あいたくて

香坂 壱霧

揺れる、心ざわつく、教室の片隅で

 風でなびく、長い髪に見惚れる。

 彼女の席から二席分右斜め後ろの席が、私の席だ。その定位置から見ているだけで、心はざわつく。風に揺られるように心も揺れる。

 板書を書きうつす時、黒板を見つめるきれいな瞳が好きだ。

 ──それを遮る、きれいな髪が邪魔だと思ったりする。シャンプーの匂いがするその髪が好きなはずなのに。

 彼女は優等生。見つめる先は教科書と黒板と先生とノート。

 達筆な文字が見えるとノートになれたら、と思う。まっすぐ見てもらえるから。

 でも、私と彼女には接点がない。同じ教室に居るのに世界が違うと感じてしまう。

 不意にふわりと窓際のカーテンが揺れて、私の席までそれがかぶさる。窓側の席の彼女の背中が、カーテンで隠れる。

 だめだ、風が強すぎる。彼女はカーテンを掴み、風で広がらないようにまとめようとし始めた。

 ──振り向かないで。

 

 そこでチャイムが鳴る。

 安堵する気持ちと裏腹に、残念だとため息をついてしまう私。

 彼女は席を立ち、腕時計を見つめ、鞄に教科書とノート、筆記用具を丁寧に入れていく。

「早退するの?」

 クラスメートの問いに、彼女は頷く。

「顔色悪いね。最近、勉強しすぎじゃないの? たまには息抜きしなよ」

「息抜きしてもなおらないわ」

 彼女の声は、女子にしては低くて、少し掠れた特徴のある声。

「ずっと気になってることがあるから」

 彼女が不意に私を見た──ような気がした。

「珍しいね。もしかして、恋バナだったりする?」

「どうだろう。よくわからない」

 再び、彼女の視線が私に移る。

「どこ見てるの?」

 クラスメートは怪訝そうな顔をして、彼女の視線の先を追う。

「ああ、あれだね。空席、気になるよね」

「そう、ね。どんな人なのか、気になるかな」

 彼女は私と目を合わせる。

 ふと、微笑みかけられたような気がした。

「可愛い子なんだと思う。学校が好きで、真面目で、たぶん一途な」

「どうしてそう思うの?」

 クラスメートが不思議そうな様子をみせる。今の私も、たぶん同じような表情をしているはず。

「会ったことないからね。そうだといいなって思ってる。今度、お見舞い行こうかな」

「一度も学校来てないのに?」

「私、おかしいかな?」


 そうだった。私はここにいないはずの人間だ。

 入学式に向かう途中、私は事故にあい、それから病院で眠り続けている。

 事故に遭う寸前、道路を挟んだ向かい側に見かけた彼女に会いたいと、強く念じていたら、こうしてここに居る。

 彼女の視線を感じた。彼女は、私の席に向かい歩いてくる。

「待っててね」

 彼女の呟きが微かに聞こえた。

 私は、彼女への思いが強すぎて、生霊になっていたんだった。彼女がお見舞いに来てくれるなら、早く目覚めなきゃ。

 ──待ってるよ。


〈了〉


───2015年秋執筆を改稿──

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あいたくて 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

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