謝罪会見 18
同行を許された側近は私だけでした。
こよみ様はひとりで行くと申されたのですが、さすがに族長と二人きりで行かせるわけにはいかず、食い下がると族長は私たちの顔ぶれをひとしきり眺め回し、それから私なら良いと告げたのです。
理由を訊くと側近の中で私が最も中庸だからだと答えました。
中庸、つまり凡庸ということでしょう。
バカにされたようで少々へこみましたが、それでも同行が許されたことにホッとしました。もちろん腕の立つ者が着いていくべきだと考え、そう提案しましたがこよみ様は許されませんでした。
族長の話ではそこには精霊が居着いていて許可なく立ち入った者には容赦の無い
そう云われてはそれに従うしかありません。
武術の心得などない執事のような私でもいないよりはマシという結論になり、族長とこよみ様、そして私の三人でその冥界の透目とやらに向かうことになったのです。
ねばつくように濃厚な湿度と気温。
間断なく降り注ぐ霧のような小雨。
頭上でさんざめく盛大な葉擦れ。
熱帯の樹林を集落からさらに奥へと分け入ると行く手を突如として直立した岩盤断層が遮り、族長が手にしたカーバイドランプの光がその様相を仰々しく照らし出しました。
オレンジ色の光に切り取られた真っ黒な岩肌。
ランプが振り撒くうっすらとした硫黄の臭気。
止めどない不安に駆られて唾を飲み込むと族長がランプの光を横に振って行き先を示しました。
そしてその岩壁を伝い、しばらく足を運んだ所にポッカリと口を開けた岩の裂け目があったのです。
不意にその場で族長が
そして傍にランプを置き、両手を組んでそこに顔を埋めてなにやら呪文のような、祈りのような聞いたこともない言語を唱え始めました。
するとなんということでしょう。
その岩の裂け目が青白い光を放ち始めたのです。
それにはさすがのこよみ様も族長の後ろで言葉もなくただただ瞠目していました。
もちろん私などは言うに及ばず、息をするのも忘れてその光を見遣るほかはありません。
どれくらいの間、そうしていたでしょうか。
族長がフッと顔を上げ、ゆっくりと振り返って私たちに端に避けるように目配せをしました。そして自身も立ち上がり、岩の裂け目から少し離れた場所へと移動し、またそこで両膝を立てて座りました。
「そこは死者の通り道です。こちらへどうぞ」
そういって手招きをした族長に従い、こよみ様と私は彼のそばに足を運びました。そればかりかこよみ様はお召し物(そのときは白の甘トップスシャツにベージュのチノパンというカジュアルな装いでした)が汚れるのも厭わず、同じように両膝を地面に着いて祈りのポーズを作りました。
もちろん私だけが突っ立っているわけにもいきませんのでそれに倣いました。
ただ族長の言葉が気になりました。
死者の通り道。
普通なら一族に伝わるオカルト的な概念なのだろうと得心したはずですが、目前で放たれ続ける青白い光が紛れもなくそれが真実であると告げていました。
そして滑る土の冷たさを膝に感じながら呆然と青光を見つめていると、やがてふとそこに何かが蠢いていることに私も気がついたのです。
最初、それは光に紛れ込んだモザイク模様のように見えました。
けれど目を凝らしていると次第にその形状が明らかになり、やがてそれがなんなのかはっきりと分かった時、私は思わず小さな悲鳴を上げてしまいました。
それは透き通った人間の姿だったのです。
その透明な人間が光の前に列を作り、そして一人ずつ吸い込まれるようにその岩の裂け目に消えていくのです。
青白い光に浮かび上がった彼らはまるで揺蕩う水の結晶のように神秘的で怖気がたつほどに美しく見えました。
そうです。
それが死者というものでした。
そのときの私には思考する余裕など微塵もありませんでした。
こよみ様の護衛役であることなどすっかり忘れ去って、数えきれないほどの美しい死者の列に見惚れているとそのうちに族長がたどたどしい英語でポツリと漏らしました。
「今夜はいつになく多い。きっと嵐のせいでしょう」
それを耳にした私はハッと我に返り、そばを見遣るとこよみ様は恍惚とした表情を浮かべていらっしゃいました。
やがて死者の列が途絶えると青白い光は暗闇にその余韻を散らつかせたあと消えてしまいました。
すると族長はおもむろに立ち上がり、裂け目の前でまた膝を付いて不可思議な言葉をひとしきり唱え、どうやらそれで事は全てを終えたようでした。
集落に戻ったあと、その摩訶不思議な儀式について族長は詳らかに明かしてくれました。
つづく
うおおおッ、集中力が続かない。
すぐにネトフリに行ってしまう。
だめだ、みんなオラに力を貸してくれぇッ(元気玉かよ)
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