謝罪会見 10

 それは途轍もなく長い時間に思えた。

 鐘古氏の背後、側近の近藤と並んで立つ松本氏ははこの中でその時間を持て余し、そして恐れつつあった。

 エレベーター内は日焼けした自分の二の腕が青白く見えるほどに明るい。

 そして鐘古氏が放つ芳しいフレグランスが気持ちをしっとりと落ち着かせる。

 けれど、それにもまして凄まじい速度で地中深くに潜っていくこの得体の知れない匣の圧迫感たるや、幾度も死地を渡り歩いてきた松本氏でも悠然と耐えられるものではなかった。


「あの、鐘古様。これはいったいどこまで……」


 そう尋ねるとすぐに少しばかり殺伐とした声色が返ってきた。

 けれどその矛先は松本氏に向けたものではない。


「あら、コンティー。どういうことかしら」


 そして振り返った鐘古氏が訝しげに睨むと近藤はたちまちたじろぎ、両の手のひらを胸の前でひらひらと振った。


「いえ、いえ、私はちゃんと。松本様、私、ちゃんとお伝えしましたよね。こよみ様のことをお呼びするときにはって、ね、ね、ね」


 近藤に鬼気迫るまなざしを向けられて松本氏は危うく頷いてしまいそうになったが、それでも天下の女帝をコヨミンなどと馴々しく呼ぶことなどできるはずもない。


「え、あ、ええ、お聞きしましたけど。え、でもあれって冗談ですよね」


 その返答に深いため息をついたのは鐘古氏だった。


「コンティー、減点1。あとでお仕置きだからねぇ」


 目一杯低い声で放たれた抑揚のないそのセリフに身も余もなく震え上がる近藤に憐憫の情を感じないでもなかったが、松本氏にはそれよりも断然、気にかかることがあった。


 シースルーエレベーターは最初、雲掛かる空から発し、あちこちに硫黄と煙を生ずる恐山の奇観を捉え、かなり長い時間を要した後、やがて地中へと潜り込んだ。

 エレベーター速度の体感に変化はなく、その時間から逆算すれば、少なくともすでに地下100メートル近くには達していることになる。

 高さ500メートルの建造物の地下基礎にとてつもない深度を要するとしても、さすがにそこまでの深さは必要ないであろうし、その階層まで作る必要などあるわけもない。

 とすればこれは鐘古氏の智略のひとつに違いなく、この地中深く、行き着く先には他者の思慮の及ばない何かがあると考えて間違いない。


 –−− 被害者は私たちだけではない –−−


 鐘古氏の言葉が耳に甦った。


 なんだ、この嫌な予感は。

 

 背筋が緊張で強張った。

 歴戦の経験によって手に入れた松本氏の精巧な危機感知センサーがアラートを鳴らし続けている。

 そのプレッシャーに耐え切れず松本氏は再び口を開こうとしたそのときだった。

 ほぼ同じタイミングで身体に浮遊感を感じるほどエレベーターの速度が急速に落とされ、さらに数秒後には完全に停止した。

 刹那、静寂が流れた。

 そしてドアがゆっくりと開くと現れた光景に松本氏は呆然と目を瞠いた。



 ********



 一方その頃、烏丸氏たちを乗せたキングスタリオンはようやくバベルに到着しようとしていた。


「うおッ、すげえな、おい」


 黒光りしてそそり立つ巨大な塔を窓から覗いた七倉イルカ氏は興奮を隠せず清楚系OLにしてはずいぶんと乱暴な言葉遣いで感嘆のセリフを吐いた。

 するとその胸元に抱かれたナッツもどこか嬉しげにWONと吠える。


「いやあ、たしかにこれはすごいね。鐘古さんもよくこんなお化けみたいな塔を建てたものだよ。いったいいくら掛かったのか、聞きたいような聞きたくないような、ねえ」


 コックピットのドアの隙間から垣間見えたバベルを見て、ため息混じりに緋雪氏がそうこぼすとご主人が「ううむ」と低い声で同意する。


「まあ、先進国の国家予算よりも鐘古さんの総資産の方がはるかに優っていると聞きますから、金額のことだけなら彼女にとっては別段たいしたことはないのかも知れませんね」


 ブロ子さんが呆れたようにそう評すると、そばにいた龍洋人氏も何度かうなずく。


 するとそのときコックピットから烏丸氏が姿を現し、鋭く言い放った。


「諸君。これより当機は着陸体制に入る。とはいえ高々度ポートへの着陸には強風がつきものだ。大きく揺れることが予想される。塔への接触もありうる。各自着席して対衝撃体制を取っておくように」


 そしてその指示に皆が青ざめる中、烏丸氏は落ち着いた足取りで自分の座席に着き、それから思い出したように言葉を付け足した。


「ああ、そういえば先ほど興味深い情報を得た」


 全員が顔を向けると烏丸氏は立てたミリタリーコートの襟のたもとで傷のある頬を怪しく歪めた。


「到着後、我々は最下層の地下に案内されるらしい。そしてそこで待っているものはずいぶんと剣呑な余興のようだ。場合によっては命のやり取りさえあるやもしれんから一同、覚悟して来いとこよみ氏からの伝言だ。フフッ、楽しみだな」


 次第に高度を下げていくキングスタリオンの機内に押し殺した烏丸氏の笑声が低く鳴り響いた。


 

 つづく


 

 皆様の優しいメッセージのおかげで那智は復活いたしました。

 さあ、この謝罪会見(なのか?)もそろそろ終盤です。


 バベルの地下でみなさんが見るものとはいったい……。

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