ある騎士とその一味


動揺、困惑、疑念。


私の言葉がもたらした影響は大きかった。


刻一刻と迫る命の期限、目の前の敵か味方か分からぬ剣士、そして飛び出した耳を疑うような台詞、今彼女の頭の中は酷く混乱しているだろう。


「……イカれてんのか、てめぇ」


武装を解き、座り込む私に剣を向ける女騎士、とても冷静とは言えない表情をしているが思いの外取り乱してはいない。


「英雄を斬った?ひとりで?」


彼女はこちらの動きを注意深く観察し、これが騙し討ちの策略である可能性を十分に警戒しながら口を開いた。


「いかにも」


目を真っ直ぐ見て、敵意の欠片も見せずに答える。


「それを信じろって?証拠も提示できねぇようなそんな荒唐無稽な話を、あまりにオレ達に都合がよすぎるてめぇの申告を事実と認めろと?」


表向きは平静を保った口調で尋ねられる、声を荒らげるでもなく捲し立てるでもなく、感情による優位を取られない為の精一杯の強がりだ。


「そう言う他あるまい」


切っ先が揺れている、動揺が剣に現れている、そこにあるのは怒りや疑念というより恐怖に近い、理解出来ぬものを前にした際に人は恐怖を感じるもの。


「……オレが斬りかかったらどうするんだよ、えぇ?無念でござるが仕方が無いので大人しく死にますってか?答えてみろよ剣士」


ギラリと殺意みなぎる眼差しが向けられる、無抵抗を貫くと嘯いても良いがここは偽らないことを選ぼう、その方が説得力が増すと踏んだ。


「その場合、対応はすれど殺しはしない」


「……」


これで彼女が理性的て理知的であれば、私に敵意が無いということが理解出来たはずだ。


あと解決しなくてはならないのは、『手傷を負った私が己の命可愛さに荒唐無稽な事を口にして助かろうとしている』という可能性についてだ。


そこを潰さない限りこの場を乗り切ることは出来ない、かと言ってこちらに切れる手札は殆どない、ここは向こうの出方に期待をするしか……。


「……ちっ」


景気よく鳴り響く音色と共に、私へ向けられていた剣が下ろされる。


「ひとまずこの場は収めてやる」


鞘へと仕舞われる騎士剣、それと同時に女が身にまとっていた凍えるような殺気が消える。


「感謝を」


頭を下げて礼をする。


ここであえて隙を晒して不意打ちを誘ってみる、相対しているのが果たしてどれだけの器を持った人物なのかを推し量るいい機会だ。


そんな私に対し彼女は言った。


「現状分からねぇ事が多すぎる、今ここで個人的な感情に任せて処理しちまうには問題がデカすぎる、判断材料が足らねぇ以上は後回しにするしかない」


一息置いて。


「最優先は怪我の治療だ、てめぇの口車に乗せられて矛は納めてやる。


さっきの発言が真実か否か、それを確認するまでは一時的に不可侵の契りを結んでやる、どうせ調べりゃあすぐに分かることなんだからな」


よって決議は成された。


「ならば停戦じゃな」


「てめーが変な気を起こさなきゃな」


「お互いにのう」


ひとまず、この場は乗り切った……。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


