かなぐり捨てた人助け


瓦礫が飛び散る、天井が崩れる、周囲には黒煙が立ち込めており徐々に火の手が回り始めている。


砲撃は絶え間なく行われている、この調子だと建物が倒壊するのも時間の問題であろう。


ただでさえ古い建物なのだ、それに加えて長らく何の整備も成されていない、素人目から見てもそこかしこが老朽化しているのは明らかだ。


「クソ!ここもダメだ!通れない!」


「またなの!?」


これで通行不能になっているのは三箇所目、私の勘が正しければ次もきっとそうだ。


「エレベーターシャフトはつかえないの!?」


「さあな、だがケーブルを伝い降りている最中に箱が落ちてきたら一貫の終わりだ、俺はそういった賭けはしたくない!」


「でももうそれしか方法が……」


「私に」


ここで声を上げる。


残された方法はこれしかない、私がここに居合わせたから可能な方法がひとつある、それは先程船から脱出する際にやった事。


「私に考えがある」


視線が集まる。


「ま、まさかアナタ」


どうやらロイは察したようだ、顔が青ざめている。


「なんだ、何をする気なんだ」


ウェインの催促に答えるように、窓の外を指さして言った。


「二人を抱えてここから飛び降りる」


片方は呆然とし、片方は絶望の表情を浮かべた、意味こそ違えど理由は同じものだ。


「しょ、正気かお前……!?ここは十八階だぞ!?」


「分かっておる!だが他に方法がないのじゃ……!」


六階や七階ならまだ分からない、だが彼の言った通りここはそんな高さでは無い、オマケに自分以外の人間二人分の重みを抱えてとなっては。


正直無事でいられる保証は無い、むしろダメな可能性の方が高い、私はこれまで己の肉体の限界を試してきたが流石にここまでの無茶は初めてだ。


ウェインが後ろを振り返る。


「くそ……」


そこは既に火の海だ。


今からでは他の脱出路を探しに行くことは出来ない、仮に出来たとしてもそれが最後だ、次で確実に脱出路を確保出来なければ我々はおしまいだ。


ドォォォォォン……。


砲撃が直撃し建物が揺れる、今の一撃で天井に亀裂が入った、この廊下が瓦礫に埋もれるのも時間の問題だ。


「ああクソ!ちくしょう!」


悪態をつくウェイン、その顔には葛藤が浮かんでいる、ロイの方も覚悟を決められずにいるようだ。


だがもう悩んでいる時間は無い。


グイッ——。


「おわっ!」


「きゃあ!」


私は返事も待たずに二人のことを担ぎ上げた。


そして廊下の壁まで下がって助走の距離を確保し、息を整え、頭の中でこれからやる事のイメージをしっかりと作ったうえで。


「暴れてくれるなよ!」


と、自身にも向けた喝を入れ。


「神様神様神様神様……」


「ああ分かったよ!好きにしやがれこんちきしょう!失敗してもどうせ死ぬだけだぜ!」


一瞬の間を置いて、駆け出し。


許された数歩に全力を込めて加速し、地面を蹴り付けて跳躍。


——ガシャァァァンッ!


窓ガラスを突き破り、私達は大空に投げ出される。


そしてその直後、背後でとてつもない轟音が鳴り響き、爆発と共に建物が倒壊していった。


間一髪のところだった、あと数秒ためらっていたらアレに巻き込まれているところだった。


——だが安心するにはまだ早い!


「きゃあああああああああああああーーーー!!!」


ここから地上までは六十メートルはある!この星の重力は毎秒我らに加速を与える!そして地上に到達すると共にそのエネルギーが発散される!


先程はあぁ言ったが実の所策なんて何も無い、私に出来るのはただ全力で着地を頑張ることのみ、地面に足が着いた瞬間に全てを賭ける。


それだけだ……!


