南東に輝く吉兆星


五人目の英雄、灰の指エルニスト=ガザールを殺したあと、私は騒ぎが収まるまでの間しばらく人目につかない場所に身を潜めた。


隠れるのは得意だ、厄介な追っ手もおらん、本気で逃げようと決めた私を見付けるのは相当な手練でなければ出来まいよ。


街は大騒ぎだ。


争いや死といった非日常から目を逸らした彼らであっても、流石に目の前で起こった出来事、それこそ命の危機においては流石に冷静でいられぬらしい。


半狂乱になって走り回る者、不安のあまり大声でがなりたてる者、泣き叫び震えながら蹲る者。


これまで見ないフリをしてきた『不安』や『恐怖』彼らは今それに直面しているのだ、現在に至るまで心の隅に蓄積した淀みが一気に溢れ出したのだ。


そんな正気じゃない現状において、逃走を行うのはそう難しい事ではなかった。


おかげで誰にも何にも邪魔されずへやって来れた。


なんて事ない裏路地、人気は無く窓もない、一見するとただの行き止まりにしか見えないその場所は、ストランドから『どうしても騎士団と接触したい場合に使え』と教えられた場所だった。


「来いとは言われたものの、一体どのようにして接触すれば良いのかについては聞かされておらぬ、はて如何にすべきか……」


と、その時。


「——やっぱりな、お前ならそうすると思ってたぜ」


後ろから声が掛けられた。


振り返る、そこに先程まで存在した壁は無く、家だと思われた物は偽装された地下への通路であった、そしてそこから顔を出した人物は言うまでもない。


「準備が良いのう」


何故だかひどく久しぶりな気がする再開に、最初に感じたのは『無事であったか』という安堵だった。


「ひとまず来い、色々と話したいことがある」


ストランドは顎で通路の奥を指し、万一にも人に見られたくないからとひとり壁の中に消えていった、私もすぐ彼女の後ろを着いて行く。


「尾行や追っ手は無いな」


「私が確認した限りでは」


ストランドは私の目を見て頷き、壁に設置されたレバーらしきものを引くとからくり仕掛けが動いたのか、外に続いていた道は音もなく封鎖された。


「この先だ」


そう言うと彼女は歩き出した。


私もそれに追従する。


通路は暗く明かりは無い、だがよく整備が行き届いているということは踏んだ地面の感じで分かった、ここはどうやら頻繁に使われているらしい。


私ほどでないにしろストランドは夜目が効く、足取りから察するにこれまで何度も利用しているだろうから特に躓く事もなくスイスイと先に進んだ。


隠し道は思いの外入り組んでおり、間違った方向に行けば罠が作動し生きて帰って来られないと言う、初見でここを無事に通り抜けるのは不可能だろう。


しばらく暗闇の中を歩くと出口に辿り着いた、ストランドは不思議な形状の鍵を取り出すとそれを扉に差し込み回した。


開ける時の挙動が不自然だったので、恐らく扉にもなにか仕掛けがしてあるに違いない、彼女ら騎士団が今に至るまで存在を悟られていない理由の一端を垣間見たような気がした。


