サトッチのアドバイスを受けて閃き特訓した結果、新しい必殺技の開発に成功しました。これでタンガッチへの負担も減らせて、もうサトッチが無謀な飛び出しをしなくても良くなります』

『ホントかよ、それ』

『だいじょーぶ、わたしを信じて任せてみなさい』


 今回の幻覚は真帆津さんと盾崎の共演であった。俺もけっこう喋っていた真帆津さんの必殺技も気になるけど、一番重要なのは、マジで兄弟の杯を交わしていた。あくまでも幻覚の中でのことだけど。


「わかったなお前ら、これからはサトルに手を出すな、出すならまずは俺からにしろ、いいな」


 ものすごいが眼力で睨みつける。


「は、はい、わかりました」


 きれいな四重奏の返事、どもりかたまで重なって聞こえたな。


「失礼します」

「あ、ちょっと、待った」


 キレイな九十度、直角お辞儀をした不良たちが立ち去ろうとしたが、それを真帆津さんが呼び止める。


「これさっき蹴り壊したナイフの弁償代、おつりは好きに使っていいから、もうカツアゲとかは辞めてよね」


 真帆津さんが差し出したのは、この日本で最高金額のお札が数枚、ナイフの値段なんて知らないけど、この不良たちが買えた物だ、きっと一枚でもおつりが出る。


「いいのか、いえ、いいのですか?」


 教師にすらタメ口の不良が丁寧な口調に言い直した。


「壊したのはあたしなんだから、弁償は当たり前」


 ためらう不良の手に強引にお札を握らせる。


「ありがとうございます、あねさん」

「誰が姉さんだー!」


 うきうきと階段を駆け下りていく不良たちに盾崎は盛大な溜息をついた。


「まったく現金な野郎どもだ、すまなかったサトル、せっかくの楽しい時間を邪魔して」

「いや、別に気にしなくていいよ」

「タンガくんも一緒にお昼食べる」

「いいのか、だったら俺も――」


 差し出されたお弁当に手を伸ばした盾崎の手が止まる。俺以外のスマホに一斉に着信があったみたいだ。

 それを確認した盾崎が学園の外を睨みつけた。盾崎だけじゃない、岸野さんも青磁さんも真帆津さんも同じ方向を見つめ険しい表情をした。


「参加しようと思ったが、用事を思い出しちまったから行くわ、またの機会に誘ってくれ」

「いいの」


 もしかして連絡内容が共通だったのか岸野さんが一緒に行かなくていいのかと確認をとる。


「いいって、お前たちはサトルと仲良く一緒にいろ、約束してたんだろ、いいねーサトルは三人の美女に囲まれての昼食なんて、やっぱ一つだけ貰っていくぞ」


「ああー」


「油断大敵だぞ兄弟」


 俺が最後に食べようと思って取っておいた一番大きい岸野さんのから揚げを摘み、一口で食べると不良たちが去っていった階段を下りていった。

 たったの一個、されど一個。

 あのから揚げは、例え大型の狼に素手で挑むことになっても譲るつもりはなかったのに、ガックリと肩が垂れ下がる。


「そんなに落ち込まないの、まだまだあるから、ここは大きな口をあけて深呼吸」


 俺は岸野さんに言われた通り、大きく口を開いて深呼吸すると。


「はい、あーん」


 一口で食べるのに丁度良いサイズのから揚げが入れられた。

 それを噛みしめと、幸せの味がした。

 何がおきた。目の前には自分の箸を持つ岸野さん、俺の口の中にはから揚げ、これは、信じられないが、ラブコメで必ずやるお約束のアレなのか。


「おかずが減っちゃったから、補填しとくね」


 岸野さんがかわいく笑った。


「ずるいですヒカリさん」

「やるね、さすがヒカッチ」


 ありがとう兄弟、俺は今とても幸せです。


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