自由落下は瞬きの間に過ぎ去る、それ程までに自然の力は強大だ、走馬灯なんてモノは見る暇もなかった、墜落までほんの数秒だった。


ろくに考え事のひとつも出来ぬまま、我々は遥か数十メートル下の地面に到達した。


着地の衝撃を受け流す?地面に足が着いた瞬間が勝負?己の抱いていた希望がどれほど甘いものであったのかを、私は瞬間的に思い知った。


——ドッッッ


その後の事は分からない。


自分が咄嗟にどうしたのか、どう体を使ったのか、あまりに一瞬のこと過ぎて思考が追いつく余地など無かったのだ。


ただ唯一言えることは、私は持てる力の全てを使って生にしがみついたということだけ、自分と自分が抱える命を守ろうと必死にもがいただけだ。


「——!——!」


声が聞こえた気がした。


酷く、くぐもった声だ、まるで海中に居ながら地上の話し声を聞こうとしているような。


声に続いて冷たさを感じた。


身体が冷たい、だが頭は仄かに暖かい、まるでぬるま湯に浸かっているようだ。


揺れている、揺さぶられている、その度に鈍く熱く焼けるような痛みが込み上げてくる、それは全身を循環するが如く駆け巡った。


途端暗闇に色が戻る、地面の冷たい感触と硬さを認識する、痛みもさることながら私を最も強く呼び覚ましたのはなにより。


『闘争の気配』であった。


「……!」


ガバッ!


意識がハッキリすると同時に飛び起きる。


「うわっ!?い、生きてた……!?」


ロイの声、無事を確認、だが近くにあの男の気配を感じない、私は彼らを守りきったのか、いやまずは近くで繰り広げられている戦いだ。


「私の刀は!刀はどこじゃ!」


ロイの肩を捕まえて揺さぶりながら、自分の左腰に重みを感じて解決する、恐らく頭が正常に働いていないのだろう。


ロイから離れて抜刀、ふらつきながら前方を向き、目元に垂れてきた血を払って構える。


ようやく視界が晴れた頃、私の目に飛び込んできたのは紛うことなき戦場であった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


鉄のぶつかる音、肉が引き裂かれる音、血が滴り落ちる音、爆薬が炸裂する音、私が目を覚ました時そこはウェインと彼らの戦場だった。


私はそれを見た瞬間すぐさま飛び込んだ、そうしなければ危ういと判断したからだ、彼はとうに重症を負わされていた。


ウェインの背後から奇襲を仕掛けようとしている男を一撃のもと絶命させる。


「は……ようやくか……」


私が駆け付けると同時に、彼はその場に膝を着く。


そこら中に転がっている死体を見れば、彼がどれほどの間ひとりで戦っていたのかが分かる、だがしかしそれももう限界のようだ。


「気を付けろ……あいつら、強いぞ……」


「分かっておる」


奴ら私の介入があった途端、それまでウェインに行っていた猛攻をピッタリ止めている、迂闊に飛び込めば死と理解しているのだ。


「私が突破口を開こう、お主はロイを連れて逃げろ」


前方を睨み付けたまま、背後のウェインに告げる。


返答は無かった。


だが私はそれを肯定と捉え、未だ整わない平衡感覚と戦いながら両手に刀を握り締める、正直戦えるか分からないがやるしかない。


「——ゆくぞッ!」


おぼつかない足元に鞭を打って、若干つんのめりながら敵陣に突っ込む。


当然ながら簡単にはいかない、奴らはすぐさま迎撃に動いた。


四方から突き出される刃、私はそれを強引に押しのけながら体を使って前へ突撃し、膂力を以て無理やり道を切り開く。


その拍子に腕や足や横腹が切られるが、そんな小さな怪我などどうでも良い。


刀が邪魔だと判断した私は隙を突いて納刀、素手で槍を掴んで逸らし、刃をかちあげて体当たり、壁のように立ち塞がる盾を拳で砕く。


さながら暴走機関車。


自身の持てる最大出力を総動員して、障害物などお構い無しの猪突猛進、それは私より力の強い者でなければ止められない。


——つまり為す術が無いということだッ!


並べた積み木を片手で払い除けるがごとく、周囲を取り囲んでいた人壁をなぎ倒し、ただ一点の退路をその場に作りだした。


すかさず脇を抜け飛び出していくロイとウェイン、彼らは私ほど足が早くない、オマケに負傷もしているとなれば直ぐ追い付かれてしまうだろう。


それならば……ッ!


——抜刀。


全て殺す!全て!この場にいる者達全て私が始末する!誰ひとり彼らを追わせはしない!


死にゆく者が居たとして、私の力でそれを回避出来ると言うのなら、そこに躊躇いなど存在するはずもない!理由などそれだけで十分だッ!


「——いざ」


身勝手なる殺人をここに。

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