「座ってくれ」


扉を開けた先は小さな部屋になっていた。


そこには机と椅子と寝床、最低限人としての暮らしが営めるだけの設備が整っている、さしずめ都会の隠れ家とでも言った所か。


椅子を引いてそこに座る、部屋には入ってきたのとは違う別の扉も備え付けられていた、あれは何処に繋がっているのだろうと考えていると声が掛かる。


「やってくれたじゃねぇか」


私の向かいの椅子を引き、腰を下ろしたストランド、彼女が何についての話をしているのかは聞く必要もなく明らかだ。


「すまぬな、絶好の機会だったのだ」


軽く謝罪を述べる。


そうは言ったもののストランドはそれ程怒った様子には見えなかった、むしろ浮き足立つような、内心の喜びを隠し切れないといった様子だ。


「噂は回ってきてる、何があったのかについては大体把握してる、そのうえでまずオレが言うべきなのは


よくやった、お疲れ様だってことだ、あとはよくも除け者にしやがったなっていう少々の恨み言位だな」


作戦を台無しにした事については本当に申し訳ないと思っている、結果がどうであれ連絡もせずに突然単騎で敵将を仕留めに行ったのだから当然だ。


しかしストランドはその事についてさほど言及するつもりは無いらしい、規律をおもんばかる彼女にしてはおかしいなと思っていると……。


「そうだな、まず最初から話そうか」


と言い今回の一件について詳しい説明が始まった。


「お前には黙って監視をつけていた、これはアマカセムツギが本当に信用出来る奴なのかをはかる最終試験みたいなもんだ」


お前なら気付いていたかもしれねぇがな、と付け加える。


「勿論お前が巻き込まれたの一部始終も見てたぜ、オレの放った目は優秀だ、お前が不意打ち食らって無様に気絶する所もバッチリと捉えた」


少々都合が悪く、佇まいを直すフリをして誤魔化す。


「最初はそうやってトラブルに巻き込まれたフリをして、攫われたフリをして、オレたちの存在を何者かに伝えようとしてるのかとも思ったがな。


報告で聞いたお前と『ヤツら』の戦いぶりは明らかに敵対している者同士のそれだった。


お前に着けた監視は騎士団のアジトで行われたあの戦いを見ている、オレもお前と殺す気で一戦交えてる、よって今回の騒動は偽装では無いと結論付けた」


なんとも合理的、そして理性的、これが上に立つ者に求められる資質かなどと感心していると。


「そこで問題となるのはお前の処遇についてだった」


ストランドはこの話の最も重要な部分に触れた。


私もそこが一番気になっていたところだ、正直連続してトラブルに見舞われた時点で切り捨てられたモノと思っていたからの。


先程あの裏路地に行ってみたのは念の為、ダメ元でという意味合いが強い。


「お前が地下へと連れて行かれたと報告を受けた時、オレが最も恐れたのは情報漏洩、これまで隠してきた騎士団の存在がお前の口から語られることだった」


立場上そう考えるのはごく自然じゃな。


「無論放っておく訳にはいかねぇ、だが救出に行くには相手の事が分からなすぎる、あの時点じゃあ連中の正体も判明してなかったからな。


とはいえ状況は一刻を争う自体だった、お前がいつまで保つか微妙だったからな、故にオレ達は多少無理にでも救出チームを作らなければならなかった。


危険は恐ろしく大きい、敵の戦力も地形も何もかも不明だからな、最悪の場合編成した部隊が全滅する恐れもあった、突入は全くもって良い手じゃねえ。


……そこで」


ひと息おいて彼女は言った。


「そこでオレは賭けに出ることにした、お前の救出は他の奴にやらせようとな」


その言葉を聞いて、私は全ての合点がいっていた。


「なるほどな、エルニストが言っていた『匿名の通報者』とはお主らのことだったか」


正確にはオレたちじゃあねぇけどな、とストランド、詳しくは教えて貰えなかったがどうやら他の誰かに通報を頼んでやってもらったようだ。


「だが危険ではないか?」


「そりゃな、ともすれば一発でオレ達の計画がパァになりかねない危険性を孕んでいた。


しかし短期間とはいえお前と旅路を共にしたオレの見立てじゃあ、運良く警備隊の連中に助け出されたお前が敵の本拠地で目覚めたなら


きっとやることはひとつだろうと踏んだんだ、お前なら目の前の標的を全力で殺しに掛るはずだとな、かなり雑な賭けだが無謀突撃よりマシだ。


おかげで色々と準備も出来た、お前が上の階で奴と戦ってる最中横槍が入らなかったのはオレら騎士団が下で警備隊共を抑えていたからなんだぜ」


ここで驚愕の事実が明かされた。


確かにあれだけ居た追っ手が途中からひとりも見当たらなくなったなと思っていた。


「つまり公に姿を現したのか?」


「目的の為だからな、ここで動かねぇでいつ戦うってんだよ、オレたちが隠れてるのは英雄打倒に向けて準備を確実に整えるためなんだぜ」


そうか、そうだったのか。


「被害は?」


「ゼロだよゼロ、連中拍子抜けするぐらい弱かった、やっぱ戦場に出たことが無いのはダメだな、集団戦になりゃ差は一目瞭然だ、ありゃ戦いですらねーよ」


この様子だとストランド自身も前線に赴いた様だ、思えば傷もだいぶ治ってきている、完治ではないがそれでもこの前に見た時にくらべれば相当マシだ。


「殺したのか」


「皆殺しだ、オレたちの顔を見ちまったからな、それにお前の情報が盛れるのも好かん、既に避難を終えていた一般人の職員を除く全ての戦闘員は始末した」


「……そうか」


綺麗事を言うつもりはない、その資格もない、ただ人が死ぬこと自体を気持ちいいとは思えない、少なくとも今の私にとってはの。


「ま大体そんなところだな、数多くの点で不確定要素に頼る事になった今回の酷い作戦は上手くいった、今後二度とこういうのは勘弁したいがそう都合よく現実ってのは動いちゃくれねぇものだ


