#38 人間たちの思惑

「クソっ!クソっ!クソっ!」


金髪の男は、拳を壁に叩きつけ、品格のない言葉を連呼する。


「なぜアイツは誇り高き兵士を侮辱する!アイツはコネだけで成り上がったただの雑魚のはずだろう!いっそのことあの時に反旗を翻しておけば!」

「兄様!怒りを鎮めてください!」

「黙れネクス!どうやってこの怒りを沈めろというんだ!この怒りをどこにぶつければ良いというのだ!」

「鎮めてください!レヴァン様からも言われていたでしょう!」

「黙れと言ったはずだ!貴様も異形に惨敗を喫した出来損ないのくせに俺にいちいち口出しをするな!」

「っ…」


それを言われたネクスは、悔しそうな顔をして、黙りこくってしまっていた


「いくらモノにあたろうが、この怒りが鎮まることはない…仕方ない。異形どもを殲滅するとしよう」

「何を言っているのです!?以前の緊急会議でしばらくは偵察部隊と隠密部隊を送って異形側の動向を見るという意見で一致したんじゃないですか!?」

「口を出すな!今この場で貴様を殺しても良いんだぞ!」

「私を殺す以前に、兄様が他の“十天守護者オクトヘヴンス”に処分されてしまいます!私は兄様のことを心配して…!」

「口答えするなと言っているだろうがぁ!」

「あぐっ!?」


正面にいたネクスを、金髪の男“シャル・ワフル”はかなり力のこもった拳で強めに腹を殴った


「今ここで、お前が俺の気が済むまで殴らせてくれたらこの怒りは鎮まるだろうな?それも一興だ!」

「や、やめてください…!」

「怒りを鎮めたいんだろう?ならお前を使って怒りを鎮めても構わんな?出来損ないを最大限使ってやるというのだ。ありがたく思え!まずはその自慢の顔か?それとももう一度腹を殴るか?」

「ひっ…!」


そうして、狂気的な笑みを浮かべながら、シャルはネクスのことを何度も殴る。5回目に到達した時には、ネクスは血反吐を吐いていた


「ゆっくりと痛ぶってやる。俺の怒りが鎮まるまで、俺の心が満足するまでなぁ!」

「や、やめて…!かふっ!」

「まだ満足してないんだ。やめるわけないだろう?その代わりに顔は残しておいてやると言っているんだ。優しいだろう?」


6、7、8と、どんどん回数を重ねていく。3、7回目のみが顔で、他は全て腹部への殴打になっていた。そして殴られるたびに、朦朧としていても、次の殴打で目が覚める。そんな地獄に陥っていた


「やはり最後は全力で顔を殴るとしよう!潰れろ!」

「っ…!」


ネクスは声にならない声を上げて、恐怖に耐える。そして10回目に到達しようとした瞬間に、その殴打は、何者かによって止められた


「誰だ!っ!」

「とんでもない音がシャルさんの部屋からするから様子を見にきて欲しいと、貴方の側近に言われました…何をやっているのです?シャル」

「レヴァン。離せ」

「離すわけがないでしょう?今離せば、ネクスに殴打がいくのですから」

「だから離せと言っているんだ。お前は物分かりのいい奴のはずだろう?」

「残念ながら、私は融通が効かないんですよ…そんなことはどうでも良いです。早く答えなさい。貴方、何を思ってこんなことをしているのですか?」

「っ!?」


今まで感じたこともないレベルの殺気が、レヴァンから放たれる。反射的に距離を取る。少し広い部屋のため、距離を取るには十分だった


「は、はは、凄まじい殺気だな。仲間だというのに、なぜその殺気を俺に向ける?」

「笑わせますね。血縁関係の者に血反吐吐くまで殴り、悦楽の笑みを浮かべる狂人が仲間だ、と。私から見れば、貴方は狂気的なサディストにしか見えませんね。」

「そんなわけないだろう?以前の作戦の時に、ネクスは異形に敗北を喫していた。だから稽古をつけていたまでだ。少なくとも、レヴァン殿には関係のない話だろう?」

「確かに、“血縁関係”ないの話でしたら、私は関係ありませんね───」

「だろう?だから、お引き取り願───」

「───ですが、“十天守護者オクトヘヴンス”としての話ならば、関係ないわけではないでしょう?」

「貴様!」


そうして即座にシャルは戦闘態勢をとるが、それは一瞬にして崩れ去ることになる


「冷や汗、拭えてませんよ」

「!?」


いつの間にか、レヴァンはシャルの真横へ到達し、戦うまでもなく両者の中で決着がついてしまった


「貴方も、最近鍛錬を怠っているのではないですか?」

「貴様が早すぎるだけだ…!」

「そうですか」


興味もなさそうに、ネクスの方へと踵を返した。それを隙だと認知したシャルは、後ろから不意打ちをしようとした


「初めからわかっていましたよ。すでに“運命”は見えていました」

「何をっ!?がっはぁ!」

「貴方はそうなる“運命”だったのです。抗おうとしても無駄ですよ」

「ぐっ…レ…ヴァン…!」


シャルはレヴァンの回し蹴りで、地面へと伏した。そして意識のないネクスを担ぎ、シャルの方を向かず、言葉を放つ。


「もう行かせてもらいますね。このことは秘密にしておいてあげましょう。ですが、次、こんなことをしたら───」


その瞬間、レヴァンは凄まじい殺気を放つ


「貴方の全ては、ないと思うことですね」


その日シャルは、とてつもない程までの現実を叩きつけられることになる。だがもたらしたものは挫折ではなく、ただ憤慨する気持ちだけだった


(いつか誰よりも強くなってやる⋯!)

「独断でももうどうでもいい。まどろっこしいのはもうやめだ!俺は俺1人であの忌み者どもを殲滅してくれよう!」


そうしてシャルは自身の独断によって、異形たちの殲滅への決心をした。その決心は、この物語を大きく動かす起点でるとも知らずに…

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