人斬り


ルディクは。


私と父親だったモノとを交互に見て、魂が抜けたように呆然としていた。 


歩み寄ろうとして一歩踏み出し、自分の足が血の海に沈んだことに気が付き、耐え難い現実を無理やり押し込まれたようにその顔を歪ませた。


「ぅ、あ……」


声にならない叫び声、涙の出ない悲痛な顔、目の前のことを夢だと思い込もうとして自分の頭を叩き、消えてくれない地獄に直面して笑みが溢れ始める。


爪が剥がれるだけ地面を掻きむしり、頭を抱えて大粒の涙を流し始める。


「村長が旅人と共に村の奥へ消えたと、ルディクから聞いてきてみれば……お前が……」


村人の誰かが呟くように言った、刀を杖にしていなければまともに立っている事も出来ない私に向かって、怒りと憎しみと殺意を滾らせたその声音で。


「村の者を呼んでこい!こいつ、この……この人殺しを……俺たちの救世主様をォ……ッ!!」


「報いを、同じ目に遭わせるの、仲間を集めるのよ!英雄様が殺された!私たちの、私たちの大切な希望が奪われた!この女を、殺すの……早くッッ!!!」


喉が引きちぎれそうな程の怒鳴り声、村人たちはその声に驚きながらも扇動を受け、ふつふつと燃え上がる報復の炎と共に村の方へと走っていく。


「……」


私はそれをただ黙って見ているしか無かった。


声はまともに出せない、走れもしない、弁解や言い訳の余地も存在しない、私は彼らの大切なものを残酷にも切り刻み、粉々に打ち砕いたのだから。


私の旅とはこういうモノだ、人々が信じている星を踏みにじり、自己中心的な考えに浸った哀れな剣客が、周り全てを不幸にしながら願いを果たす。


この場における悪者は私だけだ。


「……よくも」


罪悪感もある、自分に対する嫌悪感もある、彼らに対しての謝罪の気持ちや、気が狂いそうになるほどの後悔も感じている、彼らの怒りは正当だ。


「……よくも、キサマ……ッ!」


村人のひとりが、ヨハネスの頭部に突き刺さっている剣を引き抜いて私に向けた。


これまで一度も人を殺めたことなど無いであろうその男は、今宵確かに殺人の境界線を踏み越えていた、彼は己がこれまで培ってきた人間性を捨てて復讐のためだけに剣を振るおうとしている。


——分かるとも。


「……お主らの、その怒りは……正しい……」


刀を地面に差したまま、倒れ込みそうになるのを必死に押えて前に進む。 


慣れぬ獲物の重みに振り回されながらも、鬼のような形相でこちらに近付いてくる罪なき村人の元へ。


怒りを受け止めたい、償いたいという人の心は確かにある、許されざる事をしている自覚はある。


「死に損ないのクソッタレがッ!!」


男が剣を振り上げた!


——でも。


「……私は止まる訳にはいかぬのだ」


体を傾けて、振り下ろされる刃を避ける。


「なに……っ!?」


倒れ込むように男の体にしがみつき、左腕を首に巻き付けて引っぱり体勢を崩させる。


「な——」


そして、杖にしていた刀を持ち替えて男の頭部を横から刺し貫いた。


——ズブッ


断末魔の叫びを上げる暇もなかった。


彼は手から剣を取り落とし、全身の力を抜けさせて私にもたれかかってくる。 その顔はまるで自分が死んだことにすら気付いていないようであった。


自重を支える機能が失われた男は私の肩で一瞬止まり、そしてずり落ちるように地面に投げ出されて行った、その間は僅か瞬き一回分程であった。


「……うあああああッ!!」


女がこちらに向かって走ってくる、手には先の尖った木の枝を持っており、その顔は恐怖と混乱によって染め上げられ正気を失っていた。


——眼前に迫る。


私は後ろに引きながら喉元を突いた。


「ご、が……」。


よろめきながら刀を戻して地面を蹴る。


つんのめるように切り上げて、木の枝を持っている方の腕を肩から切り飛ばす。


「い゛っ……」


手首を返し、刀を横に振り抜いて首を切り落とす。


跳ねない鞠が地面にボトッと落ち、断面からドクドクと血の噴水を溢れさせる。 遅れて彼女の身体がグシャッとゴミのように床の上に潰れる。


——目眩。


膝を着く、刀を地面に刺して体を支える、腹の傷口から流れ出る血を止めようと手で抑える、刃先からポタポタと溢れ落ちる死ぬべきでは無い者の血。


「……あっちだ!あっちにいるぞ!」


ぞろぞろ、ぞろぞろと、大人も年寄りも若い者も、農具や薪を割る斧、家庭で使う包丁に古びた剣、尖った石や治療に使う小さな刃物を握りしめ


この地獄に続々と飛び込んでくる。


「……そんな、リーリア!」


そして彼らは自分たちの仲間が死体となって転がっているのを見て、僅かに残っていた恐怖心が憎悪によって塗りつぶされた。


よく見れば子供たちもいる、大人に庇われながらも戦う意志を折れさせることの無い彼らは、まだ幼いながらも立派にこの村の住人であったのだ。


「——」


奥歯が砕けるだけ噛み締める。


自分のしなくてはいけないことが分かるからだ、私はここで死ぬ訳にはいかない、成し遂げなくてはならない事がある、たとえ他の何を犠牲にしても。


私はもう英雄では無い。


親を戦争に奪われ、師を病気で亡くし、剣を血で汚して後悔し、挙句の果てに取ったのがこんな方法、誰も報われず幸せにならないのだとしても。


私は。


私は今の世の中を許容することが出来ない、目の前にある尊い全てを天秤にかけて尚それは揺るがぬ、私はどのような道を歩むとしても止まれない。


「皆でこいつを殺すんだ、私たちの面倒を見てくださった大切なお方を奪ったこの女を、怪我をしていた所を受け入れてくれた村長様の恩を、このような残酷な仕打ちで返した悪魔を許してはいけない」