消毒、縫合、輸血、固定、ありとあらゆる治療行為が行われ時は経ち、我々はなんとか五体満足でこれからも生きていける所まで漕ぎ着けた。


しかし、幾つかの影響は残った。


まず私はしばらくの間、歩行に違和感と激痛そして出血が伴う事となった。


当たり前だ、なんせ短剣の刃渡りが丸々肉の中に埋まる勢いで切り裂かれてしまったのだから。


この並外れた耐久力と回復力を持ってしても恐らく今日いっぱい無茶は出来まい、下手を打てば出血多量で死ぬことになる。


無論、先の戦いで受けた傷はまだ癒えておらず、そこへ掛けられた決して小さくない負荷のおかげで全身が毎秒粉々に砕かれているかのように痛む。


一方で女騎士。


名はストランド=リーリアというそうだが、彼女は刺客共から受けた毒が深刻で、死に至るのは何とか防げたようだが吐き気と目眩が残るのだという。


その他にも腹に受けた傷が私の放った蹴りによって複雑に裂けており、立つのも座るのも、果てには呼吸をするのでさえ苦痛が生じるそうだ。


肋骨も数本折れていた。


傷に関してはお互いに状況が状況で、痛み分けであるということもあって恨みには思われていないようだった。


私も特に怒りは無い、かといって申し訳ないと思う気持ちもないのだが。


残る一人、先程の戦いで私が一度も口を聞かなかった声すらも知らない男の騎士、彼はどうやらストランドの部下であるようだった。


「……平気かキリア」


我々はそれぞれ傷の治療を終え、そして今は互いに距離を取って木陰に座り込み休んでいる。


そんな中、ストランドが部下である男の騎士に対し気に掛けるような発言をしていた。


多少離れているとはいえ話し声くらいは聞こえてくるのだ。


「ま、楽しく夕食をって訳には行かないでしょうね」


「痩せられる良い機会じゃねえか」


「もっと男前になっちまいますね」


「ハッ」


軽薄に、冗談めかして語られたが、彼とて決して軽傷ではなかった。


折れた左腕、ヒビの入った膝、脳震盪、顔に斜めに刻まれた斬撃の痕、失われた右手の小指、オマケに彼もストランドと同じく毒の後遺症が残っている。


どう控えめに見ても満身創痍、本来であればこうして起きて話すことすら出来ないはずだ。


しかし私は持ち前の頑丈さで、彼らは彼らで騎士としての意地と誇り、そして負傷をなるべく最小限に抑える戦闘技術によって何とかこうしていられる。


そう出来なかった者は、今この場には居ない。


「……六人死んだか」


ストランドは部下を失った。


こうなった経緯こそまだ分からないが、恐らくは待ち伏せや騙し討ちの類であろう、彼女らは予想外の襲撃を受けたのだ。


「……クソ、すまねぇオレの見立てが甘かったんだ」


ドンッと地面を拳で叩くストランド。


「仇ァ討ってもらいましたからね、部下としちゃアンタが死ななかったってだけで儲けモンなんですわ、それに今回のは多分誰にも落ち度はありませんよ」


横になり、空を見上げながらキリアはそう言った、私は上官になった事が無いから分からないが、戦場の経験からしてあんな風に部下に言葉を掛けられる上司が無能であるはずがない。


