第1話④


***


 眩しいシャッターに、カメラ音が耳から抜けない。


「夢見たいだったなぁ」


 私は朝の日課の花の水やりをしながら呟く。


 ああ。清々しい朝だ。気持ちがいい。


「おはよう後藤さん」

「ヒャ!? 皐月君!?」


 私が大きな声をあげたせいで、クラス中がこっち見る。


「学校では、話しかけないで」

「なんで? 後藤さん」

「目立つから」

「昨日はあんなにも目立ってたのに」


 一応は私に合わせて小さな声で言ってくレはする皐月君。

 あああああ!? 私はジョウロを落とす。


「後藤さん、大丈夫? 顔青白いよ?」


 そりゃそうでしょう!? 皐月君!?

 でも、やっぱりあれは夢じゃなかったのね!?


 私、あのクリスになっちゃったんだ!!


 正確には偽物にではあるけれど。


 それでも本物として仕事して、みんなを騙しているのは罪悪感だけれど、あの後クリスも感謝してるってマネージャーさんに言われたし!


 そしてなんと! 私のためのチェキと最近をもらっちゃったんだよね!! 最高すぎない!? 


「はああああああ、最高」

「何がだ? 後藤」


 目の前にバーコード頭の教師がニョキリ。ヒエ! ピカピカ!!

 そしてクラスメイト皆が私を見て笑ってる。机には教科書。あああああ!!


「は!? 今授業中!?」

「真面目な後藤が珍しいな。疲れた顔して。さ、授業続けるぞー」


 初老の先生が呆れた顔で私を見る。すみません、先生、つい。

 ああ、この口に出るの気をつけないと。クリスのこと口走りそうだし。


 チェキは家に飾ってるけど、持ち歩いてたらやばいことになるよね。


 だってクリスは国民的アイドル。


 そして昼休み。


「ねぇークリスの肌みせショットWEB先行公開みた?」

「見たみた! セクシーでスタイル良かった」


 うわああああ。それって私の事? 恥ずかしい、けれどこれでクリスの力になれた。嬉しいなあ。私、推しの力になれたんだ。


「あ」


 そしてメッセージアプリに皐月君からのメッセージが来た。この前連絡先交換したんだよね。


『水着の写真、クリスが変わって欲しいらしいけど頼める?』


 恥ずかしいけれど、まあ事情が事情だし。写真だし。


「オッケー、と」


 できるだけ小さな声で私は言う。

 注目を浴びたらまずいしね。みんなはそれぞれ自分達のグループの話に夢中だし、大丈夫だろうけれど。スマホの持ち込みはうちの中学は休み時間と放課後はいいから、こういう時助かるー。


『ありがとう。伝えとく。クリスが今度はふたりでマネージャーにチェキ撮ってもらおうって』


 ヒャッホオオオ!! 嬉しい。一生の宝にする。いや家宝にする。いいよねお母さん!? にやけるのを止められているか不安な私は口を一生懸命一文字にする。


「ぷっ」

「!?」


 すると、遠くで皐月君が吹き出した。

 あーもう。しっかり見られてるじゃん。


『露出は最低限の可愛い系の水着だから、安心してね後藤さん。って言うかその顔面白すぎ』


 さーつーきー君!! 誰のせいだと!! あ、クリスのせいか。


『もっとみんなの前でも自然に笑ったり、雑談すればいいのに』


 余計なお世話である。私は今の私でいいのだ。目立つのは嫌なのだ。

 クラスのリーダーに睨まれたり、男子に笑われたりしたくないし。


 そりゃ優等生キャラになったのは想定外だけれど……真面目とは昔から言われてたから、仕方がない。不良にはなりたくないし。


「貴方もね、と」

『僕もこのままでいいよ。忙しいし』


 皐月君を見ると笑顔で軽くあっかんべをされた。えええ。

 全くもう。人には言うのに自分はいいのかい!


「あれ?」


 改めて皐月君を見ると、なぜか寂しそうに外を見ていた。一瞬だけこちらを見て、目を逸らす。本当、不思議な子だなぁ。


 そもそも、病弱なのは本当なのかどうかも不明だし。確か運動神経いいよね? 皐月君って。謎。


 結局私は放課後までモンモンとした気持ちを抱えて授業を受けたのだった。




 教室の窓から見える青い空と太陽が、青春の真夏らしくて。何だか虚しいぐらい眩しく見えた。

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