「……師匠」


頬に流れる一筋の涙。


「殺せ——ッ!」


それは、これから奪う命に対してではなく。


「彼らを斬りとうない……っ!」


叶わない願いへのどうしようもない涙だった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


真っ直ぐ突き出された刃物を、持ち手ごと切り飛ばして頭を半分に割る。


腰に組み付いてきた子供の足を払って転ばせ、頚椎を踏み砕いて絶命させる。


泣き叫びながら鉈を振り回すその子の母親らしき女の膨らんだ腹を蹴りつけ、怯んだ所で首を跳ねる。


一瞬意識が飛び掛け膝を着く。


下がった頭を殴り飛ばそうと男が迫るが、転がりながら刀を振って膝から下を切り離す、立ち上がると

同時に男の命を断ち切った。


固まる村人3人の元へ詰め寄って、これ見よがしに刀を振り上げてみせる。


防御の構えを取ったのを確認して方向転換。


「うあ——」


私の背後を取ろうとしていた女の元へ飛び込み、両手に持った斧を振らせる間も与えず喉を貫く。


首の裏から飛び出す刃、吹き出す血流、誰かの叫ぶ声、私は女の体を引き寄せて村人達の方へ押し飛ばすように投げた。


死体に巻き込まれて動きが止まる、そこへ全身を投げ出すように飛び込んでひと息で3人を斬る。


近くに生えていた木を切り倒す、倒壊に巻き込まれた村人が押しつぶされて即死した。


それを避けようと体制が崩れた者の踵を切り裂き、尻もちを着いたところを切り捨てる。


顔面を蹴り飛ばし、目に指を抉りこんで頭を掴み、別の子供に身体を押し付けて2人まとめて半分にし、返す刀で女の子の両腕を切り落とす。


落ちていた石で足元に縋り付く子供の脳天を叩き割り、膝から崩れ落ちた所を踵で踏み砕く。


続いて両腕を失って戦意を喪失した女の子の首を切り落とし、それを掴んで村人に投げ付ける。


「う、わぁぁ……っ!」


恐怖で足がすくんだ所に掴みかかり、服の裾を引っ張って地面に押し倒し、後頭部を岩に叩きつけて意識を失わせ、立ち上がりながら首に刃を通す。


背後に気配を感じた。


振り返らずに刀だけを後ろに突き出す、肉を切り裂き骨を断ち切る感覚、素早く振り向いてトドメを——


「……ぁ」


この目で見て初めて気が付いた、後ろに感じた気配の正体ははルディクのものだったのだ、彼は胸のど真ん中を貫かれて滝のように血を流していた。


「——」


刀が抜けないので、私は足元から石を拾い上げて彼の顔面に思いっきり叩きつけた。


——ガッッ


嫌な音がして、私たちは揃って倒れ込んだ。


力なく横たわるルディクにはまだ息があった、刀は相変わらず抜けず使う事が出来ない。


私は石を両手で掴み、高く高く振り上げて。


——ガッッ


何度も


——ガッッ


何度も、何度も


彼の顔が原型を留めなくなるだけ叩き付けて、確実に息の根が止まっていることがひと目見て分かる様な状態になるまで頭部を破壊し尽くした。


血と飛び散った肉にまみれた両手を見下ろして、私はふと自分の周囲を見渡した。


そこにあるのは死体、死体、死体。


男の死体、年寄りの死体、女の死体、子供の死体、妊婦の死体、死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体……。


「——」


私は両目から溢れ続ける生暖かいモノにすら気付かないまま、既に血の止まった傷口を抑えることもせず、片足を引き摺りながら森の中を歩き出した。


「——」


口元が歪むのを抑えられない。


人を斬る感覚、その快楽を否定できない。


かつて戦時中、英雄と呼ばれる前の私が戦場でそうであったように、目に映る敵の全てをひとり残らず斬り続けていたあの頃の感覚が戻ってきている。


今宵。


無差別に、善人を女子供関係なく、ただ自分の為だけに皆殺しにした事で私の中の何かが壊れた、忘れ封じ込めていたはずの本性が顔を覗かせている。


「——」


後悔と罪悪感でぐちゃぐちゃな心の中に差し込む高揚感、興奮、幸福感、相反する感情の混ざり合いに加えて自己嫌悪が加わり、私は嵐に苛まれている。


一体どれだけ歩いた頃だろうか。


私の体はなんの前触れも無く突然機能を停止させ、固い土の地面にバッタリと崩れ落ちた。


その時点ではもう何も出来なかった、何をする力も残ってはいなかった、瞼を開けている事ですら厳しく、息をすることでさえも非常に困難であった。


そして間もなく。


私は完全に意識を手放す事となった……。

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