しかしストランドは彼の言葉に納得してなかった。


「……そんなボロボロで何言ってんだ、甘やかしと慰めは頭にゃ不要だ、今回の件は全てオレの不手際だ」


彼女の表情はちょうど影になっていて見えないが、その声に込められたのは後悔と無力感、そして己に対する怒りであった。


やりきれないだろう、悔しいだろう、きっと様々な思いに打ちのめされ押し潰されているだろう。


それでも泣き出したりせず、取り乱さず、自分の無力を受けとめ部下に頭を下げるその姿は私から見ればさぞ指導者の器に見えた。


そんな彼女に対し、キリアは優しい声でこう語り掛けた。


「いっそアンタのせいだって責められる部下なら良かったんですがね。


私はどうものらりくらり甘ちゃんなもんで、年下の騎士長様に浴びせる罵倒は生憎ちょっと持ち合わせが足りねえようで


なのでまぁ、私の下らねぇ冗談でも聞いて笑ってて下さいよ。


それにアイツらにしんみりとしたお通夜なんて似合わなすぎて吐きそうになる、なに先にくたばってんだ阿呆共って豪快に笑い飛ばしてやって下さい


なんせ俺たちゃ元から惜しむ者の居ねぇクソったれゴミクズ共だ、ハナから地獄がお似合いだ」


確かに今の世の中は有り様こそ歪み切ってはいるものの、一見すると不安や争いのない平和にあると言えるはずだ。


それを、例えどんな理由があろうとも、今ある安定を破壊し世界を絶望のドン底に叩き落とそうとする者が、私含めまともな人間であるはずはなかった。


「……そう、だな」


ストランドはそう言って空を見上げ、それから目を閉じて何事かを呟き。


「……おい、剣士」


そして私に向かって語りかけてきた。


「てめぇの話は嘘じゃねえんだよな」


「間違いなく真実だ」


感触がまだこの手に残っている。


英雄を切り伏せた際に感じた達成感、快感、肉を断つ不愉快な手応え、血の這う刀身、血の香り、血の色、血の流れる音、真新しく脳裏に刻まれている。


「全部一人で殺ったのか」


「こんな気の狂った旅に、いったい誰が同行しよう」


病棟の奥深くに永久に幽閉されて然るべき、とても正常とは言い難い決心だ、自ら進んで世界を壊したがる者が果たしてこの世にどれだけ居る?


「そりゃそうだ」


どうやら彼女は、私の言わんとしている事を理解したらしい。


「その刀で斬ったのか」


傍らに転がる我が魂。


「師範から受け継いだこの刀でな」


今や数多の血を啜り、穢れている。


「アンタも、英雄だったんだろう?」


道化も道化、思考停止の操り人形よ。


「世の中の変わり様を見るまではな」


それはそれは愚かで哀れで救いようのない、世間知らずのガキが夢見た絵空事、生きていることすら許されない大罪を犯して手にした蔑称である。


「世界を壊す気なのか」


「どれだけの絶望を積み重ねる事になろうとも、私は今のままの世の中を容認出来ない」


自分で起こした火種だ、それによって民草が燃え家屋が焼け落ちるのを気持ちよく眺めている事など出来ない、無様に泣きながら消し止めるのみぞ。


「果てに待つのが何であってもか?」


「下衆な人斬りにお似合いの末路よ」


殺したぶん、傷つけたぶん罰は受けねばならない、この旅が終わるまでの間、そして終わった後でも、あらゆる苦難苦痛が私を苛むとしても。


「何故だ、何の為にそんな事をする?」


「天涯孤独、野垂れ死ぬしか無かった私を拾い上げ育ててくれた師に対する礼儀、恩義、それに酬いるため、そして我が師の剣を汚した事に対する贖罪、私は責任を果たす為に刀を振るい人を斬り殺している」


後の祭りをどうにかして、何とかしたくて、これは現実を受け入れられない子供の駄々に過ぎない。


「……なるほどな」


二、三度


何かを確かめるように、そして噛み締めるように頷き、ストランドはこう言った。


「オレの名前はストランド、ストランド=リーリア、こっちで死んでるのはキリア=ツェルハンド


オレ達は政府が祭り上げた偽りの偶像を叩き壊し、微睡みから人々を覚まさせる


組織名は分かりやすく反英騎士団、構成人数は二百、いずれも裏社会や戦争屋崩れのクズ共だ


てめぇの告白が真実である事が分かり次第、オレはてめぇを組織に勧誘し加えたいと思っている、手間は省く主義だ今のうちに答えを聞いておこうかね?」


そんなもの考えるまでもない。


よってアマカセムツギは答えを出す。


「互いに目指す先が同じであるのなら、双方の活動方針に影響がない範囲での協力は惜しまない」


「邪魔はしねぇ、過干渉は何も良いことを産まねぇ、それを踏まえた上で丁度よくお互いが手の届かない部分を手助けするという形での協力関係だ」


それであれば問題は無い、ただ気になるのは彼女以外の団員の反応だが……。


「部下にはオレから話す、心配するな」


「かたじけない」


キリアと呼ばれた男の騎士も、特に何も言ってこないところを見るに概ね賛成であるようだ、腹の中までは分からないがの。


そして彼女は、話し合いをこのように締め括った。


「英雄の死亡が確認され次第、今の話は実像を結び質量を手に入れる、まずはここから生きて拠点に帰らなくちゃあならねぇな……」


森にこだまする、得体の知れぬ生き物達の鳴き声を背景にしながら——。

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