どうしようもない悪人共


走る馬の背中に揺られながら、私達は語らう。


「そうかお前、気になってはいたがその腕……」


手綱を握るストランドが、私のヒラヒラと風の煽りを受ける右の袖をチラリと振り返る。


彼女には私がこれまでやってきたこと、辿ってきた道のりをかいつまんで説明した。


「なぁに、まだこっちが残っておる」


左腕を掲げてみせる。


「たく、一体どうやって助かったんだよお前」


そんなこと知るか、私の方が聞きたい、原理を説明してくれる奴がいるのなら真っ先に問い詰めてやりたい、私の体はどうなっているのかと。


「それで、何故あんなタイミングで現れたのじゃ?」


そんなのよりもまず気になっていることを尋ねた。


「言っただろ、政府連中のことは監視してるってな」


『当然ここにも潜入させてる奴がいたんだよ』と、暗い顔をして言うストランド。


「……そうか」


ふぅっとため息を着き、彼女はこう語る。


「定期連絡が途絶えたんだ、マメで優秀な奴だからな、ミスなんてのは有り得ねぇ、それにオレは何だか嫌な予感がしてな


お前が暴れてるって噂も聞いてたし、何よりこの基地に居る英雄ってのは少々イカれた野郎だ、即座に救出隊を編成して乗り出したわけだ


……ま、結果は死に目にどころか死体にすら会えやしなかったがな、全部燃えてすっかり灰になっちまいやがった」


手綱を握る手に力が籠っている、爪が肉を貫き血が滲む。


それを誤魔化すように彼女は声を張り上げ言った。


「だがまさかお前に会えるとはな!こいつはツキが回ってきたかもしれねえ」


「……どういうことだ?」


ストランドは『詳しいことは拠点に帰ってからだ』と言って速度を上げた。


※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※


「オレたちは奴らに最終戦争を仕掛ける」


机の上の地図、壁一面に貼られた作戦資料、集められた面々に立派な会議室、ここは反英騎士団の拠点のひとつ。


「政府打倒だ、お偉い方を丸ごとぶっ殺して、奴らの政権を乗っ取ろうって算段だ」


随分と乱暴な方法だと思ったが、どうやらそれが可能なだけの準備は既に済ませてあるようだ。


「連中の中にも居るんだよ、今の状況を良しとしない人間が、だがそういう奴は個人じゃなんの抵抗も出来はしない、ただ死ぬまで燻り続けるだけだ


だからオレ達が手を貸してやるのさ、情報を提供してもらって仲間を作って、説得して引き込んで作戦成功の足掛かりにするんだ」


皆の前に出たストランドは、私の目を見て言った。


「ま、その辺のゴタゴタはオレ達に任せてくれや、長い時間かけて地盤は作ってきた、後はそれが正常に機能するかの賭けだ


……でここからが本題なんだが」


彼女は部下に指示して資料を私に手渡させた。


「残る最後の英雄、その正確な位置が記載されてる」


——バサ。


手元の紙に急いで目を通す、そいつは確か唯一詳しい情報が分かっていなかった奴だ、調査を続けると言っていたがとうとう尻尾を掴んだのか。


「お前はお前の役目を果たしに行け、大元を叩くのはオレ達の仕事だ」


信頼の眼差しが注がれる、信頼と渇望の眼差し、いつからかずっと望んできた未来が今ここに迫っている、それを掴み取るのは私と私達だ。


「結局、最後まで一緒に戦うことはなかったな」


「足手まといだからな」


笑ってそう言ってやる、ストランドも笑みを返してくる、部下たちもヘラヘラと品の無い声で笑っている、きっとこれが最後の会話になるのだろう。


予感がある。


この中の大半が死んでしまうのだという予感、短いとはいえ彼らは私が稽古を付けた、多少なりとも愛着が湧いている。


「死ぬでないぞ」


だからこんなことを言ってしまう、さんざん自分の命を粗末にしてきた私が、他人を害し続けてきた私のような者が、今更他人の命を心配するなど。


そんな感傷めいた台詞を吐いた私を笑う者が居た。


「何言ってんだ女剣士、死ぬに決まってんだろ、ここにいる奴ら揃いも揃ってあの世行きだ、なんたって誰も生き残ろうだなんて考えていないからな」


騎士団のメンバー、悪人顔の中の悪人顔、鎧も剣も似合わない風体で邪悪に笑っている。


「そうさ、大義がどうなんてのは片隅に、俺達は結局戦いたいだけなんだ、志はあれど本命じゃない、あの憎たらしい害獣共を駆除できるのが


俺達を虐げ苦しめてきたあのカスみたいな連中が死ぬのが見たいだけさ、俺達はそういうどうしようも無い人間達さ、だからきっと死ぬだろうぜ」


ろくでなし、ろくでなしだ、私も彼も、こんな世の中を認められないだけの大悪党、犯罪者、滅んでしかるべきの。


「死んだ方がためになる、だからそうやって送り出してくれりゃ良い、さっさとくたばっちまえよって中指立ててな、それで俺達は遠慮なく行ける」


全員、同じ顔をしている。


「……どうしようもないな、貴様らは」


呆れて言葉もない、そして私も彼らのような同じ種類の人間だ、だから掛ける言葉なんて無くていい。


「ストランド」


「おう」


「達者でな」


「テメーもな、イカレ野郎」


作戦会議はまだ続く、だけどもうここに用はない、必要なモノは手に入った、そうするのに十分な土台は整った、さっさと残骸を始末しに行こう。


扉を開け、廊下に出て、振り返ることなく扉を閉める、見送りなんてものは存在しない。


もしまた会うことがあれば、その時はそうだな、稽古の続きでもつけてやるとしようか——。

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