謝罪会見 5

 どこだろう、ここは。


 うっすらと目を開いた那智は自分が大空に投げ出されてしまったかのような錯覚に陥った。

 視界は一面、恐ろしいほどに澄んだ青い空だった。

 そして次の瞬間、直射日光が差し込んでその眩さに那智は小さく呻いた。


「気が付かれましたか、那智さん」


 その声は耳のすぐそばで聞こえた。

 それは松本氏の声に違いなかったが、けれど少しくぐもって、ちょっと機械的にも聞こえる。奇妙に思えたので耳を触ろうとするとその指先に硬いものが触れた。

 すぐにその正体が分かる。

 ヘッドフォンだ。しかも大型の。

 どうやら松本さんの声はここから聞こえてくるらしい。

 でもなぜこんなものを。

 

 訝しげに顔を横に向けると短髪にヘッドセット、レイバンの軍用サングラスのよく似合う松本氏の小さな顔が手が届くかどうかギリギリという距離にあった。

 そしてさらに視線を移すと彼女は戦争映画でよく見かけるようなちょっとボディラインの際どいカーキ色のインナーに濃紺のファティーグパンツという出立ちで、前方に突き出した片手にはなんだか操縦桿のようなものが握られている。

 さらに状況がよく分からなくなった那智は混乱気味に呟いた。


「え、えっと、ここは……?」


「この機体はMH-6リトルバード。小型軍用ヘリです。そして現在、上空4500メートル。巡航速度200キロで真北へ向かって航行中です」


「へ?」


 生真面目かつ詳細なその返答に一旦は冗談だろうと首を傾げた那智であったが、言われてみれば少し離れたところで爆音がひっきりなしに鳴っているような気もして、とりあえず視線を四方に巡らせてみた。

 するとまず自分が革製のシートに座らされて四点シートベルトで体を固定されていることが分かり、次に遥か眼下に深緑のグラデーションを描く山脈のうねりを見つけて思わず悲鳴を上げた。


「ひーッ、空中じゃん!浮かんでるじゃん!地面ないじゃん!高いの怖いよ、高いの怖いよぉー、ひーッ」


 とても作家とは思えない貧弱なボキャブラリーで自分の置かれた状況を大声で喚き散らす那智に、さすがの松本氏も堪え切れなくなった様子で短く諫めた。


「那智さん、お静かに」


「だってぇ、ぐすん。那智は高所恐怖症だもん。仕方ないもん、ぐすん」


 すると今度はショックのせいか幼児返りして泣きじゃくる那智に松本氏は呆れ果てたようにため息をついた。


「まったく。先生ったらなんでこんな情けない男を保護して連れてこいだなんて」


「フフフ、聞こえてるわよ、松本」


 不意にヘッドフォンから聞こえてきた声に松本氏は背筋をスッと立てた。


「申し訳ございません、千弦先生」


「別にいいわ。だって、私もそう思っているもの。でもしょうがないじゃない、鐘古さんが是が非にでもって云うんだから」


 その言葉に松本氏はいまだ副操縦席で身も世もなく震えている那智を一瞥してわずかに首を捻った。


「はあ、しかしなぜでしょう。それなら謝罪会見の場で問い詰めてしまえば良かったのでは?それともこの男になにか別の使い道でもあるのでしょうか」


「さあね。でもただの気まぐれで鐘古さんがこんな大芝居を打つ訳がないわ。きっとなにかある。とりあえずあなたは那智を無事に送り届けなさい。私は他の関係者を連れて今から飛ぶところよ」


 雑音混じりの音声に松本は少し気になっていたことを尋ねた。


「しかし千弦先生。この急場でよくパイロットを手配できましたね」


「たいしたことじゃないわ。松本だって知ってるでしょう。私が命令すれば組織はいかなることも可能にする。これぐらいはベッドサイドにコーヒーとクロワッサンを持ってきなさいと云うのと変わらないのよ」


 松本氏はクスリと笑った。


「さすがです」


「それより到着目標地点を間違えないでよ。分かっているわよね」


「ええ、もちろん。あと二十分ほどで到着する予定です」


「そう、じゃあこっちから鐘古さんに伝えておくわ。あと未確認情報だけど、横田基地からF-16のスクランブルがあったらしいわよ。もしかすると、もしかする。くれぐれも気をつけて」


「了解。千弦先生もお気をつけて」


 通信が切れ、松本氏はもう一度那智の方を見た。

 そして泣き疲れて再び眠ってしまったらしい那智に再び首を傾げた。

 

 つづく



 さて、彼らはどこに向かっているのでしょう。

 答えはCMの後。


 じゃなくて明日か明後日。

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