人魚の泪

 僕がその薬のことを知ったのは、人魚について調べている時だった。

 検索結果の中の「人魚の泪」とだけ書いてあるページに目を引かれたのだ。

 そのサイトを見ると「人魚の泪」は簡単に言えば惚れ薬であり、その薬を自分の涙と混ぜて意中の相手に飲ませることで、相手が自分のことを好きになるという。

 購入者のレビューでも高評価で、それが本当なら実際にその効果を体験した人が一定数存在しているようだった。

 どう考えても馬鹿げているし、普段の僕であれば鼻で笑っただろう。

 しかし、そのとき僕は恋をしていたのだ。


 相手は同級生のハルちゃん。

 僕と同じく、うちの高校の弱小合唱部に所属する数少ないメンバーの一人だ。

 最初は特に気になる存在ではなかったのだが、単純接触効果というやつなのか、何度も顔を合わせているうちにいつの間にか好きになっていたのだ。

 人魚について調べていたのも、彼女が人魚好きで人魚グッズまで集めているのを見て、何か知識を仕入れておけば話をする機会もあるのではないか、なんて思ったからだった。


「人魚の泪」が届くと、僕は早速自分の涙と混ぜて学校へ持って行った。

 最近は喉の調子が悪く部活を休んでしまっていたのだが、校庭ランニングをしている時間帯はわかっていたため、タイミングを見計らい無人の部室へ向かう。

 彼女の鞄からタンブラーを取り出し、「人魚の泪」を入れようとしたその時、僕に迷いが生まれた。

「薬の力を使って好きになってもらって、それで相手は幸せになれるのだろうか」

「そもそも、自分の好きな人に安全かどうかもわからないものを飲ませようとするなんて」

 今更ながら良心に目覚めた僕は「人魚の泪」については処分することにし、別の勇気を出すことにした。


 部活後のハルちゃんに声をかけ、二人で話す時間をもらう。

 何事かを察したのか、他の部員たちはそそくさと立ち去ってくれた。

「話ってなあに?」

 ハルちゃんは微笑んで言った。

「僕はハルちゃんのことが好きです、つきあ……」

 緊張に押し潰されそうになりながらもなんとか口にした言葉だったが、肝心なところで声が枯れてしまう。

 最後まで言えなかった僕だったが、ハルちゃんはにっこりと笑って言った。

「私の方がずっと前から好きだったよ」


 僕は告白の高揚感が残ったまま帰宅し、これもある意味「人魚の泪」のおかげなのかもしれない、なんて思った。

 感謝半分、冷やかし半分でまたあのサイトを覗くと、レビュー内容が以前とは一変し、怒りのレビューがいくつも書き込まれている。

 薬を飲んだ人の声が時間経過によって出にくくなり、最終的には全く出なくなってしまうという副作用が発生しているらしい。

 僕はゾッとしながらも、あの時踏みとどまることができて本当に良かったと思った。

 こんな薬を使わなくても両思いになれたのだから。

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