捕縛


——戦いは苛烈を極めた。


着地で受けたダメージは思いの外大きく、私が集団を相手取る時にいつも気を付けている『決して足を止めないこと』が出来そうにはなかった。


「むんッ!」


ガギィィン。


……踏み込みが甘く敵を仕留めきれない。


その隙に別の角度から攻撃を加えられ、いつもなら難なく避けられるはずの一撃を防がされる。


防御に回って生まれた隙を突かれ、誰かが私に飛びついてくる。


反応は間に合っていたし予測もしていたが、突進に対して踏ん張りが効かず、あろうことか地面に押し倒されてしまう。


「なんの……ッ!」


倒れ込む時になんとか相手の首を取り、力づくで締め落として抜け出し、立ち上がる。


グラッ……。


だが足に力が入らず膝を着いてしまう、直後私は横面を殴り飛ばされて地面に転がった。


血反吐を吐きながら起き上がると、今度は真後ろから取り押さえられてしまう。


グヂュ。


首を絞められながら親指を相手の眼球に突き刺す。


悲鳴をあげながら離れていく男の腕を取り、思い切りこちらに引き寄せて首を薙ぐ。


体の向きを変えて切り掛るも、あと一歩距離が足らず致命傷を与えられない。


その程度の傷ではこの敵は止まらない、すかさず攻撃がやってくるが前方にばかり気を使っているとかえって危険だ。


右を見れば左から切り掛かられ、後ろを気にすれば前方から槍が突き出され。


足を使えない私では彼らを翻弄することが出来ない、まさしくいいマトだ、幾度も傷付けられながら少しづつ確実に敵の数を減らしていく。


しかしそれも焼け石に水。


一度に相手出来るのは五人が限界、そしてそのうち三人を仕留めきれない。


そうなると次は倒せなかった三人が加わった八人を相手取る必要性が出る、そうやって時間が増す毎に私に降り掛かる負担は大きくなっていく。


戦いは、早い段階で戦いではなくなった。


がむしゃらに敵に突っ込んで、無理矢理に地面に叩き落とし、顔を掴んで何度も地面にぶつける。


引き剥がされ、向きを変えて掴みかかり、顔面を何発も殴り付けながら飛び付き、首の筋肉ごと頸動脈を噛みちぎる。


溢れ出した血液を口に含み、それを敵の目に吹きかけ視力を奪い、ガラ空きの首を削ぎ落とす。


血と泥に塗れた取っ組み合い、足が使えない以上腕力に頼る他ない、とにかく敵との距離を潰して少しでも武器の使用を躊躇わせる。


当然全てを抑制出来るわけではなく、剣が使えないのならば石ころでも盾でも固いもので殴れば良い、あるいは組み付いて動きを封じるか。


四方八方から小突き回され、砂を掛けられ、髪の毛を引っ張られ。


相手の指を噛みちぎり、拳で喉を潰し、敵の体を盾にしながら首を突く。


殴られて吹き飛び、腹を蹴られて息が漏れ、背中を突き飛ばされて顔から地面に突っ込み。


敵の使う剣を奪い取って投擲し、岩を掴み取って兜の上から叩きつける。


鍔迫り合い、押し負け、尻もちをつかされて顔を踏みつけられ、腹に剣を突き刺されて唇を噛む。


相手の足を蟹挟み、引き倒して、顔面が陥没するほど殴りつけて殺す。


腹の穴から垂れ流れる血を手のひらに貯め、対峙した敵の顔に投げ付け、身にまとった鎧ごと袈裟に分断する。


それを蹴飛ばして飛び道具とし、振り返りながら力任せに刀をぶん回す。


飛び散る血飛沫を尻目に武器を構え直し、型も理合も投げ捨て縦横無尽に切り掛る。


防がれようが受け流されようが関係ない、盾に阻まれて鎧にかち当たっても、すぐさま次の一撃を繰り出し続ける。


初めは機動戦が出来ないことで苦戦したが、段々戦い方が分かってきた。


自分の状態に慣れたと言ってもいい、今最も相応しい戦い方が何であるのか、それを実行するためにはどうしたら良いのか。


それが分かってきた。


振り下ろされた剣をぶち弾き、構えられた盾を強引に叩き落とし、足だろうが腹だろうが切れる箇所を手当たり次第に傷つけていく。


致命傷でなくとも構わない、とにかく相手より多く攻撃しろ——ッ!


そこからは死者の数よりも負傷者の数が増えていき、まだ戦える状態にも関わらず戦意を喪失する者が出始めて、彼らの高かった士気が崩れ始めた。


少しづつ理解してきたのだろう、自分達が相手にしている女が怪物であると。


どれだけ切って刺しても、どんなに殴って踏みつけても、決して怯むことはなく襲いかかってくる。


真っ向からやり合った者は、目を覆いたくなるような仕打ちを受けた上で絶命させられる。


あるいは想像を絶する苦痛を与えられながらも死にきれず、床をのたうち回って泣き叫ぶ。


確実に追い詰めている、着実に消耗させている、にも関わらず一向に見えてこない勝ちの目、そしてまた仲間が一人倒される。


もちろん怖気づかずに前に出てくる者は居た、しかし戦場では勇敢な者から死んでいく、後に残されるのは臆病者ばかりだ。


ハナから戦って死ぬつもりなど無かった者、ただ弱者をいたぶりたかっただけの者、そういった連中は心が折れるのが早い。


故に、数えて九十八を殺した頃。


形成は完全に逆転した。


「ハァ……」


ピチャ、ピチャ。


歩く度に血溜まりが音を立てる。


少し周りを見渡せば死体が目に入る。


手も刀も髪も何もかも、返り血に濡れて同じ色をしている。


「次は……どいつだ……」


獲物を探して前に出る、すると奴らのうち一人が後退りをした。


だが逃げ道はない、それは私が塞いでいる。


彼らは変わったのだ、狩る側から狩られる側へと、数的有利を失った奴らにもはや勝機はない。


それから程なくして幾度か悲鳴が上がり、血溜まりの中に膝を着いて空を見上げる剣士の姿だけがその場に残された。


「……は、」


もう、立ち上がれぬ。


気力でどうにかなる段階では無い。


負傷と疲労の二重苦、無い指を動かせと言われても出来ないのと同じように、もう自分の意思で足を動かすことは出来ない状態にあった。


——ピーッ!


