恐山トリップ 3
湧水亭の駐車場でジムニーくんは名残惜しげにその奇抜な鼓動を止めた。
けれど空前絶後の荒業を全うしたK君と那智にはもはや地上に降り立とうという気力などは残されていなかった。
「なあ早よ、行こうでぇ」
そのD君の誘いにうなずくことはできても、荷台の高さから足を踏み下ろす自信はなく那智は立ち上がることさえ躊躇してしまう。
そしてそれはK君も同じだったようで、
「いや、ちょっと待って。なんか足に力が入らない。普通に歩けるか不安」
などと生まれたての仔馬のようなセリフを吐いた。
しかし、もしここで降りなければ座席の変更権利を放棄したことになり、しばらくすればまたあの苦行に立ち戻ってしまうことは明らかだった。
それだけは避けなければならない。
そして可能ならば旅を提案した成り行き上、今はS君の居座るあの助手席という名の天国をなんとしても奪取しなければならない。
そう決意を新たにした那智は痺れた脚に鞭を打ち、よろめきながらも荷台の後部から体を地面にずり下ろした。
すると続けてK君も覚悟を決めたようにフラフラと立ち上がり、さながら『ザ・リング』の貞子のように彼も車体から這い出してくる。
時刻はまだ午前十時。
天頂に達するにはまだ若い真夏の太陽が、けれど消耗し切って立ち尽くす奴隷たちの身をジリジリと焦がしていく。
顔を上げると真っ白な漆喰壁にそれを囲う炭柱の涼やかな古民家が目の前にあり、D君とS君はすでにその自動ドアを開け店内に立ち入ろうとしていた。
「K君、俺たちも行こう」
そう云って振り返るとK君はやはり何か心に決めたようにうなずき、なんならお互いに肩を貸し合おうといった素振りを見せながら二人、なんとか湧水亭の門をくぐったのだった。
つづく
次回、おからドーナツ(卯の花ドーナツ)をめぐる奇妙な攻防戦に突入!
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