処刑。


腹に鈍い痛みを覚えて私は目を覚ました。


「——」


辺りを見回す。


白い天井、白い部屋、背中に感じる柔らかい感触、首元までかけられた毛布に、右腕に刺された点滴。


体には包帯が巻かれ、なにやら腹には縫ったあとのような感覚がある、片目は眼帯で塞がれているし、左腕は固定具でしっかりと抑えられている。


見覚えも身に覚えもない場所と状況に、たった今起きたばかりの頭が悲鳴をあげる。 


精神的にも物理的にもだ、まるで鉄でガンガン殴られているかのような痛みが脳の奥で響いている、今すぐにでも気絶してしまいたいほどに。


「く……っ……」


体を起こそうとして失敗した。


全体的に動きが鈍い肉体に苛立ちを覚えつつ、太ももをつねって己に喝を入れ、呼吸を整えてもう一度挑戦する。


「ぐ……っ!」


思い通りになってくれない体に鞭打って、強引に、並外れた精神力を以て無理やり体を起こしていく。


「——ッ!」


腹に激痛が走る、肩付近に空いた穴が限界を訴える、クラクラ目眩に襲われながら体を起こしきり、目元に浮かんだ涙を拭って呼吸を落ち着かせる。


「ふーー……」


ふと、私の刀が無いことに気が付いた。


半ば慌てたようにキョロキョロと周囲を見回し、枕元の壁に荷物と一緒に立てかけて置いてあるのを見つけた。


ホッと胸を撫で下ろしてひと息つく。


「して……」


私はようやくこれまで目を逸らしていた自らを取り巻く現実に目を向けることにした。

ここは一体何処なのか?気を失った後の私に何が起こったのか?私を治療したのは果たして誰なのか?


……しかし推測しようにも手掛かりが無さすぎる、ただでさえ痛い頭が更に痛み出すのを感じていると


「——おやぁ?もう目覚めちゃったんですかぁ〜?」


空いた扉の向こうからひょっこり顔が生えてきた。


短い灰色の髪をした細身の女だ、首から聴診器を垂らしており、白衣に手を突っ込んだ気だるげな様子で、何がおかしいのか常にヘラヘラとしている。


「目覚めたどころか起き上がっちゃってるしぃ」


女はカツカツとヒールを鳴らしながら私の傍までやって来て、前のめりになり、興味深そうにこちらをジロジロと眺めてこう言った。


「少なくともあと三日は目を覚まさないはずなんだけどなぁ〜 ていうか普通は死んじゃってるよねぇ〜人間の構造的に? ちゃん一体どういうカラダの作りしちゃってるのかなぁ〜?」


「罪……?」


女の言葉に眉がピクっと動く。 


彼女はニマニマとした笑みを崩さぬまま、私の足元をちょんちょんと指さした。


——ジャラ。


そこには、この世で最も硬いことで知られる鉱物、星鋼ほしはがねで作られた足枷が、両の足首に巻きついている光景が広がっているのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


