第1話③

***


「誰これ!? まるで私クリスじゃん!」


 部屋の中にある大きな鏡には、クリスがふたり。

 いや。違う。片方はクリスの変装をした私、純夏だ。


 なんとクリスみずから私にメイクをして、着替えて、私は私じゃなくなったのだ。ありえない。


「ねぇ、クリスそっくりな声って確か純夏ちゃん出せるよね?」

「え?」

「あなた、私の声真似ができるって小太郎が」


 なんで皐月君、クリスに話しちゃうの!? んもーっ!!


「こんな感じですか」

「そうそう。超自然。うん、いける」


 クリスはそういうと私を見て手を合わせた。


「お願い。今日の撮影変わって!」

「え!?」

「どうしても無理で。私、体に傷跡があって、あんまり露出できないの」

「ウワサは本当だったんだ」


 だから私はミニスカートで、少し胸も目立つ衣装なんだ。

 ずっとセクシーな服も似合うのにと想像していたけれど、クリスはこれを着れない理由あるんだね。


「これからも、そういう代理をお願いしたいの。あと、どうしても出れない時は歌もお願いするかもしれない」

「歌!?」

「わかってる。プロ的にはありえないって。でも、無理な時は無理だから」

「は、はあ」


 何を言ってるの、クリスは。

 でも。クリスの顔色は青白く、本気で困ってるように見える。

 推しが倒れそうなぐらい困ってる。


 つーまーり。


「助けるしかないじゃん」

「ありがとう、純夏ちゃん!」


 いくらビビリの私でも、こんなクリスは放置できない。


「じゃあ、小太郎にあとは任せるわね」

「あ、はい」


 クリスはウィンクして、私の前からさっていった。

 マネージャーさんは頭を抱えている。


「ごめんね、純夏ちゃん。うちのクリスと小太郎が」

「いえ、大丈夫です。頑張ります。マネージャーさん」


 不安ではあるけれど……プロ意識の高いクリスが歌えない時って、どういう事態なんだろうか。バレないかな。とか、色々不安しかないけれど、頑張ろう。大好きなクリスのためだもん!


 私が気合を入れて手を握りしめていると、皐月君が帰ってきた。


「皐月君。どこ行ってたの?」

「ちょっと、用事。後藤さんはクリスと話しつけたみたいだね。よかった。了承してくれて。この事務所は僕もお世話になってるから」


 ああ。やっぱりそういう事か。納得しかない。

 私はソワソワしながら鏡に映る自分を見る。本当、夢の中でならよくクリスに

化けてたけれど、嘘みたい。私ずっとクリスになりたくて、憧れ続けていたから……。


「撮影は、ここの事務所の中だから。安心して」


 どこまでもクリスとのやり取りを知ってる皐月君。

 もしかしてクリスと付き合ってるのかな……なぁんて。ないない、クリスに限って彼氏とか。


「行くよ後藤さん」

「うん、皐月君」


 きっと大丈夫。私ならクリスを誰よりも知ってるはずだから。いけるよ。いつもとは違うんだ。正直ドキドキしまくってるけれど。死にそうだけれど。


「!」

「大丈夫だから、僕がついてる」


 唐突に皐月君が私の手を優しく握ってくれた。

 途端体の力が抜けて、笑ってしまう。


「ありがとう。皐月君」

「こちらこそだよ」

「?」

「何でもない」


 そして、撮影はあっという間に終わった。

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