警備隊の笛の音が聞こえてきた。


それも当然か、何せ爆発が起きた上で建物がひとつ倒壊したのだから、異常を察知した彼らがここにやって来るのも時間の問題だろう。


……もっとも、だからと言って私にはどうすることも出来ないのだが。


逃げる気力は残っていない、這って移動したにしろそう遠くへは行けないだろう、自分の力ではもう立ち上がることも出来ないのだから。


諦めは嫌いだ、最後まで足掻きたい。


だが世の中にはどうにもならない事もある、これがそうだ。


夜を止められる人間が居ないのと同じように、今の私には抗いようがない、大人しく運命を受け入れる他ない。


「煙でよく見えぬな……」


最後になるかもしれない空を拝もうとしたが、崩れた廃ホテルから立ち上る黒煙のせいでそれも叶わない。


今日は散々な一日だった、そしてこれからもっと酷いことになる。


……良いさ、ひとまずは成り行きに身を任せよう、たとえ捕らえられてもそれで全てが終わる訳では無い、体力が戻り次第脱出すれば良い。


だんだん意識が朦朧としてきた、何度も頭を殴られたからそのせいだろう。


やがて時を待たずして、私の意識は暗闇に沈むことになった……。


✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「う……」


激痛に苛まれ目を覚ます。


反射的に刀を抜こうとするが、気を失う直前のことを思い出して手が止まる。


それにそもそも武器を携帯していなかった、伸ばした手は空を切った、そして急激に動いたことで頭だとか腹だとか色んな箇所が疼きだす。


「これしき……」


何とか体を起こそうとしていると、バタンという音と共に声がした。


「ちょっと!?動いたらダメよ!」


「な、ロイ?」


まさか彼女が出てくるとは思わなんだ、私はてっきり警察に捕まってしまったものと思っていた。


そういえば手錠も足枷もはめられていないな、もちろん彼女も。


ロイは包帯やら薬やらを敷き詰めた籠を手に、私のそばに駆け寄った。


「てっきり死んじゃったかと……!」


「まさか、ちょっと疲れただけじゃ」


いそいそと慌てながら処置を進めるロイ、よく見ると彼女は彼女のモノではない血で汚れており、それによって私はある事を思い出す。


「ウェインはどうなった?」


「知らない、あんなヤツ!」


おっと……地雷を踏んでしまったか……。


この様子だと喧嘩でもしたようだな、となると今は一緒ではないのか、気になるところだが恐らく尋ねても教えては貰えないだろう。


「とにかく、無事でよかった」


「……変な気分ね、アナタに無事を喜ばれるなんて」


言っている意味が分からず微妙な顔をしていると、彼女は私の目を見て言った。


「だってそうでしょう?アナタにとって私は非常に厄介な存在だわ、助ける義理もなければこんな風に重傷を負う必要だってない、だから……」


彼女の腕を掴んで顔を覗き込む。


「今更そんな顔をしないでくれ、巻き込んだのならせめて堂々とするのだ。


だからお主は厚顔無恥であるべきだ、責任を感じるのは全てが終わったあと、今はとにかく自分の身が無事であることを最大限喜んでいろ」


私の言葉に彼女は黙り、しばらく沈黙したあとで顔を上げた。


「……ごめんなさい、少し弱気になったわ」


ロイは『私らしくない』と言って自嘲気味に笑い、両頬をパチパチと叩いて頭を振った。


「また助けられちゃったわね」


「性分だ、気にしないでくれ」


救急箱が閉じられる。


「的確な処置じゃな」


「怪我の治療は慣れてるの、嫌ってほどにね」


微妙に含みのある言い方だが、その真意の程は分からない、きっと話す気もないだろう。


「ところでここは?」


ふと気になったことを尋ねる。


「隠れ家よ、幾つかあるって話したでしょう?ここはそのうちのひとつよ、もっともあのホテルほど豪華でも充実してもいないけどね


普通の民家よ、二階建てのね」


——ガタガタッ!


「……!」


今、下の方から音がした。


ロイもそれは聞こえていたようで、とっさにナイフを取り出し身構えた。


「ロイ、私の刀はどこだ」


「え……ま、待って!?」


被せられていた布団を乱暴に払い除け、体を起こしてベッドから降りる。


「アナタ正気……!?動いちゃダメだって言ったでしょ!」


声を潜めながら猛抗議を受けるが、彼女の静止を意に介さず、近くの壁に立てかけられていた自分の刀を手に取り廊下へ飛び出す。


「ダメ!待って……!」


「そこから出てくるな」


「っ……」


彼女を言葉で縫い付け、廊下を進んで階段に足をかけ、音を立てないよう素早く降りて行く。


最後の一段を跨ぎ、通路に出たところで私が見たものは。


「んーーっ!んーーっ!」


「大人しくしてろ……!」


顔に麻袋を被せられた男を乱暴に引きずるウェインの姿だった。


「……ああ?なんだもう歩けんのかよ、バケモンが」


「それは誰だ?」


『コレか?』と言って連れの男を蹴り飛ばし、彼は言った。


「俺達をこんな目に合わせやがった奴らの仲間だよ」

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