閉じた瞼。


女から言われた『動くな』という言いつけを守って意識のないフリをする。


「——この者はまだ目覚めんのか」


頭上から響く威圧感のある声、それ以外にもゾロゾロと大勢の気配を感じる。


ガシャガシャと剣や鎧の音が聞こえる、目を閉じていても分かる嫌な気配、私に対する底の知れない害意、今すぐ切り殺されないのが不思議な位だ。


「えぇ〜そうなんですよぉ〜」


温度差で風邪をひきそうなほど軽薄な声、間違いなくこの場にそぐわない態度に危機感を覚えずにはいられない、いつ血の香りが漂ってくるやら。


「貴様それでも国一番の医者かクルックシェッド」


「いやぁ〜面目ないとは思ってるんですけどねぇ、

なにぶん受けた傷があまりにも多くてぇ〜


右大腿部から右肩までの切り傷は骨まで達してますし、左鎖骨部の怪我は重要な血管と神経が切れてて腹部の刺傷は致命傷です。


肋骨は三本折れてますし鼻の骨もぽっきり、背中の肉は裂けてますし左手の小指は粉々のぐちゃぐちゃ

頭蓋骨には一部ヒビが入ってて、右目はもう二度と見えません。


むしろ、なんでこれで生きてるんだって感想が普通なくらいの大怪我ですぅ、そう簡単に目覚めないって最初に言ったじゃないですかぁ〜」


クルックシェッドと呼ばれた女の口から、自分がどういう状態なのかを事細かに語られて具合が悪くなってきた、よもや右目を失くしていたとは……。


「さっさと治せ」


「治したところでどうせ拷問の末に処刑するんでしょ〜?いいのかなぁ勝手にそんな事して、身柄を引き渡せって偉い人から言われてるんでしょ〜?」


彼女の発言により空気が悪くなる、恐らく彼のそばに居るであろう鎧を着込んだ者達も、同様に彼女に対して嫌悪感を剥き出しにする。


「……貴様は医療のことだけ考えていればよい」


怒気を孕んだ声。


「じゃ、また三日後くらいに会いに来てよぉ、その時には多分起きてると思うからさぁ〜」


相も変わらずふわついた態度。


「……チッ」


男は最期に悪態をつき、何かを派手に蹴り飛ばしながら部屋を出ていった……。




静かになった空間にため息が響く。


「はぁーまったく、罪人ちゃんが生きてるのは私のゆーしゅーな腕のおかげなんだぞぉ、外から出張ってきて圧力を掛けるだけ掛けて行きやがってくれちゃってさぁ〜」


ブツブツと止まらない文句の中に、思い出したかのように混ざる「あ、もう起きていいよぉ」という声。


パチリと目を開き、苦しみながら体を起こしてクルックシェッドと呼ばれたその女の顔をまじまじと眺める。


「ね、聞いた方が早いでしょ?」


私は私の置かれている状況の説明を求めただけだ、それを彼女は「ちょっと意識ないフリしてて」と言って私に布団を被せ、先程の事が起きた訳だ。


「何を考えておるのだ」


彼女は私の傍に椅子を持ってきて座り、足をプラプラとさせ、つま先を見下ろしながらこう言った。


「せっかく助けたのにこのまま引き渡したら死んじゃうじゃない?細かい事情とか知んないけどさぁ〜

私、これでも医者だから見逃せないんだよねぇ〜」


理屈は分かるが彼女は私のしたことが許せなくはないのだろうか、私は間違いなく斬首に相応しい行いをしたはずなのだが……。


心でそう思いながら尋ねる。


「……それで私は何故ここに?」


「んーどこから説明したものかなぁ……」


彼女はしばらく「むむむ……」と唸っていたが、やがて量の手のひらをパチンと合わせて語り始めた。


「まず、私は国に仕える医者なんだけど国からの命令でミウ村には定期的に来てるんだよね、出張診断も兼ねてるけど同時に私以外のお偉いさんも着いてくるから、本題はそっちの方かなぁ


それで昨日村を訪れたら広場にも家の中にもだーれも居なくって、付近を探していたら血の匂いが香ってきて、その後も探したらアレを見つけたってワケ」


とは、正しくあの惨状のことであろう。


「村人達はみーんな死んじゃってて、そこから少し離れた地点で傷だらけで倒れている女性を発見。


手には刀を握っていて、死体に付けられている傷口とキミの持ってる武器の形状が一致。


それだけならキミはその場で殺されてたと思うんだけど、現場には本来居てはならない人物の死体が転がっていた。


だから殺す訳にはいかなくなったの、何が起こったのかをキミから聞く必要が出来たってワケ」


「……それでまずは治療を」


彼女は頷いた。


「そ、だからキミはこの国一番の医者の元へと連れてこられた……あぁもちろんそれは私の事だよぉ〜?」


いえーいと笑って手を振ってくるクルックシェッド、私の命を救ったということを、この上なく前面に押し出していきたいらしい。


「上の人たちは結論をだせずにいるようだけど、キミはあの村長様が『英雄ヨハネス』である事を分かっててやったんでしょ?理由は分かんないけどさ。


行方不明になっていた英雄とその死、どうしてあんな所に居たのかという疑問と、それに付随して湧く悪い想像、更にはその英雄を恐らく斬り殺した女の存在。


上はとにかく混乱してる、だからキミの身柄を引き渡せって本部から言われてるんだけど、さっきここに来てたあの男、師団長カイルはそれに従う気がないみたい、キミは目覚め次第拷問されて処刑される


姿を晦ましていた英雄ヨハネスは確かに不可解だけど、カイルちゃんは彼のことを尊敬していたからねぇ、個人的な恨みから自分の手で始末したいワケぇ」


なるほどの、私が置かれている状況の全貌が少しづつ見えてきたわ。 


……しかし、彼女の言うことが正しいとすると不思議な点がひとつある。


「なら、なぜさっき私に寝ていろと言ったのだ?」


確かに彼女の言った『みすみす死なすのは道理にもとる』という主張は納得出来る、しかしあの場で一旦の時間稼ぎをしたところで問題は解決しない。


先延ばしにした理由があるはずだ。


「まぁ〜簡単に言っちゃうとぉ」


彼女は顔から笑顔を消してこう続けた。


「私をここから逃がして欲しいんだよね」

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