オレの頭がもっと良けりゃ他のもっといい作戦を考えついたかもしれないがな、今回はお前に全てをぶん投げるって形しか取ることが出来なかった」


すると彼女は席を立ち上がり、そして私に向け深く頭を下げて寄こした。


「この場を借りて謝罪させてくれ、すまなかったな、仲間だ何だとほざきながらオレはお前を助けにはいかなかった、アイツらの命の方を優先しちまった。


お前の力に甘えた、お前を危険な場所に送り込んだ、協力を約束した者として恥ずべき行為だ、今回のことについて言い訳はねぇ、心の底から謝罪する」


そこにあるのは誠意。


嘘偽りのない責任感、誤魔化しでもなければ正当化でもない、打算も感じられない、ただ起こったことを正確に公平に判断して行われた真っ直ぐな行為。


「……心配せずともよい」


彼女はまだ頭を上げない、きっと納得がいくまではそのままでいるつもりなのであろう、真面目というか何というか、こうしてみると悪人には見えぬな。


私は低い位置にいるストランドに向けて、胸の内をさらけ出す事にした。


「私は今回の件で、むしろ作戦を台無しにしてしまってすまないと謝るべき立場にいる。


攫われたのは過去の不手際が原因、今回の事態を呼び込んだのは他ならぬ私なのじゃ、故にお主がそう気負うことでは無い。


あの場に送り込んだのがお主というのなら、私からすれば『よくやった』以外の感想は今の所は無い、速攻でケリを付けられて良かったとすら思うておる」


そこまで言ってようやく彼女は顔を上げた、そして私の目をしかと捉える。


「お前の事を信用する」


「私も確信が持てたわ」


もうお互いの間に偽りは存在しなかった、あるのはただ目的に向かう意思のみ、同じ未来を見つめているという事実だけ、私たちは真の意味で結託した。


「……そうだ」


と、ストランドが。


唐突に何かを思い出したような顔をした。


「なんじゃ?」


「建物内を制圧したあと保管庫に入ったんだ、資料だの報告書だの金だの色々必要になるからな、それでそこに押し入った時に見つけた物が一個あったんだ」


直感で、それが何であるのかを理解した。


「お前の刀だ」


そう、真っ二つに折れてしまった私の刀。


「回収してくれたか、壊れていたろうに」


「まぁな、今時あんなもん使ってる奴なんか珍しい、ひと目見りゃあいっぱつで分かる」


刀は拠点に保管してあるらしい。


もう二度とこの手には帰ってこないと思っていたから良かった、もはや使い物にならないガラクタとはいえアレは師匠から受け継いだ大切なモノ。


「折れちまうとは、残念だったな」


「分かっておる、消耗品の宿命だ、折れた刀剣が直せないことぐらい受け入れておる、見つけ出してくれただけでも十分有難い」


刃物なぞ、そう長持ちするモノではない。


師匠から譲り受けたあの逸品が少々特殊だったというだけだ、いつかこういう時が来ると覚悟はしていた、私は現実を大人しく受け入れる気でいた。


が、ストランドは言った。


「……なら新しく作り直すってのはどうだ」


「出来るのか?」


思わず聞き返してしまった。


その様な設備があるのか?という疑問もそうだが。


だって、刀なんて現在ほとんど流通しておらぬし、そもそも師匠が変わり者の頑固者で、時代の移り変わりを無視した偏屈な爺だったからというだけだ。


いわば取り残された武器、使われなくなった武器、そういった物を作る技術は緩やかに失われていく。


それもここ一年や二年の話では無い、もっと昔からそれは始まっていた、今じゃ作れる者などそう居らぬと聞くうえ店にも刀などという品は置いてない。


確かにストランドの所に鍛治職人が居ることは知っていたし、手入れをしてもらったりもした、しかしよもや『作り直す』ときたか。


「うちの職人連中は年寄りばっかだからな、伊達に長生きしてねーんだよ、そうじゃなきゃオレが騎士団に誘ってるハズが無いとは思わないか?」


彼女はそう言って爽快そうに笑っていた、まるで我が子を自慢する親のようだ。


「詳しくは年寄り共から聞け、オレは武器の事なんか知らないからな、あんなもん振れて切れりゃなんだって良いし特に拘りも無い、管轄外だ勘弁しやがれ」


「かたじけない」


「直ってから言えよ、ひょっとしたら期待させるだけさせておいて全然ダメかもしんねーぜ?」


ハッハッハと機嫌良さげに笑うストランドは、今まで見たことがないくらいに嬉しそうであった、どうやら彼女は己の部下を褒められるのが好きな様だ。


釣られて私も、ほんの少しだけ気持ちが晴れるよう感覚になるのだった。


「……んじゃとりあえずアジトに戻るか、今後の予定とか関わり方とか、あとは今のお前の怪我とか色々やらなきゃいけねーことが山積みだぜ」


両者立ち上がる。


「世話になるな」


右手を差し出す。


「おーう任せろ」


その手をガシッと掴むストランド。


これで残る英雄は四人、折り返し地点を過ぎいよいよ終わりが見えてきた、まだまだ油断の出来ぬ状況ではあるがひとまずの区切りと考えてよかろう。


元英雄アマカセムツギ、世界を元に戻す為の戦いは、これからも続いていくのだから……。

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